天使失格
気持ちのいいそよ風が吹いて、頭上の木の葉が揺れた。それを見ながらそっと目を閉じる。風の音、木の揺れる音。それ以外は何も聞こえない。
天上界は、今日も平和だ。と思っていたら、
「…エル!アズウェル!!」
木陰で昼寝していた俺の方に、黒髪のフェインが飛んできた。フェインは翼をたたむと、走ってこちらに近づいてくる。足音が俺の耳元で止まった。
「お前またこんなところで仕事サボってたのかよ!なあ、そろそろやばいって…」
「なにが」
俺は上半身を起こしながら、フェインの方を見る。ぼさぼさ頭で釣り眼の俺と違って、丸い目で黒髪のフェインはいかにも真面目そうだ。俺は笑った。こういう奴が、神サマに好かれるんだろうなあと思う。
「なにがって…アズウェルお前、このままじゃ天使失格になっちまうぞ」
心配そうなフェインを見て、黙りこむ。
「なあアズウェル…、なんで仕事しないんだ?」
黙りこんだ俺の顔を、フェインは覗きこんだ。フェインの着ている服が、光を反射して7色に光っている。
「ちゃんと仕事すればさ、神様も…」
「ははっ」
俺は頭をかきむしりながら笑った。
「お前は本当に『天使向き』だな、フェイン」
そう言うと俺は立ち上がり、たたんでいた翼を広げた。天使に与えられる翼は白い。俺は、この翼も嫌いだった。白い翼なんて、天使のことを綺麗に見せるための道具なんだと思う。7色に光るこの服も。天使が綺麗なら神サマもきれいな存在に見える。すべては、神サマの自己満足だろう。
「待てよアズウェル!」
飛び立とうとする俺に、フェインが焦ったような声を出した。俺はフェインの方を振り返り、笑った。
「まあ、お前はせいぜい頑張れよ。『神サマ』のもとで、さ」
何か言おうとするフェインを置いて、俺は飛んだ。行き先は決まっている。
神判の部屋。神サマの裁きを、受けるための部屋。
神判の部屋に来たことのある天使はどれくらいいるんだろうか。少なくとも、俺が知っている限りではいない。滅多なことじゃないと、こんな部屋には呼ばれない。
明かりも何もない真っ暗な神判の部屋に、神サマの荘厳な声が響き渡る。
『…久しぶりだな、アズウェル』
俺は答えない。答えたくもない。
『何故、この部屋に呼ばれたのか分かっているな…?』
天使としての仕事をしていないから。俺は心の中で呟いた。
『お前に訊きたいことがあるのだ』
俺が返事をしないのは無視して、神サマが問う。
『なぜ、私の言うことを聞かなくなったのだ…?何故、与えられた仕事をしなくなった?』
「…ははっ」
神サマの質問に、思わず笑ってしまった。何故?
「何故かって?そんなの簡単ですよ」
俺は上を見上げた。真っ暗で何も見えない部屋だが、この上には神サマがいるはずだったからだ。俺はまっすぐ上を睨み、神サマに向かって吐き捨てた。
「あんたがクズだからだよ。神サマ」