19th 虐殺の覚醒
しまった、と香取が思う前に、飛び込んできた桐島の肘鉄が腹に鈍い音とともにめり込んだ。
「ぐは!」
しまった。気にするな、とは言われたものの、彼らが参加しないとは言ってない!
「けけけ、引っ掛かってやんの~!」
桐島が耳障りな声で笑う。その隙に藤堂も大木を払い除けてしまった。
「……フェアプレイ精神って無いのかなぁ……っ!」
完全に予想外の攻撃に、香取の体にかなりのダメージが残る。しかも、この展開は最悪だ。
「そーなると、俺も参加するっすかね~」
最後の一人、里見までが並ぶ。
「言い訳というわけではないですが、あなたは復讐に手段を選びますか?」
藤堂はそう言ってのけ、また最初のように仁王立ちになる。そして懐から、何やら白い錠剤を取り出した。
「おいおい、まさかそんなものまで?」
その錠剤に桐島が反応する。楽しんでいる、という風情の口調だ。
「劇薬『託卵』。私たち『アルファベット』に渡された、『増強剤』です」
ご丁寧に説明をしながら、藤堂は『C』の刻印のある錠剤を飲み込んだ。一般的な錠剤より、サイズは少し大きいというのに、水もなにもいらないらしい。
「はああああっ!」
直後、爆発的に膨れ上がる殺意。頭どころか全身が危険だと悲鳴をあげる。傷の類まで治療されているようだ。つまり、振出しに戻る、あるいはそれよりひどい状態になったのだろう。
「んじゃ、俺も!」
桐島も同じ錠剤を飲み下す。二回目となると殺意というより、これはただの爆発的なエネルギーの放出だとわかった。どちらにしろヤバいのにかわりないが。
「俺は……遠慮するっす。副作用とかヤバそう……」
あんな嫌な相手を三人もしたくはない。香取が安堵したのも束の間、里見は香取をじっと見つめた。
「けど香取さん、アンタには全力出してもらうっす。俺の『狂劇』は、他人の感覚を狂わす能力っすから……制御リミッター、狂わさせて貰うっす」
ビッ、と里見は香取を指差した。そして、自分の能力の発動を告げる。
「さあ、狂宴を始めるっすよ!」
「はい……はい。すぐ向かいます」
同時刻、携帯を片手に化野は走っていた。守護役としての呼び出しがあったのだ。通話はマイクとイヤホンで行っている。
「どういうことなの……?」
最近、この手の通報が連続している。人が突然衰弱して意識を失い、搬送されるのだ。
「で、異常は無しなのよね……」
そして、しばらくすると急速に前より元気になってしまうのだ。しかしその状態、ちょっと危険だ。要するに『ウズウズしちゃう!』状態である。良い意味でそのやる気が発揮されるなら構わないが、悪い意味で発揮されるとなるとそれは困った事態になる。幸いそんな事は今のところ起きていない様子ではあるが、油断はできない。
「そ、れっ!」
化野はいつものようにビル屋上を飛び移りながら現場に向かう。
習い事で早めに家に帰ったのがあだになった。結果的に現場から遠ざかってしまうことになる。
「守護役です! 通してください!」
現場へはすぐに到着した。近くのビル屋上から飛び下りたのでダイレクトに被害者の側に来られる。現場には既に坂崎がいた。
「坂崎さん、被害者の方は……!?」
到着と同時に尋ねた化野は、答えを聞く前に被害者に駆け寄った。
なぜなら、そこに倒れていたのは夢見だったからだ。
「け、継心ちゃん!?」
すぐに手首に触れて脈を確認。きちんと脈はあった。しかし、他の被害者と同じようにかなり弱っている。
「その制服、やっぱり知り合いだったかい」
「坂崎さん、一番近い病院は?!」
「すぐそこだよ。まったく、なんだってこんな近くでぶっ倒れてるのやら」
化野が呼吸の荒い夢見を横抱きに抱えると、その意図を察したのか坂崎が手帳を取り出しながら言う。
「あとはアタシが引き受けた。任せな」
「ありがとうございますっ!」
言い終わるか終わらないかで、化野は自分の能力を行使した。足全体がまるで短距離ランナーのような足に変化する。
「すぐ着くから、待っててよ!」
その状態から、更に異伝子保有者の身体能力を加えたらどうなるか。
答えを示してくれたのは、取り巻きの群衆だった。
「うおっ!」
「わきゃあ!」
スカートを押さえる者、よろめく者、中には軽く浮き上がる者も。その現象は一直線に病院に向かう。
その間、彼女たちのハッキリとした姿を見た者はいなかった。
「……かかったのですか?」
藤堂は里見に尋ねた。先程里見が目の前の香取に『狂劇』を食らわせたはず、なのだが。
「おい、動かねえぞ?」
桐島の言う通り、香取は下を向いて全く動かなくなってしまった。
「うーん。かかった感触はあったんすけど……」
里見も首を捻る。確かに、香取の中の『制御』という概念を歪めたはずなのに。だが現状、棒立ちになってしまっているだけ。
「『託卵』にも時間制限があるんだろ?」
「ええ。『四王』から私たち『アルファベット』に頂いたものですから、数に限りもあります。無駄遣いはしたくはないですね」
「その、『アルファベット』ってなんなんすか? 自分、強くなれるからって誘われてきたっすけどイマイチこの組織わかんねっす」
「あー、そうか。里見は『アルファベット』に入ってから日が浅いしな」
桐島が納得して頷く。そして大仰に腕を広げて気合いを入れかけて……藤堂ににらまれてテンションが下がったらしい。腕まで下ろして普通に話し出した。
「ま、俺らの最大の目的はこの街最大の権力の象徴『四王』に入ることだな」
「どうにも守護役では、法に縛られます。だから、私達はそれぞれに叶えたい願いのため、『四王』を目指すのですよ」
「は~。やっとわかったっす。この人、『四王』からのお誘いを蹴ったからこうなってるんすね!」
「今更気付いたんかい……」
ポン、と納得して手を打つ里見見ながらも、藤堂と桐島は香取から視線を逸らさない。
と、やっと香取が顔を上げた。
「お、やっと起きたか」
桐島が声を出した瞬間、それは起きた。
「がふっ……?!」
藤堂の腹に、剣が突き立った。
「んなっ!」
里見が慌てだす。だが、桐島だけは反撃に出ていた。
殴りかかる。だが、余りにも異常な手段でそれは防がれた。
剣が、彼を守るように積み上がる。一瞬で、彼と桐島の間には文字通りの剣山が出来上がっていた。
さすがにためらいを見せた桐島の腹にも、何の脈絡もなく剣が突き立つ。
「が…っは…」
まるで虫か何かを踏みつぶすかのように、命を奪おうとする。桐島が自分が最悪のミスを犯したことに気付いた時には、もう全てが遅かった。
「…………………………………………………………」
圧倒的に感情を喪失した目。藤堂たちの存在なんて認識されていない。剣を突き立てたことも、『小石が邪魔だったから蹴った』くらいにしか思っていないであろう、そんな目。
だが、藤堂は動いた。『鋼鉄処女』が薬で増幅された結果、硬化がほぼ全身に及んだ為腹を貫く剣が重傷にならなかった。
動いて、しまった。
「……………………………」
ドン、と鈍い音をたてて、もう一本、剣が突き刺さった。すぐにドン、と更に一本。
「……………………………」
ドン。
ドン。
ドン。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド。
刺す剣が、止まらなくなった。明らかに過剰殺害。香取を守る剣が全て弾丸のように飛ぶ。藤堂にその全部が刺さるのに、数分も要らなかった。
(む、無茶苦茶だ!)
多種多様の剣が突き立つ度に死にかけた魚のように痙攣する藤堂を横目に、桐島は自分の腹に刺さった剣を叩き折った。抜けば余計に出血してしまう。脂汗がだらだら垂れてきて、痛みで頭が焼け付きそうになる。
(だけど……!)
これで、彼の能力『盗賊』の発動条件は成立した。
「うおおおおおおおおおおおおっっっっ!」
力の限り吠える。豹変した香取も気付いたのか、初めて彼を認識した。
「く、ら、えええええっ!」
直後、香取の腹にも剣が突き立った。