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1st 遭遇の朝

「う……ん?」


星空に感動した翌日。香取はベッドの上で目を覚ました。慣れないベッドのせいか、体が微妙に疲れている気がする。


「~~っ! くあ!」


そう思って体を伸ばすと、変な声が出た。若干眠たい頭を抱えて香取はリビング兼台所へ。母が起きているなら、朝ご飯を食べようと思ったのだ。が、


『母さん仕事だから、先に行くわ。レシピと材料置いておくから、自分で作って食べなさい』


こんな手紙が。


「どうしろって言うのさ……」


別に料理ができないという訳ではない。が、問題は机の上に材料が一つも無いということだ。


「家庭内暴力……違うな。あの人が『悪戯好き』なだけか」


思い直して、手紙を手に取った。案の定、裏側に続きがある。


『まだ暑いし、腐るといけないから材料は冷蔵庫に入れておく。

追伸。夜まで帰れないから、お昼ご飯は適当に』


自由過ぎる。香取がため息にしつつ冷蔵庫を見ると、卵に浅葱、そして魚の干物が。


取り出してレシピを見つつ、香取は台所に立った。




「何をするかな……」


食事を済ませ、着替えから始まる朝の支度を終わらせた香取は自分の部屋にいた。引っ越し荷物を詰めた段ボールは個人のものだけなので元から数も少なく、既に全て片付けて部屋の隅に置いてある。もちろん、中身はまだいくつか床の上に置いてあるが、教科書などどうしたらいいか判らない物やすぐには片付けなくてもよいものばかりだ。


(…………)


もちろん、家の中は無言。誰もいないのだから当たり前ではある。


(よし、外に出よう)


思い立ったがなんとやら。香取は部屋に戻り、財布と携帯電話を手近な鞄に突っ込んで外に出た。


(おお~~)


外に出てまず思ったのは、空気の違いだった。都会と違って、空気が美味い。幼い頃は虚弱気味だったはずの化野があそこまで快活になった一因は間違いなくこれだろう。


さてどこに行こう、と思ったが、昨日に引き続き地図がないことを思い出す。どうせ散歩だし、と香取は過去の記憶と地理感を頼りに歩いてみることにした。


で、数分で迷った。


「ここ、どこだ……?」


香取は、見知らぬ路地にいた。

見通しが甘かった。考えてみれば、記憶は十年前だ。道は未知になり、建物は見知らぬものへと代わっている。


とりあえず、と思い駅を目指すが相変わらず。


迷いに迷って彷徨って、そしてもの凄い現場に直面してしまった。


「……動くな。動けば殺す」


「ひっ……」


恐喝未遂。否、現在進行中か。黒色のロングコートを着た明らかにカタギでない初老と思われる男が香取と同じくらいの少女の後頭部に手指のピストルを突き付けていた。傍から見れば間抜けな光景だろうが、実際はそうでは無い。男の人指し指の先端は、まるで超高熱が固まったように赤く紅く発光している。少女は壁に張り付く姿勢で、両手を上に上げていた。残暑の季節には珍しく長い手袋をつけているその髪は、香取と同じく白い。


「よし……動くな。動けば命はない」


黒コートが懐からなんと手錠を取り出した。鈍く日光を照り返すあの質感、多分おもちゃではないと確信できる。


だがそんなことより何よりも、香取にとって一つだけ許せないことがあった。


(殺す、ねぇ……)


物騒だとかそういうレベルではない。ただ単純に、彼の本能の領域で、聞き逃せない。


(僕の前で人を殺そうなんて……認められないんだよね)


何よりもトラウマが疼く。認めるなと責める。自分の犯した過ちを、繰り返させたくない。いや、させない。少なくとも僕の目の前では。ただし、彼のルールの中で。

携帯電話を取り出す。で、何処にも繋がないまま耳に当てて大声で叫んだ。


「あー! もしもし警察ですかっ! ええとですね、今目の前で暴漢が! 場所ですか? 駅前の路地裏です。急いでくださいな! あ、服、服が!」


わざと聞こえるようにあることないことぶちまけてみる。案の定、男がこちらを見た。


「うわこっち来た!」


注意を引くように香取は叫ぶ。彼の作戦としては、あとは逃げ回るだけだ。残念ながら彼は対抗できる能力は無い。正確には違うが使うことは自分に禁じている。

携帯にこれ見よがしに叫ぶと、向こうが無言で指先をこちらに向けた。まるで排除すると言わんばかりに。


直後、指先から走る熱線。


香取が慌てて飛び退くと、足元のコンクリートが焼けて蒸発した。

全力で逃げ出す。背後からは荒々しい足音と怒声と熱線が飛んで来る。香取は跳ね回るように回避していく。


(無茶苦茶だな……これは『過熱』かそのもの『熱線』の異伝子か?)


常識的に、ただの人間がそんな高熱を扱える訳かない。それを可能にするのが異伝子ジーン……通常とは異なる遺伝子である。もっとも、一部の例外を除いて、遺伝はしないしそもそも遺伝子でもない。ただ、それらが特殊なタンパク質を合成させる能力を持ち(これが名前の由来)、そのタンパク質がこんな現象を起こす能力を与える。ついでに多少の身体能力向上作用もあるのだが、個人差がほとんど無いためあまり重要視はされない。

誰が言ったか、異常遺伝子。そしてこれを持つ人は個々にその能力に基づく『二つ名』が与えられる。ちなみに有無の判定が可能であり、出生と同時に検査されるため戸籍にも登録されている。


化野が見せた変身能力もこれだ。そして香取に宿る能力もある。彼は使わないが。


「あっぶな! この威力、火種かアンタ!」


異伝子にも大まかな大別があり、火力つまり攻撃に優れるものは火種と呼ばれる。他にも、単純に火力では測れない特種、異常すぎる禁忌種と。大体はこの三種類になる。


(あの威力からして、間違いないだろうな)


文字通り火種。しかしどうやら照準はあまりよろしくない様子。


(逃げるしかない!)


香取はそう判断した。曲がる。まず曲がる。門があれば曲がる。曲がる時にスピードを落とさないコツは、直前に一歩だけ反対側に足を置くことだ。一瞬速度は落ちるが、振り子の作用で取り戻すことができる上、体が傾くため距離を稼げる。

つまり曲がる程に距離は引き離せるわけで、更に緩急がつくため相手の視界からも逃れやすい。入り組んだ路地ならではの逃げ方だ。


だが、今回は裏目に出た。地力が違ったのだ。当たり前の話、いくら強化されたとしても、それが同じ値なら本来のスペックが高いほうが有利に決まっている。


「うがっ!」


曲がる瞬間。その一瞬動きが鈍るタイミングで熱線が飛んだ。掠める程度の当たりだったが、場所が悪い。


(あ、足首かよ……っ!)


思考で悪態をつく。傷付く場所としては最悪だ。ダイレクトに移動に響く。


「……捕まえたぞ、このクソガキが。てこずらせやがって!」


そして、追いつかれた。手首を強く掴まれる。


「てこずらせたな。だが、終わり……だ……」


しかし、勝ち誇るはずの男の声は不自然に途切れた。なぜなら、香取の手袋が取れてしまったから。


その下の皮膚を、見てしまったからだ。


手袋の下にあったのは、火傷で腐り果てたようにグチャグチャになってケロイド状になった皮膚だった。古傷になってはいるものの、火ぶくれが裂けたような傷や炭化したのか黒ずんだ部分、挙げ句の果てには膿んで腫れ上がったと思しき部位もある。


「……見たね?」


その手の持ち主の声に、男は弾かれたように顔を上げる。相手の顔は、笑っていた。

こんな火傷は、偶然では有り得ない。まるでわざと何度も自分で火のついたタバコを押し付けたような、あるいは煮えたぎった熱湯に何回も突っ込んだので無ければ、こんな火傷は有り得ない!


「見たなら、しょうがない……」


香取はパチリと手を鳴らしながら、言った。


「『野分の調』!」


その言葉が終わると同時に、彼は先程の想像よりも恐ろしい体験をする。


「ぎぃああああっ!」


喉が掠れるような自分の悲鳴と羽虫のような無数の煌めきが、彼がその場で知覚できた最後のものだった。


「あ、言い忘れてた」


悲鳴の残響を聞き届けてから、いつの間にか黒いロングコートを着た香取は振り返って言った。


「『殺す』なんて、軽々しく口にするのは止めたほうがいいよ?……って、聞こえてないか」


男は、全身に引っ掻き傷のようなものを負って白目を剥いていた。ちょっとやり過ぎたかな、と香取は後悔する。


「そういえば、結局ここは何処なんだろう?……あ」


逃げ回ってがむしゃらに曲がるうちに、どうやら見知った場所に出たらしい。


(怪我の功名、って奴かな)


幸いにも駅前だ。走り回ったことだし、そろそろお昼ご飯にしようと思ってポケットに手を突っ込んだところで、気付いた。


(携帯落としたっ!?)


いつの間にか、携帯電話が消えていた。多分、走る間に落としてしまったのだろう。


結局、携帯電話を探すうちに日は暮れてしまい、昼飯は食べられなかった。


携帯電話は、見つからなかった。


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