驚愕
『真冬の真夏』
やり手の社長は、
この機会を逃すなとばかり、
この日からの一週間、
そう銘打ったイベントを開催。
『ゼブラが向日葵畑になった』
そんな噂が客から客へ、
店のコ達から他の店のコ達へと、
あっという間に、
広まってゆく。
狭い世界だ。
笑
コレが見事に大当たりし、
モノ珍しさに新規客が倍増。
同時にアタシの棒グラフも、
一気に頂点へと駆け上り、
客や店のコ達からの、
羨望と嫉妬がカオスした、
好奇の視線を一手に集める結果となる。
苦笑
ともあれ、
絶大な経済効果に、
店は大いに沸いた。
コレが歴史に残る、
向日葵特需である。
笑
しかしアタシにとって、
そんなコトはどこ吹く風。
頭の中は、
足長おじさんならぬ、
向日葵おじさん探しでいっぱいだった。
笑
新規で指名が入る度、
ドキドキしながら、
席に向かい、
名前を聞く度、
落胆する。
1日、
2日、
3日…
日が経つに連れ、
逢いたさばかり募るが、
一向に、
現れる気配はナイ。
あれ以来、
社長とも話す機会もナイ。
見たコトもない、
存在すら知らない人。
どんな顔?
どんな声?
背は高い?
何処に住んでる?
etc…
持ちうる限りの想像力で、
創造してゆく楽しさが、
変わり映えのしなかった毎日に、
たまらない快感と、
刺激を与えてくれる一方、
何時になったら逢えるのか、
先が全く見えないもどかしさで、
日に日に気が、
狂いそうになってゆく。
夢にまで出て来るのに、
その顔が、
全く見えない…
逢いたい…
逢いたい…
逢いたい。
そう、
願い続けて1ヶ月。
時刻は確か、
午前0時を回ったくらい、
だっただろう。
常連のテーブルで、
いつも通り酔っぱらい、
あと一時間程で、
今日も終わる。
あ~あ。
今日も来ない…か…
なんてコトを、
心の片隅で思いながら、
水割りにマドラーを、
回していると、
「失礼します。
海サン、お願いします」
ボーイが告げに来た。
「ゴメンねぇ。
呼ばれちゃった~」
「何だよ~。
もう行っちゃうの~?」
少しふてくされ気味の、
ユタカを笑顔でいなし、
席を立つ。
「誰?」
「新規です」
「ふ~ん…」
例のイベントの後、
雨後の竹の子のように、
新規の指名が増えたお陰で、
この頃はもう、
新規と聞いても、
さしたる感動はなく、
ましてや、
名前を聞く度、
藤城の、
ふの字も出て来ない毎日に、
アタシの向日葵おじさん探しも、
大分情熱を失っていた。
どうせ今回も、
ハズレに決まってる。
適当に切り上げて、
ユタカの席に戻ろ。
そんなコトを思いつつ、
ボーイの後をついて行くと、
案内されたそこにいたのは…
うわ~!!
見えた瞬間、
心が叫ぶ。
色黒のスキンヘッド。
両耳にはダイヤが光り、
白髪混じりの短い顎ヒゲ。
値の張りそうな縁なし眼鏡に、
スマートなピンストのスーツ。
ガラ悪っ!!!!
誰がどう見ても、
その風貌は、
まさしくヤクザ。
マジかよ…
もはや向日葵おじさんどころの、
騒ぎではナイ。
苦笑
ぶっちゃけ職業柄、
この世界の人達とアタシ達は、
切っても切れない運命にある。
いくら店の入り口に、
『暴力団お断り』
そう書いたトコで、
面と向かって誰が聞けるというのか。
仮に勇気を出して、
「アナタ様はヤクザですか?」
そう聞いたトコで、
ぶっ飛ばされるのがオチだ。
笑
事実アタシにも、
そっち側の客は多く、
またコレが、
何故かモテる。
苦笑
おかげで店の中にも、
『そういう人は、海にお任せ』
みたいな雰囲気が、
いつの間にかできており、
地元のヤクザで有名な人は、
大概顔を知っていた。
ケド、
この人は、
見たことがナイ…
「お待たせ致しました。
海サンです。」
スキンヘッドにひざまずき、
ボーイが挨拶する。
「はじめまして。
海といいます。
御指名頂き、
ありがとうございます」
続いてアタシも、
御挨拶を。
するとスキンヘッドは、
ゆっくり立ち上がって、
右手をアタシに差し出した。
「はじめまして。
どうぞよろしく」
ワオ…!
完全に想定外の行動に、
一瞬戸惑うアタシ。
まさかこの風貌から、
握手が出て来るなんて。
笑
「あ、はい!
宜しくお願いします!」
慌ててアタシも、
右手を差し出す。
厚みのある、
ゴツゴツした手に、
ドキっとしたのを、
今でも覚えている。
「失礼します」
一礼して隣に座ると、
ふわっと甘く、
どこかスパイシーな香りが、
とっても柔らかく、
アタシを包み込む。
「いいニオイ!」
思わず口から出た。
「そうか?」
スキンヘッドは、
おどけて言った。
イケる。
新規の客は、
会話のつかみが、
一番重要だ。
相手のタイプを見極め、
何から話を切り出すかで、
その後の会話が、
その後の関係が、
生きるも死ぬも、
自ずと決まる。
コレがわからないキャバ嬢は、
今日で辞めた方がいいだろう。
笑
いい香りに、
高そうなメガネ。
細身の3つボタンに、
スクエアトゥ。
間違いなく、
オシャレな人だ。
よし。
「オシャレなメガネ!
何処のですか?」
アタシが切り出す。
「お、見てるね~!
コレはドルガバ」
「へぇ~!凄い可愛い!」
「でしょ~!
一目惚れでさ~」
よしよし、
好反応だ。
この調子で、
ガンガン行こう。
小さなグラスに、
自分でビールを注いでいた彼。
「ダ~メ!」
そう言って、
アタシは彼から瓶を取り上げ、
彼のグラスに注ぐ。
ウチの店で、
瓶ビールを呑む人は珍しい。
ビールを頼む人は、
決まってジョッキを頼むのに。
「アタシもいいですか?」
可愛く聞く。
笑
「もちろん。
ビールでいいのか?
好きなモン呑めよ」
「ありがとう!
でもコレがいい。
お客さん、
あんまり美味しそうに呑むから、
アタシもビールが呑みたい!」
テーブルセットの、
水割り用のグラスに、
手を伸ばした時、
彼はアタシの手を掴んで言った。
「ダ~メ」
「え?」
笑いながら彼は、
側にいたボーイを呼び、
自分と同じ小さなグラスを、
持ってくるよう指示した。
「瓶ビールはな、
小さなグラスで呑むから、
美味いんだ」
そう言って、
ボーイが持ってきたグラスに、
ビールを注ぎ、
「ほら」
と、
アタシに渡す。
「あ、
ありがとうございます」
ジェントルだなぁ~。
笑
その外見からは、
とても想像がつかない。
アタシの経験上、
こういうタイプは、
往々にして、
横柄なのに。
苦笑
女は得てして、
ギャップに弱い生き物だが、
その中でもアタシは特に、
突出して弱い。
『この人のコト、
もっと知りたいな』
自然とそう思った。
新規の客に、
興味が湧いたコトなど、
今まで一度もなかったのに。
でも彼にはどこか、
見えない空気の、
壁のようなものを感じる。
どんな会話にも優しく、
フランクに対応してくれる、
陽の雰囲気と、
何人の侵入をも許さないような、
陰の雰囲気を纏っている。
そんな気がした。
この後は、
何から話そう…
こんな難しいコトを、
考えさせられたのも、
水商売に足を踏み入れて、
初めての経験だった。
だが、
いつまでも考えているヒマはない。
よし。
意を決して、
一気にグラスを開け、
アタシは再び切り出した。
「お客さん、
何て呼べばいいかな?
お名前、
教えて!?」
「名前かぁ、
そうだな…
ハゲたオッサンでどうだ?」
笑いながら彼は言ったが、
すかさずツッコむ。
「イヤイヤイヤ!
呼べねーし!」
「ブハハハハ!」
爆笑の彼。
「オモロいなオマエ!」
「どっちがだよ!」
すかさず返すアタシに、
更に爆笑の彼。
「もー、
笑ってないで教えてよー!」
空になった彼のグラスに、
ビールを注ぎながら、
軽く甘えたような声を出すアタシ。
注ぎ終わった瓶を、
アタシから取り上げて、
今度は彼がアタシのグラスに、
ビールを注ぐ。
満たされたグラスを、
スッと差し出し、
彼は言った。
「名前やどんな仕事なんて、
つまんないコトは聞くなよ」
いきなり釘を刺された。
そして一瞬マジな顔で、
「そんなもんは、
オマエがオレの女になったら、
いくらでも教えてやるよ」
そう言った後、
「なんてね~!」
と、
笑い飛ばした。
「とりあえず今日は、
ツルチャンとでも呼んで?」
わかった…
そこまで言うなら、
もう遠慮しない。
残ったビールを、
また一気してアタシは言った。
「おいハゲ!
呑めよ!?」
「おお!?
言ったねオマエ!?」
彼も一気にグラスを空け、
2人で爆笑した。
楽しかったなぁ…
政治経済から、
シモネタに至るまで、
彼は話題が豊富で、
とにかく話が面白かった。
そんな会話の隙をついて、
アタシはとうとう、
言ってしまった。
「ねぇ、
何のお仕事?なんて、
聞かないケドさ、
ツルチャン、
ぶっちゃけヤクザでしょ?」
その瞬間、
彼の表情から、
笑いが…
消えた…
あれ?
もしか…
地雷踏んだ?
思うが早いか、
「オイ…」
眼鏡を外した鋭い眼光が、
アタシに迫る。
ヤベ!!!!!!
「何だとこの野郎…」
声のトーンが、
明らかに違う…
「殺すゾテメェ」
!!!!!!!!
怖ぇええ…!!
どうしよう…
前述の通り、
ヤクザ慣れしてるハズのアタシ。
今まで誰に凄まれても、
全然平気だった。
店の中でヤクザと、
ケンカしたコトだってある。
でも、
この人は空気が違う。
本気でヤバい。
そう本能的に感じた怖さに思わず、
「ごめんなさい!!」
立ち上がって頭を下げた。
アタシの声が、
無意識に大きかったのか、
急に立ち上がった、
アタシに驚いたのか、
周りのテーブルの視線が、
一気に集中した。
「てなセリフをさぁ~、
この前見た映画で、
小沢仁志が言ってたのよ~!」
え…?
は…?
演技?
てか、
モノマネ?
おそるおそる顔を上げると、
彼はグラスを頬に当てて、
大笑いしている。
慌てて席に座り、
「怒ってないの?」
そう聞くと、
「ブハハハハ!!!!」
泣きそうなアタシの顔を、
指さしながら爆笑している。
「チビっただろ、
オマエ」
その顔はまるで、
イタズラ好きの小学生。
腹立つ…!!!!
本気でビビった、
アタシの立場は?
そう思った途端にもの凄く、
恥ずかしくなってきた。
「本気で怒らせたかと思ったじゃん!!!!
バカ!!!!」
アタシが怒ってそう言うと、
彼はまた、
笑い転げた。
「イヤイヤ、悪い悪い。
まあ、機嫌直せ」
そう言って、
ボーイを呼び、
何かを注文する。
持ってきたのは、
キャバクラでは定番のシャンパン、
カフェ・ド・パリ。
しかもアタシの一番好きな、
青リンゴだ。
「わ~!!」
テンションが、
一気に揚がる。
「好きなのコレ?」
「うん!」
自然と顔がほころぶアタシ。
「ブハハハハ!!!!
正直だねオマエ!
てか、
現金なヤツ?」
「正解!」
アタシも爆笑。
「そかそか、
ちゃんと自分で答えてんだな」
「え?」
「ん?イヤイヤ、
独り言だよ。
ホラ、呑め呑め!!」
?
ま、いっか。
「いただきま~す!!」
青リンゴの爽やかな香りが、
2つのシャンパングラスから立ち上る。
「ね!
乾杯しよ?」
「また?」
「イイじゃん何回しても!」
「ハイハイ~」
気だるそうな彼のグラスを、
無理やり引き寄せ、
「カンパーイ!」
一気に飲み干すアタシ。
ああ…
「美味し!!」
自然と口から出て来た言葉に、
「そうか、美味いか!
そりゃ結構!
ドンドン行け!
ブハハハハ!!」
楽しそうに返してくれる彼。
初めて逢ったのに、
まるで、
何年も前からの、
知り合いのようなヒト。
こんなに楽しいヒトは、
初めてだった。
本当に。
でも、
時間はいつも、
正確に過ぎてゆく。
楽しい時も、
辛い時も、
同じ速さで。
「失礼します。
海サン、お願いします」
そうだった…
ユタカの存在を、
すっかり忘れていたアタシ。
苦笑
「ツルチャン、
直ぐ戻るから待ってて!」
「いいよ、
帰るから。
人気モンなんだろ?オマエ。
ゆっくりして来い」
ゆっくりしたいのは、
この席なんだって!
とは、
当然言えず、
泣
「帰っちゃうの…?」
寂しさ全開で聞いた。
「ああ。
他の女に用事は無い」
ドキッとしたなぁ、
あの言葉…
笑
「そっか…」
アタシはボーイに、
チェックを告げ、
「あっという間だったな…」
ボソッと呟いて、
彼に明細を手渡した。
「ウマいね~オマエ。
いつもそんな感じなのか?」
茶化すように彼は言う。
そうよね…
所詮アタシはキャバ嬢で、
彼はただのお客さん。
普通のサラリーマンが、
お得意様にする挨拶と、
なんら変わりはない。
それが、
アタシの仕事だもの。
こんな時、
可愛い女の子ならば、
甘ったるい猫なで声で、
「そんなことないも~ん、
いつもなんか言わないよ~」
なんて上目遣いでも、
駆使するのだろうか。
「そうそう!
バレたか!」
アタシは、
いつもこうだ。
自分の本心を、
開き直りの笑いに変えて、
いつだって隠してきた。
「ブハハ!
ホント、
オモロいヤツだなオマエ」
短く笑い、
彼は料金を支払った。
「さて…」
グラスに半分程残っていた、
カフェパリを一気に飲み干し、
左腕に光る青サブに、
視線を落とす彼。
「1時か…」
そう呟いて、
ゆっくりと立ち上がる。
濃紺に、
白の細いストライプの入った、
細身のスーツが、
良く似合う。
「コートをくれ」
ジャケットの襟を正しながら、
彼が言う。
クロークを開けると、
直ぐにわかった。
彼の匂いを纏った、
黒のカシミア。
「はい」
と、
袖を通させるアタシに、
「ありがと」
そう言って、
彼は背中を向ける。
上げた彼の腕が、
コートの袖を通る瞬間、
彼の香りもまた、
アタシの鼻孔を通り抜けた。
やっぱイイなぁ~
このニオイ…
なんて、
ホワ~ンとしてたアタシに、
コートのボタンを留めながら、
彼は言った。
「楽しい時間だった。
本当に…
逢えて良かったよ」
「アタシも!」
すかさず返す。
「ブハハハハ!
本当かよこの野郎!」
言葉は乱暴だけど、
声はとても優しい。
そして彼は少しうつむきながら、
独り言のように、
小さな声で、
確かにこう言った。
「ありがとう」
「え?」
アタシが聞き返すのを待たず、
差し出された一枚の名刺。
『藤城暁海』
ずっと…
ずっと探していた名前が、
確かにそこにあった…
人より脳みそが足りないアタシは、
笑
あの時の驚きを、
表現するだけの力がない。
「向日葵!!!!」
口からは、
その言葉しか出なかった。
そんなアタシをまた静かに笑って、
彼はエレベーターに乗り込んでゆく。
「待って!!」
瞬間的に、
閉じかけたドアを、
こじ開けたはいいが、
何を言っていいか、
わからない。
そんなアタシを、
また笑い、
「ああ、そうだ」
彼はコートのポケットから、
出したモノをアタシに渡す。
一万円札…?
「何?」
とは多分、
言ってない。
「パンツ買え!」
「は???」
「チビったろ、
オマエ」
そう言って、
ニヤニヤする彼。
「チ、チビってね~よ!!」
思わず大声を出すアタシ。
らしくない。
いつものアタシならば、
「やっぱバレてたか~」
なんて返してるハズなのに。
ついムキになってしまったのは、
何故なんだろう。
そんなアタシの手を戻して、
「またな」
と、
優しく言った後、
「派手なの買えよ!
Tバック!」
そう言い残し、
「ブハハハハ!!」
派手な高笑いと共に、
彼は閉まる扉の奥へと消えた。
アタシの手には、
一枚の名刺と、
一枚の万札。
それはまるで、
これから始まる新たな旅の、
切符と旅費…
な~んてねっ?
笑




