1‐6 到着
少女、留美奈を連れた俺は、遠い街を目指していた。
強化した視覚で見たせいか、近そうに見えても遠いのが実情だ。
隣を歩いている留美奈は、ずっと家に閉じ込められていたせいか、たった3日間だけだが、路上で生活していたこともあり、相当に疲れているようだ。
「大丈夫か、辛かったら言うんだぞ」
「うん、わかった」
さっきからこの会話の繰り返しだ。
俺が心配性すぎるのかね……。
歩いてから1時間は経った頃か、やっと、目的の街に着いた。
入口には、壊れたまま腐りかけている看板が落ちていた。
その内容は、“ようこそ、ルギッドシティに”。そう書かれているだけだった。
暴徒にでも壊されたのだろうか、治安は悪そうだな。
「よし、まずは泊まれる所を探そう。それから、飯を食おう」
と、言ってみたはいいものの。
金がない、これでは異世界であろうと泊まれる所を探すのは不可能だろう。
異世界でモンスターを倒せば手に入る、などという夢設定もありはしない。
どうしよう、内心困っていた、その時だった。
「あれれ、旅人さんかな…? 珍しいね、こんな辺境の街に」
慎ましやかな女性が声をかけてきた。
見た目から察するに、俺と同年齢か、それ以下だろう。
日本語が使えるのか? いや、異世界に日本語なんてマイナーな言語があるとは思えん、もしかしたら神様爺からの言語に対しての配慮かもしれないな。
俺も言葉を返す。
「あの…唐突で悪いのですが…」
「何でしょうか?」
「この子にご飯を頂けないでしょうか、もう3日もまともな物を口にしていないんです」
「そうなの? それは大変ね、ちょっと待ってて、兄さんに言って来るから!」
大急ぎで駆けて行き、暫くすると、戻って来た。
「うちに来て下さい。簡単な“魔法食”ですが、身体を暖めるにはちょうどいいですよ」
「ありがとうございます!」
素直に頭を下げる。
しかし、魔法食とは一体どういう料理だろう。
優しそうな人だから毒を入れるとは思えないが、どうなんだろうか。
女性に付いて行くと、どこにでもありそうな一軒家についた。
遠慮しがちに家の中に入って行く。
「おっ、来たか。そこの席につけよ」
「お邪魔します」
「お邪魔します? 変わった挨拶だな、まぁ座れよ」
活き活きとした男性が、食卓の上にある料理を見て言った。
どうやら、言語に違いはなくとも、文化に多少の違いはあるらしい。
魔法食なんて存在するんだから、分からんでもないが。
「ほら、留美奈。挨拶しろ」
「えと、お邪魔します」
「おう、たっぷり食っていけ!」
留美奈を席に座らせると、俺も横の席に座った。
対面には女性と男性の2人が座る。
「まず自己紹介からな、オレはディル・アナトール。この街では商人をやっている」
「わたしはラビィ・アナトール。兄さんとは2つ離れているけど、仕事を手伝ってるわ」
外国人似の名前、ということは、俺もそっちに合わせた方がいいのだろう。
「手前はゲツヤ・アラガキです。この子は、ルミナ・ミヤシタ、ちょっと事情があって旅に出ています、それと、聞きたいことがあるのですが……」
聞きたいのは勿論、魔法食についてだ。
「その前に、さっさと料理を食っちまおうぜ。話はそれからだ」
俺の言葉を制すように言った。
「あ、すいません……」
「いえいえ、ゲツヤさんもルミナちゃんも遠慮せずに食べて行って下さい」
「うん」
言葉を返す留美奈の目は既に食事に向いている。
俺も少し腹が減った、まずはここで腹ごしらえするのがいいだろう。
「いただきます」
手を合わせておじぎをする。
留美奈は挨拶をすると、遠慮もせずにスプーンで料理に食い付いた。
「あ、留美奈、こぼしてるぞ。ほら、ちゃんと食え」
「ふふっ、兄妹のようですね。似てませんけど……」
そりゃそうだ、俺と留美奈に血の繋がりはない。
「オレたちも色々聞きてーことがあるけど、まぁ、ゲツヤ君も遠慮しないで食えよな」
「ありがとうございます」
俺もスプーンを手に取り、食事に手をつけはじめた。
食い散らかす留美奈の面倒を見ていたせいもあって、ゆっくり食うことは出来なかったが、2人はそんな俺たちを微笑ましく見守っていてくれた。