落下
今日は少しだけ風が強かった。私は持ってきていたカーディガンを羽織って、いつものように柵の方へと近づいた。夜も遅いせいか、町は死んだように静かだった。朝になればこの街はまた息を吹き返して、皆動きだすのだろう。そして私はまた、動かなくなるのだろう。
あと何年、この生活が続くんだろう。私はいつになれば抜け出せるんだろう。もう終わりにしたい。なにもかも。
手の甲に、涙が一粒落ちた。慌てて涙を拭いながら
「…このまま朝が来なければいいのにな」
と呟いたのと、
「ルキ、やめろ!!」
という叫び声が聞こえたのはほぼ同時だった。振り返ると、翔さんがこちらに向かって走ってきている。どうしたんだろう、と思った途端、強い風が吹いた。
身体がふっと軽くなる感覚。
「え…?」
私の身体は、柵を乗り越えて、空中に投げ出されていた。
屋上に着くと、いつものように柵の前で景色を見ているひなと、その横で鎌を振り上げているルキが見えた。
「ルキ、やめろ!!」
走りながら叫んだ。しかし、ルキは構わずその鎌をひなに向けて振り落とした。
命が切られる。ひなの身体が、一瞬で宙に投げ出された。
「くそおおおお!!!」
俺は手を伸ばした。頼む、届いてくれ!!
ぎりぎりで、ひなの腕をつかんだ。よし、後は引っ張り上げれば…!!
天使であったなら、腕さえつかめれば簡単に引っ張り上げられたはずだ。
だけど俺は、天使じゃなくて人間だった。
走りながら、ひなの腕をつかんだ俺はそのままバランスを崩した。足が地面から離れる感覚。そしてそのまま、…ひなの腕をつかんだまま、落下した。