7th 脅迫の三人
散々質問責めにされた後、香取は解放された。彼の掃除場所はどうやら教室だったらしく、化野が箒を手渡してくれる。
「どう、うちのクラスは?」
「……ノリがいいのは充分理解できたよ」
「あははっ! 初日ならしょうがないよ」
受け渡された箒で適当に掃除しつつ、化野と香取は会話する。
「けど大変だったね? いきなりあんな物ぶつけられそうになってさ」
「サッカーボールのこと? あれはびっくりした…… あのボール、何か細工がしてあったの?」
ボールを断ち切った自分の能力を棚に上げて、香取は尋ねる。化野は苦笑いしながら答えてくれた。
「アレは、ね。河合君の『石化』で固めて田中君の『座標転移』でぶつけようとしたみたい。私も止めようとしたのだけど……」
間に合わなかったの。と化野は申し訳なさそうに手を振った。
「なんて傍迷惑な……」
「あー。うん。それは…… うちのクラスの通過儀礼みたいなものだと思って」
「物騒だね……」
気落ちしつつ香取も手を動かす。人手は多いので案外早く終わった。
そして、ホームルームもつつがなく終了。荷物を纏めていた時、彼に話し掛けてきた集団があった。
「よ! 転入生」
生真面目そうな眼鏡、軽そうな茶髪、大柄なマッチョというどうにもアンバランスな三人組。
話し掛けてきたのは、茶髪だった。
「こんにちは。何か用?」
「何か用って……オイオイ、自己紹介くらいさせろっての」
すげない香取の返しにめげることなく、茶髪は頼んでもいないのに勝手に自己紹介を始めた。
「俺は田中。田中泰志だ。で、隣のメガネが谷原啓、デカいのが河合裕司な。以後よろしく、というわけで……」
そこでなぜか田中たちは一列に並び、
「すまんかった!」
「悪かったな」
「悪い……な」
謝った。
「……はい?」
いきなりの謝罪に香取が目を白黒させていると、眼鏡……谷原が顔を上げた。
「あのサッカーボールを投げたのは、私たちだ。理解できたか?」
言われて香取は納得する。そういえば、河合と田中の名前には聞き覚えがあった。
「ああ、君達なの。いいよ気にしないで。通過儀礼みたいなものなんでしょう?」
「そうは言うが……一応……な」
巨漢……河合が口を開いた。どうも聞き取りにくいが、なんとかなる。
「で、だ。俺と河合の合作を叩き斬ったお前に頼みたいことがあるんだよ」
そう言ってくる田中の顔は、悪戯好きな子供の顔だった。香取の経験則上、こういった連中に関わると楽しいがろくなことにならない。
先制で断ることにした。
「君、厚かましいって言われたことない? 自分からちょっかい掛けて許されたからってそれはないよね?」
刺含みの言葉。田中も自覚はしているのか、言葉に詰まる。
「用件はそれだけ? だったら僕、用事があるし帰りたいんだけど」
帰ろうとする香取を押しとどめたのは、谷原と河合だった。
「まあ待て。話くらいは聞いてくれてもいいだろう」
「強制は……しない」
そう言いつつ、河合がその巨体でドアの前に立ちはだかる。話を聞くまで通さないつもりらしい。
「強引だね。強制との違い、わかってる?」
「当たり前だ。強制とは当人の自由意識を尊重しない。強引とは当人の自由を尊重する。まあ、その意識を捩じ曲げれば同じだがな」
「捩じ曲げてる自覚はある?」
「無い。君ならば河合を斬ってしまえばいいのに、そうしないのはこちらとの会話に興味があるということだ。そうだろう?」
「他人を斬って放置しようとする趣味は無いつもりだったんだけどなぁ」
この谷原という奴、思考がぶっちぎりバイオレンスらしい。……真剣にこのクラス、『掃き溜め』のような気がしてきた。
危険思考や素行不良などの問題児を掻き集め、弐位の教師守屋と壱位の化野で無理に纏めあげる。この中の香取はさしずめ、投げ込まれた小石か。どんな化学反応を示すかは不明の暗黒物質でもあるのだろう。
「いろいろと面倒そうだね……」
問題事に巻き込まれるのは必定な気がし始める香取だった。
「了解、って受け取るぜ。その返事」
なれなれしく肩に田中が手を置く。それを振り返ることで払いながら香取は言った。
「言っておくけど、そのお願いを聞くことはないと思ってね。いきなりクラスで目立ちたくないから」
釘は刺しておく。まぁ、聞くだけならタダだ、と香取は自分を納得させる。
「ああ、無理にとは言わないさ。
お願いってのはな、明日の能力強化授業、あ、実技訓練な。で王丈ってクラスメイトに勝って欲しい…… それだけさ」
「……はい?」
思わず香取は聞き返す。それくらい意味不明なお願いだった。
「クラスメイトを、負かす? 何のために?」
「ああいや、何も殺せって訳じゃない。ただ、あいつのプライドをブッ壊して欲しいってことだ」
「……その必要性は?」
「俺らの心の平穏の為にさ」
余計に意味がわからなくなった。
「はぁ。まぁ、勝手にしなよ。 僕は昼行灯、平和主義の役立たずさ。アテにしないでおいて。それじゃ」
切り上げて帰ることにする。だが、まだ戸の前には河合が立ちはだかっていた。
香取はふぅ、とため息をついて頭一つ分上の顔を見上げる。
「退いてくれないかな? 自分にふりかかる火の粉くらいは平和主義者な僕でも払うから……斬るぞ」
右腕を持ち上げ、指を合わせて鳴らす寸前にする。もちろん能力を使う気はないが、彼らがこんな頼み方をする以上脅しにはなるはずだ。
「……わかった……ただ、嫌でも……お前は王丈とやり合うことになる……」
「君の能力は『予言』か何かなのかい? そうじゃないなら、その言葉に意味は無いね」
早くどけ、とばかりに香取は左手も同じように突き付ける。
「王丈は既に貴様に目をつけている。大方、貴様を指名するだろう。だからこその河合の言葉だ」
右側から谷原が言葉を挟む。
「それに、脅迫されているのは貴様だ。三対一、能力も知らずに勝てるとでも?」
谷原の呼び方が『貴様』になった。どうやら相当頭に来ているらしい。
香取は右手を谷原に向ける。
「田中が硬化、河合がベクトル固定。谷原君、君はわからないがあのボールに何もしていないなら君の能力は戦闘系じゃない。腕章からでもそれは分かるさ」
田中は『火―四』、河合は『特―六』、そして谷原は『特―五』。と、それぞれの腕章を見ながら香取はいう。
仲間の能力を見抜かれたことに谷原が驚いた顔になる。それを見て香取は更に言い募る。
「さて、これで君達の優位はほとんど消えたね。ちなみに、僕は向こうでは火種だった。それに、ボールを斬ったあれが全力だとでも? 言っておくけど、僕はこの体勢からアンタらの内二人の首は胴体とサヨナラさせられる……田中君と河合君をどうにかすれば、君は口煩いただの小羊だ」
そこまで言って、香取は谷原に向けていた手を背後の田中に突き付ける。ごくり、と田中が緊張から唾を飲む音をバックに改めて河合をにらみ付ける。
「さて、最後の警告だ。……どけ」
遂に、河合が退いた。その表情に恐怖を滲ませて。
「ありがとう。それじゃ、また明日」
おののく彼らと香取を断絶するように、引き戸は閉められた。