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18th 呼び出しと腕試し

事件…とも呼べる事態になったのは、次の日の下校の時だった。


「失礼します。ここに、香取健一さんはいますか?」


明らかに別学年の校章を着けた男子生徒たちがやってきたのが始まりだった。


「香取ね。ええと…」


偶然近くにいた赤毛(木場というらしい)が応対した。夢見のことを教えてくれた彼は、それ以来ちょくちょく香取と話す仲だ。


「お、いたいた。香取、お呼びだぜ」


「ありがと、木場。で、誰?」


「体育会系っぽい男連中。むさくるしいぞ~? 多分ね」


我がクラスの順応性は伊達ではない。一瞬来客に目を向けたが香取がらみとわかるとすぐに自分のことに戻る。もはやいちいち驚くような奴はいなかった。


「心当たりはないなぁ…」


「『腕試し』じゃないか?」


「…『腕試し』?」


不吉な単語に香取が妙な顔をすると、木場の後ろに偶然いた谷原が口を挟んだ。


「転入早々壱位に認定されて、しかも四王にも守護役にも所属しない以上、名を上げたい輩には格好の標的だろう。しかも、その…なんだ。見た目、お前は弱そうだからな」


思わず香取は自分の顔を触る。そんなに情けない顔だろうか。


「というか、はよ行け。見ず知らずとはいえあんまり待たせるのは失礼だろ」


木場の言葉でやっと香取は状況を思い出した。みれば、男子たちは騒がしくこちらを観察するように見ていた。

…少し、不快感を覚える視線だ。


「どうする? 俺は待つべきか?」


向かう香取の背中に谷原が尋ねる。


「河合と田中に先に帰るって言っておいて。長く、なりそうだ」


嫌な予感がある。そしてこんな時、それは大抵当たるのだ。


「あなたが、香取健一さんですか?」


廊下に顔を出すと、間髪を入れずに本人確認。嘘をつく理由もないので香取が頷くと、ついてきてくださいとだけ言って歩き出す。


「ちょ、ちょっと待て! せめて用件くらいは…」


「向こうで話します」


香取の疑問は切って捨てられる。しかしその程度で怒るような神経を香取はしていない。


「ま、いいか」


聞こえないように呟いて、香取はひっそりとポケットに手を入れる。中の携帯電話を操作し、録音モードに。いつも眺めている画面、どれがどの位置にあるか忘れるはずもない。決定キーを押すだけの状態にして、香取は男子連中を見る。


肩幅のがっしりとした男、歩幅の長い長身、見事にモデル体型の三人。全員、着用義務のあるはずの腕章をつけていない。

そしてこれが重要なのだが、彼らに香取は囲まれている。先導、左右の背後と三角形にだ。


(逃がさないつもりなのか…?)


腕試し目的なら、ここまで厳重にする必要はないだろう。そうなると、何か別の目的があるのかもしれない。


そんなことを考えているうちに、どうやら目的の場所に着いたらしい。包囲が解かれ、香取の前に三人が並ぶ。周囲を見回してみれば、そこは中庭だった。ただし、人目につきにくい体育館との間のほうだが。


「さてと。そろそろ聞かせて貰っていいよね? 何がしたい……!」


最後だけ少し威圧感を乗せて香取が尋ねる。だが、相手は全く意に介さずに喋りだした。


「私たちの相手をしてください」


「腕試し、と見ていいのかな?」


探りの意味で放った香取の言葉だが、それは裏切られた。


「いいえ。個人的な理由です。では……」


モデル体型の男が、仁王立ちになる。それと同時に空気に染み渡る、戦いの気配。香取が忌み嫌うものだ。

だが、相手はそれを許してはくれない。香取も仕方なく右手指を鳴らすために構える。


「礼儀として、名前くらいは教えて貰ってもいいよね?」


「ええ。私は藤堂とうどう。『鋼鉄処女アイアンメイデン』と呼ばれてます」


そして後の二人が左右に立つ。右にがっしりした男、左に歩幅の長い長身だ。


「右が桐島、左が里見です。それぞれ『盗賊バンディット』、『狂劇クルーエル』です」


桐島と呼ばれた男は軽く会釈をし、里見という男は腕を組んでみせる。


「この二人は気にしないでください。…では!」


とん、と軽いフットワークの音。来る、と思った香取の腹に、唐突に突き刺さるような衝撃が襲った。


「が、はあっ!」


踏ん張りきれず、香取は吹っ飛ぶ。背中に当然のようにぶつかった壁がひび割れて、外壁ごと香取を地面に叩き付けた。


「これが、私の能力です」


痛みに暴れる視界を必死に修正する香取が見たのは、鋼の如く変色した藤堂の右手だった。いや、腕までか。


(硬質化……っ!)


香取は即座に看破する。と同時に、体のダメージを感覚だけでチェックする。幸いにも重傷の部分はないようだ。模擬戦で折られた肋骨も問題ない。


「いきなり、だね……!」


体を折り曲げて痛みをどうにか逃がしながら、香取は言う。


「内臓破裂でも起こしたらどうするのさ。……ここまでされたら、さすがにタダじゃおかないよ」


彼が能力を使うのは、他人の命にとって悪影響があると判断したときだけ。ただ、償う命を失くすわけにはいかない。今回はまあ、特例としてギリギリセーフだ。といっても、黒いコートが無い以上本気は出せない。せいぜい『飛ぶ斬撃』が限度だろう。


「小手調べ、躱しなよ!」


パチン!と景気よく鳴る指に誘われるように、弧の斬撃が飛ぶ。基本的に直線にしか飛ばないものだから、躱すのは簡単なはず。


「甘い!」


だが藤堂は避けることすらしなかった。硬質化した腕で弾き、更に踏み込んでくる。


(おいおい……!)


こうなってくると、出力を上げざるを得ない。だが、抑制の要のコートを着ていないうえに、最近の能力の不安定さが気になる。


(さて、どうする……?)


いつもの彼なら、真っ先に磨いてきた体術に頼るだろう。しかし藤堂の硬質化した姿を見れば即座に通用しないと断言できる。


(逃げられそうには……ないね)


後二人いる。『盗賊』と『狂劇』がどんな能力かわからないのだ。少なくともこの『鋼鉄処女』くらいは詳細が欲しい。現状、硬質化程度しか不明だが、それでも硬度、継続性、時間制限とこれだけ対処するために必要な情報がある。


「来ないならば、こちらからっ!」


痺れを切らしたらしい藤堂が鈍色の腕を振りかざして襲いかかってくる。

そのストレートパンチを香取は横からはたくことで避ける。と同時に腕が流れて空いた脇に直蹴りをかます。肉の潰れる嫌な感触がした。なるほど、鉄なのは腕だけらしい。


「くっ!」


もちろん、異伝子で強化された体にはそんなにダメージではないだろう。現に藤堂も顔をしかめただけだ。

しかし、全身が鋼でないならやりようはある。


「なら、遠慮なく!」


香取は素早く反転し、近くにある巨木を狙って両手の指をフル活用して連続で刃を飛ばす。幹を半分ほど斬られたミシミシと軋む木を、香取は藤堂のほうに倒れるように殴った。


「っち!」


先程の脇腹への蹴りで警戒心を煽られ、前のめって脇腹をガードしていた藤堂は思わず両腕を頭上で交差させて止める。その空いた両脇に、香取は両手でそれぞれ狙いをつけた。


「チェックメイト。潰れるか斬られるか、選んで貰おうか」


先程、蹴りが通った以上そこは生身だ。木も重さはそれなりのはず、いつまでも持ちこたえられるとは思えない。


だが、そんな中で藤堂はニヤリと笑った。


「やれ、『盗賊』!」



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