1‐12 試験開始
早朝、起き上がると同時に隣の少女を確認する。
「すぅ……すぅ……」
留美奈は小さい寝息をたて、隣で寝ていた。
俺は少女の寝顔を見て安堵すると、立ち上がって窓を開けに向かった。
音をたてて開いた窓から、風が部屋の中に流れ込んで来る。それが、寝起き直後の俺を包み込むように、爽やかな朝を演出する。
「…っし!」
頬を叩いて、やる気を出す。
少女を起こさぬよう、玄関の扉を開ける。
試験の開始時間まで、まだあるというのに、広場に既に人が集まり始めていた。老若男女、年齢を問わず町長宅の前まで集まり始めていた。
何人かの用心棒候補らしき者たちも、町長宅の目の前で、渡された紙のようなものとにらめっこをしている状態だ。
「(俺も紙みたいなもんを貰いに行くかね)」
そう思いながら、町長宅の裏から表に歩いて行く。
玄関の正面に、町長が立っていた。
「ああ、昨日の方ですか。参加しに来られたのですね? お名前をよろしいでしょうか」
「新垣月夜。性はアラガキ、名はゲツヤだ」
「分かりました。それではこれを受け取って下さい」
そう言って渡されたのは、他の参加者らしき者たちも持っている紙だ。
試験の基本事項が書かれている。
・試験最中に止むを得ない事態があっても、責任は自分で取ること
・試験合格者は金貨1枚、銀貨5枚、銅貨10枚を前金として受領できる。
・試合方式はトーナメント形式、決勝まで勝ち上がったとして最高三人と戦う。
という要点が刻まれた紙だ、特に疑問点はない。
トーナンメト形式で四人を相手にする、ということはシードを含めないと仮定して、一回戦と二回戦と準決勝と決勝戦の四つのステップを踏むことになる。
計算すると、参加人数は十六人ということだろうか。
「(意外と多いな)」
予想していた数よりも多いことに、若干驚いた。
「ゲツヤ様のエントリーは最後になります故、試合開始時間は今から二時間後となります」
「了解した」
町長と言葉を交わし、その場を後にする。
今回の俺の場合、勝つか負けるかより、問題はどれだけ自分の力を抑えられるかが要点となる。必要以上の力を出さないように、調整する必要があるだろう。
手を握ったり開いたり、グーパーして力の加減を調整する。
「……まぁ、最初の相手次第だな……」
加減は出来ている。後は相手の力量によって力の誤差を修正するとしよう。
時間が経つのは、あっという間で、俺は留美奈を家の中から連れ出すと、観客席の試合場に近い場所に席を見つけて座らせた。
これは、試合中に家に強盗が入ったり、観客席の後方で気付かぬ内に留美奈が連れ去られたりするという事態を避けるためだ。
「ちゃんと待ってろよ。適当に終わらせて来るから」
「うん」
念を押して留美奈の行動を抑えつけとく。
これで問題はないだろう、俺は観客が描く円の中央にある試合場に歩を進めた、対戦相手であろう、農夫の姿をした図体のでかい男が、既に待機している。
農夫の目の前に立つと、ニヤリと笑われる。
「お前が相手か。こいつは、一回戦は不戦勝みたいなもんだな」
薄気味悪いその顔を俺に近付けるように、見定めて来る。残念ながら、己と俺の差にある絶対的な力量の超えられない壁を見抜けていないらしい。
「ま、お手柔らかに頼むぜ、小僧」
試合場の中心で、握手を求めて来る。
正直なところ、あまり触りたくないが、ここで触らねばこいつの機嫌を損ねて面倒なことになるだろうし、手を握る。
「よろしく」
言葉を返し、握手を終えた俺たちが一定の距離を取り離れる。
“それでは! 第一回戦、最終試合。ゴメスVSゲツヤを開始します!”
町長が張り切って声をあげた、あんな声を出せるのかよ。
“始め!”
観客席に多少の騒ぎが起きる、たいした人数もいないが、街人ならではの熱気という奴だろうか、それがこちらまで伝わって来る。
「悪いな、小僧! まずは一回戦、勝ちあがらせて貰うぜ!」
図体のでかい農夫が、その太い肩を向けて突進して来る。所謂、ショルダータックルという奴だ。避けるにしても難しいし、ぶっ飛ばすにしても難しい。と、普通の人なら考えるだろう。だが、生憎と俺の悩みは別なところにある。
「(ぶっ飛ばしたら変だよな……)」
どうやって手加減して勝つか、そこが問題だった。
とりあえず、両手で受け止めるフリをしてみるか。
「ずおおおおおおおおお!!」
張り裂けるような大声を出しながら、突進する農夫の肩を、受け止め──、
「せいっ!」
「ぐ、おおおおおおおっ!?」
──結論から語ろう、農夫は両手で受け止めたはずの俺の反動に耐え切れず、そのまま綺麗な放物線を描いて、これでもかというほどに吹っ飛んだ。
一瞬で観客の熱気は冷め、静かになる。
「(……やっちまった)」
“い、一回戦最終試合! 勝者、ゲツヤぁぁぁァァァ!”
町長が虚しい勝利の判定を下すが、やはり観客は静かだ。
その後、試合は二回戦へと進み続けられたが、吹っ飛んだ農夫を助けるため向かった俺は、農夫が誰かさんの家の壁を貫いて気絶してる場所で、一言、言ってやった。
「ご愁傷様」