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6th 歓迎の教室

転校初日の朝。別に高校デビューだとか第一印象の操作とかを全くする気のない香取は、それなりに模範的な服装で登校した。


転校生は職員室に寄るために登校が早い。相変わらずの革手袋と目立つ白髪に奇異の視線を向けられながら(ただし一切本人は気にせず)、香取は職員室に守屋に伴われて入った。


「さて、香取君。君は今日からこの学園の生徒になる訳だが、何か気になることや疑問点はあるかね?」


職員室には、教員が既に何人かいた。自分の仕事に集中している人も居れば、こちらをちらちらと見ている人もいる。香取が特にないことを頷いて表すと、守屋は机の引き出しを開けながら言った。


「ふむ、ならば良し。生徒手帳は持っているかね?」


言われるまま、転校の書類に同封されていた手帳を差し出す。守屋はその中身を抜き取り、外側を机から出した緑色のカバーに取り替えた。


「君の個人情報が登録されたチップを埋め込んである。無くさないようにしたまえ」


外装だけ新しくなった手帳を受け取り、荷物から必要な書類を提出。それらの細々とした用事を片付けるうちに、いつの間にか校内がにわかに騒がしくなり、しばらくしてからまた静かになった。どうやら体育館で式を行っているらしい。


「簡単な自己紹介でも考えておいてくれ。うちのクラスは個性的なのが多いから、気圧されないように。了解したらついて来い」


基本的に有無を言わせないのが守屋のスタンスのようだ。言い換えれば、それくらいでないとどうにもならないレベルの奴らがクラスにそろっている、ということか。『壱』である化野が在籍するのもそれらに対する抑止力かもしれない。

守屋の高圧的な態度をそう理解した香取はなるべく当たり障りのない自己紹介を考えながらついて行った。


そして、階段を登りAクラス前に到着。Aクラスだけ階段を挟んでいるので、さして他のクラスに見られることはなかった。


「待っていたまえ。中から呼ぼう」


「わかりました」


守屋の言葉通り、鞄片手に廊下で待つ。耳を澄ませば、中では「転入生だってよ!」とか「女か?! なんだ、違うのか」と、半ばお約束な会話が聞こえてきた。思ったよりは普通だな、と警戒心を緩めたところで、守屋からの呼び掛けが。


(まぁ、適当に……)


挨拶をして終わらせよう、と木の引き戸を開けた直後。


彼は気を緩めたことを後悔した。


香取の視界に入ってきたのは、サッカーボール。ただしそれはかなりの慣性を受けており、しかも彼の顔面に直撃する軌道をとっていた。


(しまっ……!)


彼がそう思ったのは、ボールに対してではない。


反射的に発動してしまった制御の効いていない自分の能力に対してだった。


視線に、刃が乗る。それはサッカーボールを弾けるような風切り音をたてて真っ二つにすると同時に、その向こうの壁にナイフ一本分程の厚みの斬撃跡を鈍い削音で刻んだ。


「……すげぇ」


一瞬だけの沈黙。次に漏れたのは誰かの感嘆だった。そしてその直後、一気に興奮が爆発した。


「一撃かよっ!」

「アレ、河合が固めた奴だよな?!」

「投げたの誰だよ?」

「田中だよ。顔面コースだったし」

「壁まで抉れてるぜ、オイ……」


そして、止まらない騒ぎに対して静かな命令が響いた。


「全員……黙れ」


教卓に立つ守屋の一言で、おしゃべりが一斉に止まった。いや、興奮は収まっていない。密かに会話は続いていた。しかし守屋はそこまで咎める気はないのか、唖然として入り口に立ったままの香取を手招く。


「いささかイレギュラーなことになったが、紹介しよう。香取健一だ」


守屋が黒板に大きめに名前を記す。


「親の都合で転勤してきたそうだが、出身はここだ。皆、仲良くするように」


そう言って、香取の背中を軽く叩く。


「香取健一です。よろしくお願いします」


考えていた挨拶もまとめて吹っ飛んでしまったので味気無い挨拶になってしまった。そして下げた頭を持ち上げ、改めてクラスを見渡した時、香取は違和感を三つ同時に見た。


一つは化野だ。他は興味津津な目線をしているのに、彼女だけは歓迎の笑顔。顔見知りなのだ。これはまぁいいとしよう。


二人目に違和感を覚えた女子はこちらに興味がないだけらしい。じっと外を見つめている。ただ気になるのは、自分と同じ白い髪だということか。もしかすると、とその先に思考を進める前に最後の一人に気付いた。


男子だ。整ってはいるがなんとなく粗野なイメージが浮かぶ。そして直感する。彼が抱くのは興味でも無関心でもない。


明確な敵意だ。


初対面のこちらに対する。


「さて、香取。君の席は…… どこが空いてる?」


守屋の言葉で思考が現実に引き戻される。「夢見ゆめみの隣りが空いてます」と声がして、守屋が目を停めた。


「そこか。よし香取、君の席はあそこ…… 廊下側から二列目の席だ」


指先を追って香取は気付く。つい先日、初めて守屋と会った時に座っていた席の隣だということに。


つまり隣の席は化野だ。守屋の心遣いをありがたく受け取りながら席について化野に目線を送る。

化野は笑顔を返してくれる。香取は鞄を引っ掛け着席した。反対側を見ると、こちらを完全に無視する女子が。彼は気付く。彼女は『二人目』だった。


「よし。朝のホームルームを終わる。今日は掃除だけだな。後ろに分担表が貼ってあるから各自見て移動しろ。以上だ」


それだけ言って守屋は去る。直後、香取の周囲に黒山、とまではいかないものの一気にクラスのほとんど全員が集まった。

いや、完全に囲まれている訳ではない。夢見、と呼ばれた少女の側だけ欠けている。


(避けられてる?)


奇妙に隙間の空いた円。だが、気にしている暇は彼には無かった。


「なぁ、アレがお前の能力か?!」

「すげぇな! あのボール一応鋼鉄並の硬度に『強化』してあったんだぜ!」

「斬った、ってことは純粋な斬撃か? いや、形がなかったから指向性の衝撃波?」


質問なのか称賛か解析か、ごちゃまぜになってよくわからない言葉の濁流に呑まれかけたその拍子に、クラス唯一の知り合いが手を差し延べてくれた。


「ちょっとちょっと! いきなり質問責めにしないの! 健だって困ってるでしょう!」


化野だった。彼女が立ち上がるだけで、そちらの側の円が欠ける。


「うっせー委員長!」

「やっべ、爆発するぞ! 撤退っ!」


爆弾か何かなのか。散々な言われようである。だが、中には冷静な奴もいたようで。


「健……? 呼び捨てってことは、二人は知り合いなの?」


その言葉に、クラスが水を打ったように静まり返った。そして退散しようとした連中までもがこちらを見つめ始める。

どうやらとんでもない所で質問が統一されたらしい。どうしようか、と疑問の目線を香取が送ると、なぜか化野は微妙に赤くなって笑顔を返した。とりあえず答えるべきだろう。


「あー、うん。ちょっと変わってるけど、化野とは幼馴染みになるのかな?」


その答えに、クラスが震撼した。


「おいマジかよ? みたか? あの鉄壁の女が赤くなったぞ」

「くそう! 意外なところからライバルが来やがった!」

「いや、お前には最初から芽はない」

「ひでぇ!」


概ね男子はこんな感じ。……どうやらノリの異様にいいクラスなのはよくわかった。


だが、幾分冷静な女子が動きだした。


「なるほど、育美ちゃんの知り合いなら安心ね。……それより、その髪の毛って……染めてるの?」


「いや、いろいろあってね。色素がほとんど無くなったみたい。ほら」


香取は髪を数本引き抜いて見せる。陽の光を透して見せる白色に、おお、という声と共に皆が注目した。


そして、彼は気付かない。夢見、と呼ばれた少女が異常なほど熱心にその様子を見ていたことに。


「じゃ、じゃあ、その手袋は? 外していい?」


初対面なのに人懐っこい人もいるらしく、いきなり女子に手を握られた。痛覚は鈍ってこそいるが無くなった訳ではなく、僅かに走る痛みに顔を歪める。


「あ、ごめん」


気付かれたらしい。


「だ、大丈夫。ちょっと火傷しちゃってね? 他人に見せられなくなっちゃってるから手袋してるんだよ。できればあんまり触らないで欲しいな」


「はーい、気をつけマス……」


いろいろ有りつつも、彼の新しい学園生活がこうして始まった。



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