最初
天使の白いそれとは違って、死神の翼は漆黒だ。俺は昔から、黒い翼に憧れていた。白よりも黒の方が絶対にかっこいいと思う。汚れも目立たないし。
ルキに翼を見せてくれと頼んでみた。死神も天使も、翼なしで浮遊できるのはせいぜい地面から30cm上くらいで、空を飛ぼうと思ったら翼を出さなければならない。ルキの翼は今は見えないが、きっとたたんでいるはずだ。ルキだって死神なんだから、綺麗な黒い翼を持ってるに違いない。ところがルキは
『いや、ボクのはかっこよくないですし…。汚いですから』
と苦笑した。少しだけ、泣きそうな顔で。俺はそれを見てから、この話題について触れるのはやめることにした。
ジーパンのポケットを漁ると、人間界の金が出てきた。神サマが入れてくれてたらしい。3万円が多いのか少ないのかは俺には分からない。多分、この金がなくなるまでに仕事をして、天使として帰って来いってことだろう。
俺は空を飛んでる鳥を見た。俺にも翼があれば、すぐにでも上の世界に帰れるんだが。まあ、帰ったところでまじめに仕事をする気もない。立ち上がると、ルキが『どこに行くんですか』と声をかけてきた。その声は少し不安そうだった。
「腹減った。メシ買いに行く」
俺は公園から見えているコンビニを指さしながら言った。
『あ。……。』
それを聞いたルキは困ったように下を向いて黙り込んでしまった。やれやれ。俺はため息をついた。
「お前も来いよ。どうせ暇だろ」
我ながらぶっきらぼうな声になった。しかしルキは、その言葉を聞いて嬉しそうに顔をあげた。
『いいんですか?』
ルキが泣きそうな顔でこちらを見てくる。本当にこいつの顔は男なのか女なのか分からない。死神にも性別はあるはずだが。
「いちいち確認してくるなよ。面倒くさい」
俺はさっさと歩きだしながら言った。
「ついてきたいんなら、一緒に来い。…一応、お前は人間界での最初の友達だ」
それを聞いたルキは顔を真っ赤にして、泣いた。
上の世界から人間界を覗いていたおかげで、人間界のシステムはほとんど知っていた。俺はコンビニで、メロンパンなるものを買った。天使は何も食べなくても大丈夫だが、やはり人間になると食べることは必要らしい。お腹がすく、という感覚を俺は初めて知った。
コンビニを出ると、さっきまでいた公園のベンチに戻った。買った食べ物を取り出す。
『…おいしいんですか、メロンパンって』
天使と同じく、食べる必要のない死神のルキが訊いてきた。
「知らねえ。俺も初めて食べる」
俺はその日、初めてメロンパンを食べた。サクッとした食感と生地の甘さが、口いっぱいに広がる。
俺はその日初めて、顎が落ちる、の意味を初めて知った。