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GOING UNDER  作者: 古蔦瑠璃
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 月曜日の朝、ふわふわの長い髪をおさげに結んだいつもの姿で琴子は、迎えに行った美奈子の前に姿を現した。

 拍子抜けした美奈子に、琴子ははにかんだように笑いかけた。

「おはよ、美奈」

「日曜日に美容院、行かなかったんだ」

「うん、あのね」

 正門の扉を締め、重い学生カバンを手に歩き出しながら、琴子は答えた。

「あたしは切るって言ったんだけど、パパがね、髪を切って成績が上がったなんて話は聞いたこともないし、そんなことをしたってブスになるだけで無駄だからやめておけって言ったの」

「えー、どうして? パパひどい。ショートのときも琴は可愛かったじゃない」

 口を尖らせた美奈子に、琴子はふうわりと笑う。


 よかった。美奈子はほっと胸をなでおろす。あのあと桜井のおうちでどんな話し合いが行われたにせよ、今朝の琴子はいつもの笑顔だ。心配だから車で学校への送り迎えをするといっていた言葉も、さしあたってママは実行するつもりはないみたいだし。


「でもそれで、琴のママ、よく納得したね。短くしろって、あれだけすごい剣幕だったのに」

「ママ、納得はしなかったよ。怒ってパパに言い返してた。お兄ちゃんのことならともかく、あたしのことでこれまでアドバイスをしてくれたことなんて一度だってなかったのに、今ごろになって余計な口だししないでくださいって。それで、パパとママ、喧嘩になったの。2人とも、一杯怒鳴って、一杯言い合ってた」

 日曜日にずっと振り続いていた雨が上がって、今朝は一面に水をかぶった町並みが、朝日を浴びてきらきらと輝いている。まだシャッターを下ろしたままの小さな商店街を、いつものように並んで歩く。琴子は軽やかな足取りで、小さな水溜りをぴょんと飛び越えた。

「ママがあたしのことを、可哀想だっていうの。梅宮さんに学校で呼びとめられて、嫌がられされたのは、パパが悪いんだっていって。パパがあっちの人達をちゃんとしつけていないから、こういうことになったんだって。そうしたら今度はパパがママのこと責めて……」


 わたしが病院から戻るまで知明を引きとめておけといったのに、ものの役に立たなかったどころか、連絡先すら聞いてないのは呆れたものだ。

 琴子のパパは、冷ややかな口調でママに言った。

 言われなくとも聞きました。そう、ママは言い返す。どうしても出て行くのなら、せめて行き先だけでも教えなさい。あんまり勝手なことばかりしてたら、来年の学費をパパが出してくれないんだからって。そうしたら、あの子、それならそれで別にかまわない。1年休学してお金を溜めれば済むことだからって言って……。

 留年だなんてそんなみっともない真似をさせられるか。学生課に行って、転居先を確認して来い。

 苦々しい顔でそう言ったパパに、ママは噛みつくように言い返した。

 どうしてわたしがそんなことをしなきゃいけないんですか。聞きたければあなたが行って聞いてくればいいでしょう。

 琴子はパパとママの間で呆然と、そのあともずっと続いた2人の言い争いを聞いているしかなかった。

「それで、パパとママが梅宮さんのこと、あたしに隠してたのも、先週あたしが梅宮さんに会ったことを言えなかったのも、なんだか全部うやむやになっちゃった。それで、きのう……日曜日にママに、髪を切りに行くからって言ったら、もういいわよって言われたの。でも、そのあとでママ、あたしをじっと見てね、お願いだから、あんな子に負けないでちょうだいって」


 琴子は一度立ち止まり、雨上がりの空を見上げる。

「もしかしたら、梅宮さんも、ずっとそんな風に言われつづけてきたのかなあ」

 突然そんな言葉を口にする琴子に、美奈子は内心戸惑った。

 実は、梅宮紀行のことに関して、美奈子の方からもちょっとした報告がある。それをどう切りだそうと考えながら、さりげない口調で美奈子は聞き返した。

「梅宮さんのママに?」

「うん」

 琴子は再び歩みを始めながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「あたし、お兄ちゃんから、パパがあたしじゃなくてもうひとりの男の子に病院を継がせるつもりだって話を聞いたときも、別になんとも思わなかったんだ。まるで別の世界の話のように現実感がなくて」

 美奈子は黙って頷いた。琴子にとってはママがすべての世界だった。だからその外側で何が起こっていても、実際琴子には直接関係がなかったのだ。

「けど、ママ、梅宮さんが医者になるつもりで勉強してるってこと、多分ずっと前から知っていたのね。お兄ちゃんが進路変更しちゃったから、あたしが病院継がなきゃ梅宮さんに取られるって焦ってたんだね。パパのことも、病院も」

 今の琴子が、少し離れた位置からママを見ることが出来ているらしいのが、美奈子は嬉しい。兄の知明が家出して、パパとママが喧嘩して、それでも琴子がさほど不安定になっていないのが嬉しい。

 美奈がいるから大丈夫。土曜日の晩、琴子はそういって家に帰っていった。ね、ほんとに大丈夫だったでしょ? 口には出さなかったけれども、琴子がそう言っているように美奈子には思えた。

 振り返って琴子はにこりと笑った。

「あたし、今度梅宮さんに会ったら、もう少しちゃんと話ができるかもしれない」

「あんなにヤなやつでも?」

「梅宮さん、パパに似てるよ。真っ直ぐものを言わないとことか」

「ひねくれた言い方しかしないとこ?」

「うん。むしろお兄ちゃんよりパパ似だと思う」


「あのね、琴」

 話題が梅宮紀行から離れていかないうちにと、美奈子は急いで言った。

「その梅宮さんと会ったよ。おとといの晩、琴が家に帰ったあと」

「え?」

 目を真ん丸くして振り返った琴子に、美奈子は慌てて言葉を継いだ。

「琴のお兄さんの、知明さんも一緒だったの。小学校のグラウンドで、何度か電話がかかってきてたでしょ。あれ、お兄さんの知明さんからだったんだ」

「お兄ちゃんが、美奈のお姉さんに電話してたの? どうして?」

「琴がいなくなったこと、梅宮さんがお兄さんに連絡したらしいの」

「梅宮さんがお兄ちゃんに連絡???」

 頭の中がクエスチョンマークで一杯の様子の琴子に、美奈子はわかるようにゆっくりと説明した。


 学校で琴を呼びとめて話しかけた高校生が梅宮さんのことだって、わたしが琴のママに電話で話したことは言ったよね。

 それで、わたしとの電話を切ってすぐ、琴のママは梅宮さんのところに問い合わせの連絡を入れたんだって。

 連絡を受けた梅宮さんはすぐにお兄さんに連絡を入れた。琴が行方不明になって、家族の人が捜しているって。こちらに来ていないかって聞かれたけれども、心当たりはない。ひょっとしてお兄さんだったら、心当たりがあるんじゃないかって。


「お兄ちゃんと梅宮さん、連絡を取り合っていたの?」

 なおもよくわからないといった表情で、琴子は聞き返した。

「そうみたいね」

 美奈子は頷いた。

「梅宮さん、以前からお兄さんが桜井のおうちを出る計画を練っていたのも、その日が計画を実行する日だっていうことも知ってたって言ってた。だから、まさかと思いながらも、ひょっとして琴も連れて出たんだろうかって、一瞬思ったんだって」

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