屋上
狭くて薄暗い部屋が、私の世界のすべてだった。もう、3年以上。カーテンはあまり開けたくなかった。他の人たちの、きらきらした姿を見たくなかったから。
朝は嫌い。自分が何もしていないのだと、一番思い知らされる時間だから。私だって本当は、かわいい制服を着て、きらきらした笑顔で高校へ通ってるはずなんだ。本当は。
唯一外に出れるのは夜になってから。それでもマンションの外に出るのは怖くて、いつも屋上へ上る。低い柵に両手をのせて、町に散らばっている光を見る。そこから見える眺めも、いつもいつも一 緒。
3年間止まったまま。時間も、景色も、私も。
だけどその日、少しだけいつもと違う風が吹いた。
「…こんばんは」
後ろの方からいきなり声を掛けられて、私はびっくりして振り返った。
私と同い年くらいに見える、男の子。髪の毛はぼさぼさで、少し猫目。身長は170cmくらい。いまどきの男の子、って感じだった。にこやかにこちらに近づいてくる。
だけどさすがに、誰もいない屋上で二人きりとなると怖い。私が少しだけ身構えると、男の子は一瞬キョトンとしてから、
「あー、あー、そんなつもりないから」
と言って笑った。私の隣に立って、私と同じように景色を見る。
「なるほど。悪くない」
そう言うと彼は、持っていたビニール袋から何かを取り出して、私に差し出した。それは、メロンパンだった。私の、大好きな。
「あげる」
彼の声は少しだけ震えていた。私は無言で、メロンパンを受け取る。彼はビニールからもう一つメロンパンを取り出すと、包みを開けた。
「あ、ミルクティーもあるから」
そう言いながら取り出したミルクティーは、私の好きな銘柄のミルクティーだった。偶然、だろうか。彼はおいしそうにメロンパンをかじっている。それを見ると、急激にお腹が減ったような気がした。そういえば、今日はまだ晩御飯を食べていない。
「…君さ、夜になるといつもここにいるでしょ」
言われて、ぎょっとして彼の方を振り向く。彼はメロンパンを食べながら、向こうに見える大きなビルを見ていた。
「なんで…」
小さな声でそう言うと、彼はこちらを見た。
「天使はいつも君を見ていたんですよ」
茶化したような声で、笑いながら言う。だけど、目は笑っていなかった。
「え?」
「…冗談」
そう言うと彼は頭をぼりぼりと掻いて、困ったように笑った。
「俺やっぱりさー、話しベタだな。全然面白いこと思いつかねえわ」
そう言い終わると、ふっと無表情になった。無表情なのに、何故か悲しそうに見えた。
「単刀直入に訊くけどさ。あんたは、やっぱりまだ死にたいって…。いや、消えたいって思ってる?」
それを聞いて、頭の中が真っ白になった。
なんでこの人は、私のことを知っているんだろう。