穢れ
いつも気づいたときには朝になっていて、ボクは愕然とする。
頭を抱えて考えるけれど、分からない。どうしてここにいるのか、どうして記憶がないのか、
どうしてボクの鎌は、いつも血まみれなのか。
お前の翼は穢れている、と言われたのはいつのことだっただろうか。皆、怯えるような眼でボクを見た。
「お前は同族殺しだ。死神が、死神を殺すなんて、認められていない」
知らない。ボクじゃない。本当に何も知らないんです。
「お前が皆を殺したんだ」
違う、ボクじゃない。ボクじゃないのに。
「追放しろ。そいつの翼と鎌は、穢れている」
どうしてボクは何も覚えていないんだろう。
酷いことをしたはずなのに、何も覚えていないなんて。
ボクは、最低なんだ。
俺がいつも利用しているネットカフェの近くで、大きな交通事故があった。死者7人。この前もこの街で大きな事故があったばかりなのにな、と思いながら事故現場を通る。事故現場からしばらく歩くと、野次馬が集まっているのが見えた。
「この家で昨夜、一家心中が…」
漏れ聞こえる声を聞きながら、妙だと思った。こんな短期間に、何人もの人が死ぬなんて。
そう思っていたら、ルキがこちらにやってきた。相変わらずへらへらしている。
『アズウェルさ…!おはようございます』
呼び捨てにはまだ慣れないらしい。それに、そろそろ敬語もやめさせたい。
俺はいつもの公園に向かって歩きながら、小さな声でルキに話しかけた。ルキの姿は他の人間には見えていないわけだから、あまり大きな声で話すと不審者になってしまう。
「ルキ、お前さ。めえちゃめちゃ頑張って仕事しまくってるとか…ないよな?」
それを聞いたルキが、一瞬動きを止めた。その笑顔が、一気に曇る。
『どういう意味ですか』
「いやなんか…。最近ここらへんで事故とかさ、色々起こってるみたいだから」
ルキは少しだけ考えてから、首を振った。
『ボクじゃないです』
「そっか。そうだよな。悪い」
何となく気まずくなってしまい、沈黙する。すれ違うスーツ姿のおじさんたちが、「物騒な世の中になったなあ」と話しているのが、いやに大きく聞こえた。
『…あの、今日もメロンパンを食べるんですか?』
気まずいと思っていたのはルキも一緒だったらしい。そわそわしたような声で、訊いてきた。
「そうだなー。今日はクリーム入りのやつにしようかな」
なるべく明るい声で答える。空気が少しでも軽くなるように。
「…今日は夕方から散歩でもしようかな。この時期、夕方は涼しくて気持ちいいし」
『じゃ、ボクもついていきます』
ルキはにっこりと笑って言った。空気が、ふわりと軽くなった。