白の翼
落ちる。この感覚を味わうのは二回目だった。一回目は、天上界から落とされた時だ。耳元でごうごうと唸る風の音。風でもない空気が、全身に当たる感覚。まるであの時と一緒だったが、今回は落ちたら多分助からない。俺もひなも、人間だから。
しがみつけなかったあの日のことを思い出した。暖かい場所から放り出されて、身体が冷たくなる瞬間。全身で絶望を感じる瞬間。彼女には、同じ体験をさせたくなんてなかったのに。
結局俺は、ひなのことすら、守れなかった。
彼女のことだけは、守ってやりたかったのに。
「ごめん、な」
ぼやけた視界の中でそう呟いた。その瞬間、
俺の背中に、真っ白な翼が生えた。
落ちる…!そう思った瞬間、目をつぶった。私、多分死ぬんだ。
走馬灯でも見えるのかと思ったけど、何も見えなかった。頭に浮かんだのは、たったひとつの言葉。
…そんな、今更、なんで?
身体が落ちる感覚。空気の冷たさ。風の速さ。そのすべてに、死を感じた。もうすぐ終わるんだ、すべて。
ああ、私、本当は―…
そう思った次の瞬間、身体がふわりと軽くなった。 耳元で唸っていた風の音が聞こえなくなる。
「………?」
恐る恐る目を開けると、翔さんの顔がそこにはあった。
そしてその背中には、きれいな、真っ白な、羽が。
翔さんは、私をそっと公園のベンチに降ろした。
「…なるほど。人のためにどうこうすると、天使に戻る、ね…」
翔さんがぶつぶつ何かを言っているのを、私はぼうっと聞いていた。いろんなことに混乱しすぎて、頭が働いていなかった。
「ひな。俺の姿、見えてるの?」
そう訊かれて、頷いた。頷くのがやっとだった。
「そっか。…天使に戻れてんのか、よく分かんねえな」
そう言うと翔さんは自分の羽をバサバサと動かした。そして「よし、いける」と呟くと、
「ちょっと野暮用を済ませてくる」
そう言って、屋上の方をキッと睨んだ。
「…ひなは、落ち着いたら家に戻るんだ。分かったな?」
もう一度頷く。それを見て彼は、ほほ笑んだ。
それから、彼は、