黒の翼
最近、少しだけカーテンを開けるようになった。というのも、屋上で出会ったあの男の人が、毎日私の家の前にある公園に来ていることに気付いたからだ。
翔と名乗ったその人はいつも一人で公園に来ているのに、たまに誰かと喋っているように見えた。
変わった人だとは思う。だけど、怖い人だとは思わなかった。ストーカーだとも、何故か思えなかった。というか、引きこもりの私を追いかける人なんていないだろうと思う。もしもあの人がストーカーなら、目当ては私じゃなくて別の人だ。きっと。
「…今日は屋上に来るかな」
部屋で、一人呟く。あの日以来、翔さんは一度も屋上に来なかった。私はあれからずっと、毎日屋上に上っていたけど。
私がこの部屋から飛び出して、あの公園に行けば彼と話せるんだということは知ってる。きっとあの人なら、話をしてくれるだろう。だけど、行く勇気がなかった。
「…来ないかな」
そう呟いてから、カーテンを閉めた。
コンビニは24時間営業なのがありがたい。夕方から町を散策していたら、すっかり夜も更けてしまった。
「うおおお、腹減ったああ。メシメシ!」
適当なコンビニに入って、晩飯を何にしようか迷ってる間にルキの姿が見えなくなった。夜に姿が見えなくなるのはいつものことなので、あまり気にせずレジへと向かう。今日の晩御飯はチキン南蛮弁当にした。メロンパンの次にお気に入りの商品だ。
レジの店員はどうも新人らしく、もたもたと会計をしてくれる。
「お、お弁当は…温め、ますか?」
「あ、はい」
おどおどと喋る姿が、ルキに似てる。そんなことを考えながら、なんとなく外の方を見ると、
翼を広げた、ルキの姿が見えた。
その翼は漆黒で、コウモリのように尖った形をしている。
「…あ?」
俺がそう言ったのと同時に、ルキがすごい勢いで飛び立った。ルキが飛んでいった方向には、ひなのマンションがあったはずだ。
今頃ひなは、いつものように屋上にいるだろうか。
「-…!!」
俺はチキン南蛮弁当も受け取らずに、外へと飛び出した。「あ、あの、お、お客さま」と慌てふためく新人の声が後ろから聞こえる。だが、それどころではなかった。
ひなが死ぬかもしれない。マンションに向けて一直線に飛びたい気分だった。だけど俺には翼がない。
「くそっ!!」
出来るだけ早く、走るしかなかった。