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3rd この町の案内

学園内部は閑散としていた。やはり夏休みだからだろうかと香取は当たりをつける。


「そういえば、クラスはもう決まってるの?」


「ええと、確か……Aだったかな?」


化野の言葉に用紙を思い出しながら、香取が目を向けるとちょうどそこがAクラスだった。


「……なるほど~。私と同じだね!」


なぜか微妙な間があったが、香取は気にせず教室へ踏み込んだ。教室は意外に小綺麗で広く、机は三十と平均より少し少ない。リノリウムの床は上履きに心地よい感触を伝え、ここが新天地だという実感をくれた。


「意外に広いでしょ?」


「うん。向こうとは大違いだ……」


一番後ろ、廊下側の席に座ってみる。黒板がまず見えて、次に時間割が見える。そこで、香取は奇妙なことに気付いた。


「ねぇ、化野」


「何?」


「時間割の中の、『実技訓練』て何するの?」


その見慣れない科目は、体育と同じように週に三回取り入れられていた。


そしてそれに背後から、全く知らない声が応えた。


「それは、実技と称した『能力強化』だ。模擬戦をしたり、能力の研究をしたり、地道な訓練なんかをやるのだよ」


いつの間にか、反対側の引き戸の所にヒゲ面の男が立っていた。男は、熊のような巨体を軽く動かしこちらに挨拶をする。


「初めまして。守屋もりやという。君が今度来るという転入生か?」


「あ、はい……香取健一です。よろしくお願いします」


香取は思わず気おされてしまう。体育教師顔負けの筋肉質が、気配を悟らせないままそこに立っていた。その腕には、『特―参』の腕章が。


「うむ、よろしく。ここのクラスの担任は私だ。学年主任も兼任している。何かあったら私に尋ねなさい」


そう言って、右手をこちらに差し出してくる。そうなの? と香取が化野に目でたずねると、頷きが返ってきた。立ち上がって守屋から伸ばされた握手の手を握り返す。見た目に違わない力強さだった。


「化野は付き添いか? 仲のいいことだ。だがな、腕章は着けろ」


しまった、とばかりに注意された化野は慌てて香取の座っていた机から腕章を取り出した。腕章には、『特―壱』とある。それを化野が腕に着けるのを見て、守屋は満足気に頷いた。


「というか、ここ化野の机だったんだ。ごめん、勝手に座って」


「い、いいって! その……迷惑、じゃないし……」


「そ、そう? ありがとう」


なんとなく微妙な空気。それを変えたのは、蚊帳の外の守屋。


「そうだ香取、君にも明日同じ腕章を渡そう。数字は省かれるがね。君は何種だ?」


「火種です。……ええと、何なんですか、この腕章の数字って」


思い切って香取は尋ねてみる。守屋は特にためらうことなく答えてくれた。


「なるほど、確か君は外部転入か。知らないのも無理はないな。この数字はこの町独自のシステムでな。単純に異伝能力をランク付けしたものだ。上は壱から下は十まである。まぁ、あまり深刻に考えなくともいい。ランクで特に変わるものは無いし、成績に関しても考慮はされないからな」


「へぇ……」


なるほど、と香取は納得する。そうなると、門にいた警備員は相当なつわものというわけだ。そこまで理解したところで、香取はふと気になった。


「あれ? そうなると、能力のない生徒はどうなるんですか?」


すると、守屋が一瞬キョトンとした顔をした。だが数秒で表情を戻し、化野に尋ねる。


「化野、言って無かったのか?」


「……はい。忘れていました」


申し分けなさそうに化野が言う。ちっとも理解できない香取は首をかしげるしかない。結局、口を開いたのは守屋だった。


「……この学校、いや、町にいる人間は全員異伝子保有者ジーンコネクタだ。だから、基本校内でそういった問題は有り得ない」


「…………はい?」


香取は、絶句した。


「私も、異伝子保有者でな。『重層歩兵軍ファランクス』と呼ばれているのだよ」


「ちなみに私は『千変万化シェイプシフター』って呼ばれてるんだ」


香取の空いた口は、しばらく塞がらなかった。


異伝子保有者の生まれる確率は、そんなに高くない。一番数の多い火種でも、十人に一人。特種や禁忌種のようなレアなら、百人に一人の割合だ。一部の例外を除いては。


そんな中でこれほど巨大な都市の市民、学園に在籍する学生が全員異伝子保有者となると、故意に集めたくらいしか理由が浮かばない。


(そういえば、転校の時にも……)


異伝子保有者については別途相談、という学校が多いのに、この学園だけは何も無かったことを香取は思い出した。


「……もしかして、この学園は……?」


「うむ。気付いたようだな。この街は巨大な実験場だ。異伝子保有者のみの社会のテストケース。学園はその縮図、さしずめフラスコといった所か」


なるほど、と香取は頷く。こんなコンセプトで出来た街なら、あんな転入の案内も納得がいく。


「それに、わたし達みたいな守護役ガーディアンもいるの。だから、都市内部は大体平和なのよ?」


守護役ガーディアン……?」


いきなり出て来たゲーム脳的な単語に香取は内心でため息をつく。正直、香取の頭のキャパシティは今の時点で一杯一杯なのだが。


「……とりあえず説明をお願い、化野。そのなんか凄そうな組織について」


香取は腹を括る。この先ここで生活するのだ、知識は多いほうがいい。


化野の説明を要約すれば、守護役とは一般の学園で言う風紀委員の代わりらしい。ただし、任命に関してはテストが課せられそれに合格しなければならず、しかし合格しさえすれば外部で言う警察と同じ権限が与えられる、ということらしい。


「……っと。こんなところかな?」


尋ねられてもわかるはずもないので、守屋に目線を送ると頷きが返った。


「ありがとう。……ところで、そこまで詳しいってことは化野も守護役なの?」


香取は腕章を見ながら尋ねる。一級、ならば学園側としても遊ばせる人材ではないだろう。しかも珍しい特種でもある。


「うん。一応ね。一級ってこの街に十人くらいしかいないからもう大変だよ……」


ということは化野はこの街の十本指の一つなのか、と香取は感心しながら守屋に尋ねた。


「このランクって、どうやって決めるんですか?」


「うむ。授業内の模擬戦で決める。詳しいことはまぁ、授業中に説明しよう」


「分かりました」


楽しみにしているといい。といいたげな笑顔をする守屋に対して、香取は若干引きつった顔で返した。


(何をやらされるんだろうか……)


と、そこで守屋のポケットから騒がしいメロディが。どうやらメールが届いたらしい。


「……む。済まない、急用ができた。できれば校内を案内したかったんだが、どうやら無理になったようだ」


そう言って香取達に背を向けたその時、今度は化野の携帯が鳴った。慌てて取り出した化野の表情が固まる。


「まさか、化野もか?」


守屋の問い掛けに、化野は頷いた。


「ど、どうしよう? 健の案内をしたかったんだけど」


すると、守屋がおもむろに教卓の中から八枚折りの紙を取り出した。


「地図がある。味気はないが、これで我慢してくれ」


香取が渡された紙を開いてみると、確かに地図だった。まるでテーマパークのパンフレットのようだ。


「ごめんね。最後まで案内したかったけど、できないみたい」


謝る化野に香取は、


「気にしないでよ。お仕事みたいだし、しょうがないって」


そう言って、地図を手にして立ち上がった。


「では化野、行くとしよう。どうせそちらも『アレ』だろう?」


「てことは、先生も同じ用件ですか……ああもう、面倒だぁ!」


愚痴のような文句のような台詞を残して、化野はなんと窓から飛び出して行った。


「うむ。二階くらいならば私も行けるか」


続いて守屋も窓から行った。残された香取は唖然として見送るしか無かった。


しばらく自分がこれから通う学園の理不尽さを感じた後、彼もまた、校内の探索に戻ることにした。



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