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過去

 中学に入ってすぐ、私はいじめられるようになった。勉強もスポーツもできない、何のとりえもない私は、いじめの標的にするのにちょうどよかったらしい。


 毎日のように私の物がなくなった。そのほとんどがゴミ箱に捨てられていた。

 毎日のように机や教科書に落書きされた。

「バカ」「くず」「ゴミ」「死ね」「死ね」「死ね」

 なかなか消えないそれを、いつも必死になって消した。教科書の落書きは消えなかった。

 毎日のようにお金を要求された。自分のお小遣いは全部取られた。親の財布にまで手を付けたこともある。

 殴られたことも、蹴られたこともある。歩くだけで指をさしてわらわれた。何をしていても、嗤われるようになった。


 そして私は、外に出なくなった。


 引きこもるようになった私を、父は腫れものに触るように扱った。最初のうちは励ましてくれていた母も、そのうち何も言わなくなった。


 時間が止まった。カレンダーをどれだけめくっても、私は中学一年生の時のまま。いじめられっ子のまま。


 消えたかった。初めっから、自分はこの世にいなかったことにしてほしかった。

 毎日毎日、自分がいない世界を想像した。その世界ではきっと、私の家族はもっと明るくて楽しいんだ。私なんかよりも強くて明るくて元気な子がこの家の子供で、毎日両親と笑って暮らすんだ。その子は普通に学校に通って、部活もして、もしかしたら恋愛もして。

 私ができなかったことを、その子は何でもするんだ。できるんだ。きっと。

 私なんか、いなければよかったのに。初めっからいなければよかったのに。机の落書きみたいに、消せたらよかったのに。

 自分で死ぬのは怖かった。だけど、死にたかった。死ねたらいいのに、と思ってた。存在を消す事が無理なら、せめて。



「勿体ないな」

 その一言で、我に返った。振り向くと、メロンパンをほお張った男の子が、こちらを見ていた。何故か悲しく見える、笑顔で。

「もったいない…?」

 私は彼が言ったことを、小さな声でもう一度繰り返した。

「ああ、勿体ない。せっかくさ、お前は生まれたのに」

 その言葉はもう嫌になるほど、聞いた言葉だった。

「…生きたくても生きられない人がいるのは知ってるの。だから、余計に死にたいの。なんで私なんかが生きていて、生きたいと思ってる人が死んじゃうんだろうって」

 思わず、私は言い返した。それを聞いた彼は、「なるほど」と言って笑った。

「分かってるじゃねーか。そうだよ。生きたくても生きられない人なんて、この世界にはいっぱいいる」

 彼はそこまで言うと、メロンパンの最後の一口を口に放り込んだ。ゆっくり味わってから、飲み混む。それから、真剣な顔でこちらを見た。

「だけど、そいつらは生きてる人を恨んだりはしてない。『俺が代わりに生きるから、死にたがりのお前が死んでくれ』とも思わない。ただ、悲しいんだ。自分が生きたくても生きられなかった世界で、自ら死んでいく人を見るのは」

 そう言ってから小さな声で、「あくまでも俺の話だけどな」と付け加えた。ように聞こえた。

「死にたい、って考えることが悪いことだとは思わない。立ち止まってる時間なんて勿体ないだけだ、とも思わない。ただ、自分のすべてを諦めてしまうのは、勿体ないと思う」

 そう言い終わると、彼はゴミを片づけ始めた。それから私の方を見て、笑った。

「自己満足だけど、ちょっとだけでも話せてよかった。まあ、俺が一方的に話しただけだけど」

 そう言い終わると、彼は階段に向かって歩き出した。私は少し考えてから、「あの!」と声をかけた。久しぶりに大きな声を出したと思う。自分の声の大きさに驚いている私の方を、彼はゆっくりと振り向いた。

「あの、…名前」

 おずおずと私が言うと、彼は少し考えてから

しょう

 笑いながらそう言って、片手をあげた。

「じゃあな、ひな」


 彼はどうして、私の名前まで知っているのだろうか。


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