1‐8 用心棒試験
異世界で殺人犯に出会った時の対処法を、知っている人は少ないだろう。
というか、知りたいとすら思わんだろう。無論、俺も知りたかない。
「それでは」
挨拶をかわして去る殺人犯の後姿を眺める。
止めるべきだろうか、止めないべきだろうか。
隣の留美奈に視線を移してみる。
「ん」
どうやら何も考えていなかったらしい。全て俺任せですか、そうですか。
さて、どうしたものだろうか。
一応、神様爺に貰った最終改変っていう能力があるにはある。
ただ、相手が殺人犯という証拠もないのに使っていい物なのだろうか。
「(うん、無理だな)」
諦めた。
何せ、相手は見るからに優しそうな好青年ではないか、人殺しとは思えん。
「留美奈、俺たちもそろそろ行こうぜ」
「うん」
手を繋いで立ち上がる。
この街で適当に情報を集めた後、留美奈の住居を探すとしよう。
一番情報の集まりそうな所はどこか。
「(ゲームなら酒場とかだが、こんな小さな子どもを連れて酒場は勘弁だな)」
まだ小学生になったばかりであろう年齢の留美奈を連れて入るのは無理だろう。
それ以前に今は昼ごろだ。こんな時間に酒場とやらに人がいる気がしない。
なら、次に情報が集まりそうな場所は。
「(町長の家とか、かね)」
善は急げという。
俺は思いついたことを即座に行動に移そうと留美奈を連れて町長宅を探す。
偶然通った通行人に、町長宅の場所を聞いてみる。
案外、付近にあったらしい。が、何やら厄介事の気配がする。
「(嫌な予感がする、いや、むしろ嫌な予感しかしない)」
町長宅の前まで来ると、こっそりと玄関扉を開けて中の様子を見る。
住居不法侵入罪に問われるのだろうか、とか心配しながら中の音を聞いた。
“俺は見た! 親父を殺した男が、この街にいたんです!”
“と、言われてもね”
“もういい! 俺だけで捕まえる!”
うわ、やっぱり厄介事じゃねーか。
何てネガティブな異世界だ。神様爺め、次会ったら半殺しではすまさんぞ。
大きい音を立て、扉を閉めたディル。
視線は合わなかった、俺に気付かず一目散に家に向かって出て行く。
俺はというと、反対に扉をノックしていた。
どうぞ、という声を聞いてお言葉に甘えて入って行った。
中には、今にも枯れそうな老人が椅子に腰かけていた。
「何ですかね」
これまでのいきさつを適当に話す。
その中に、神様爺から貰った最終改変の能力に対しての説明は抜かしている。
町長は、ふむふむ、と開いているかも分からないその眼で俺の言葉を聞き続けた。
「つまり君はあれだね、異世界からやって来た。というわけだ」
「まとめると、そうですね」
「それで、この世界で生きる方法を探している、と」
「この子が1人で暮らせる安全な場所はないですかね」
「ふむ、この街もそれなりに治安は整っているが、魔物の被害は減らないからのう」
「魔物?」
「ああ、普段は街の外に出没するのだが、おや、ここに来るまでに遭わなかったかね」
「いや、会ってないです」
魔物が存在するらしい。
被害があるということは、殺しても罪にはならないのだろう。
「──ふむ、ところで旅人の方。腕っ節には自信があるかね」
老人が眉を動かし、問いかけて来た。
どう返すのが正しいのだろうか、思案する。
「それなりには」
「ちょうどいい、今、この街では用心棒を雇っている最中だったのです」
「用心棒、というと?」
「近年、この街でも犯罪が多発しておりますので、その予防ですよ」
つまり、誰かの要人警護というより、全体的な警備というのが正しい解釈だろうか。
「もしも用心棒に雇われた場合の対価は?」
「前金として、金貨1枚、銀貨5枚、銅貨10枚。お望みならば家も用意しましょう」
「異世界から来たものでして、金銭価値に疎いのです。銅貨10枚で銀貨何枚分ですか?」
「銅貨10枚ならば、銀貨1枚程度ですね」
「すると、銀貨10枚で金貨1枚というところでしょうか?」
「はい、そうです」
だいたい分かった。
ようは、用心棒として勝ち上がれば留美奈を暮らさせるだけの場所が出来る。
俺の表情を読み取ったのか、老人は言った。
「ただし、用心棒としてふさわしいかどうか、近々行われる雇用試験に受かることが条件ですが」
そこは問題じゃない。
最終改変の力があれば、負けることはないだろう。
「試験の日程はいつですか?」
「明日じゃよ。本来なら締め切っているが、参加しますかね?」
「お願いします」
町長に話を通した後、町長の計らいで、家がなければ1日だけなら貸そうという話があった。当然のように、受けた。
町長が棚から取り出した鍵を持って来る。
「ワシの家の後ろの家の鍵じゃ、持って行きなされ」
「ありがとうございます」
礼をする。
相変わらず話を聞いていない留美奈を連れて家を出た。
町長宅から出ると、後ろの家はものの10秒も立たずに着いた。
鍵を使って扉を開けると、丁寧に掃除が行き届いているおかげか、せまいが寝食は出来そうな環境だ。
「よし、留美奈」
「どうしたの?」
「俺はちょっとだけ用事があるから、ここにいろよ」
「……? 月夜はどうするの?」
「最終確認をしなきゃいけない。腹が減ったら町長に言えよ?」
「……わかった」
物分かりのいい留美奈を置いて、俺は街の外に向かった。
俺の最終確認、それは──この力が、魔物に通じるかどうか。