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16th 王の誘い

そして、午後五時。香取は一人屋上へ出向いた。


若干錆び付いた戸は、少し軋みを上げて開く。そして見えた屋上には……誰もいなかった。


「……あら?」


拍子抜けはしない。ただ、一瞬だけ気は緩んでしまった。見回してみても、人影はない。


「宣言『転移』」


いきなり背後から声がする。慌てて振り返ると、いつの間にか四人、奇妙な仮面を着けた人物がいた。


一人は背が高く、百科辞典のような厚みの本を抱えてこちらを見ている。いや、観察しているのか。

次はなんと子供。しかも服装からして女だ。なぜかポケットというポケットにマッキーペンが入っている。色も様々だ。そんな彼女もこちらを見ている。これは、興味の気配。

三人目。これはわかる。体格からして王丈だ。

一番異質なのが、四人目。電動車椅子に乗り、小柄でしかも入院衣。だがその視線に籠る力は凄まじい。気配は、読めない。


「さて、よく来てくれたとまずは言おう。……唐突ですまないが、君を拘束する。『冥王』、囲んでくれ」


「りょうか~い!」


「……は?」


意味不明。彼が困惑している間に、『冥王』と呼ばれたマッキーペンの少女が赤ペンの蓋を開けて投げる。


「動かないでね?」


思わず下げようとした香取の足を、忠告が縫い止める。赤いペンは香取を囲む四角を自動で描き、また少女の手に戻った。


「っく!」


香取は本能的に剣を呼び出す。それが、香取の命を救った。


じゅう、と焦げる音がして、剣先が焼き切れた。


「!」


少女の引いた赤い線。その線で壁が出来たかのように、そこに触れた部分が溶けたのだ。


「動くなよ香取。その線がこいつの能力だ」


王丈が、仮面を外す。表情は、笑顔でもなんでもない、無表情。


「まあ、君も壱位だ。警戒と思って欲しい」


厚い本を小脇に挟んだ男が、車椅子に手を乗せながら言う。車椅子の男は無言だった。しかし、視線の強さは相変わらず感じる。


「っていうか~。『法王』がやればいいじゃん!なんでアタシがこんな地味仕事しなきゃならないの?!」


「煩い。私の能力は連続では使えんのだ」


目の前の会話から、香取はひたすら脱出のヒントを探る。どうやらここに出て来たのは『法王』の能力のようだ。しかし、連続では使えないらしい。


(斬れる……か?)


さり気なく剣を少し動かす。相変わらず鉄をも溶かす高温の壁は、切れ目が見当たらない。


「無駄だっての。奴以外は許可されなきゃ線は越えられない。まぁ座れ、俺たちはただ話をするだけだ」


その音を聞き付けた王丈が釘を刺す。香取は諦めて剣を床に刺し、抵抗の意志がない事をアピールした。


「よろしい。では、私たちからの問いは一つだけだ」


それを見て、辞書を抱えた男が言う。よく見れば、表紙には何も書いていない。中身は白紙のようだ。


「君は『四王』に入る気はあるのか。さあ、答えてくれ」


「待った。何の解説も無しにそれは酷だ。せめて、その申し出を受ける事によるメリットとデメリットを教えて欲しい」


すかさず香取は解説を求める。入る気は無いが、それを明かせば何をされるかわかったものではない。せめて考えた上で断ったというポーズを見せる必要がある。


「うむ、それも道理。わかった、ならば語ろう」


辞書の男は大分話の分かる人物のようだ。油断はならないが。


彼はそこはかとなく楽しそうに話を始めた。


「先ずは、私たちの目的を伝えよう。私たちの目的は、『ありとあらゆるものを利用し尽くし、各々の目的を達成する事』だ」


「……」


香取は絶句した。意味が、わからない。協力関係ですら無いのだろうか。見た印象、確かにあまり仲が良いとは言えない。もしかすると、繋がりそのものが緩いただの集合なのかもしれない。


「だから、基本は自由。特に会合等はなく、他の『王』と組むのも自由だ。利害さえ一致するならば、我々は最善のパートナーになる。但し、潰し合いだけは禁止だ。……このくらいか?」


法王が、他の王に尋ねる。冥王はないよ~、とムスッとした顔で言い、王丈も同じくと言う。車椅子の男も、首を横に振る。


「良し。ならば香取、もう一度問う。君は『四王』に入る気はあるかね?」


尋ねる辞書の男。だが、香取は全く別のことを王丈に尋ねた。


「ええと、王丈」


「なんだよ?」


「この下って、何?」


「何って…… 教室だな。確か今は空き時間だった気がするぜ」


その答えに、香取はゆっくりと笑った。同時に、床に刺した剣に力を込める。


「……何がおかしい?」


辞書の男が、本を開いて構えた。彼なりの戦闘体勢なのだろうか。


「言っとくけどさ、アタシの引いた線は越えられないからね! 諦めて仲間になろうよ!」


少女が無邪気にはしゃぐ。仮面の下はきっと、残虐な笑顔。


香取の笑顔が、変質した。同じ笑顔ながら、底知れぬ危険性を感じさせる笑顔に。それを見て、車椅子の男を除いた残り二人もそれぞれマッキーペンとスクラマサクスを構えた。


「コイツ……やっぱり模擬戦じゃあマジになってなかったな!」


王丈の叫びにも、香取の笑顔は崩れない。


「……む?」


最初に気付いたのは辞書の男だった。足元が、揺れている。


「気付いたかな。けど、もう遅い!」


香取が叫んで、先端の欠けた剣を合図のように屋上から抜き放つ。直後、香取の足元の床が横一線に階下へ突き抜けた。


「ぬおっ!」


王丈が誘発されたひび割れに足を取られる。だが落ちる寸前に飛びのいて、無事な床へ逃げた。


「宣言『浮上』!」


法王が叫ぶ。四人の身体が空中にとどまる。つまり、線を床ごと壊して自由になった香取とは距離が生じることになる。


墜落しながら、香取は内心舌打ちをしたい気分だった。下に剣を呼び出し、階下から突き上げて床の線を破壊する。それだけの予定だったのだが、余りにも規模が大きすぎる。


……制御が、緩んできている。


それを悟られないように、してやったりといいたげな顔で香取は上へ叫んだ。


「折角のお誘いだけど、辞退させてもらうよ! 僕はただの昼行灯、ちょっとパワフルなだけのただの一般人さ! 分不相応ってね!」


戯言を吐き捨てる。こうすれば、彼らの興味は削がれるだろう。

着地し、後はただただ一直線に帰路につく。念のため袖の中に剣を仕込んでいたが、結局取り出すことはなかった。


だがしかし、彼らの興味は削がれていなかった。仮面を外した各々の表情が物語るのだ。法王は興味を、冥王は悔しさを、聖王は対抗心を。

覇王、と呼ばれる車椅子の男だけは、読めない表情を。


それが香取にとっての障害になるのは、少し先のことである。

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