15th 街のバランス
「では、ランクの認定を発表する」
試験から二日後。香取たちの教室では、新しいランク付が発表されていた。
「よし、俺四!」
「あー、やっぱ変わらないかぁ……」
生徒が名簿番号順で呼ばれ、それぞれ様々な反応を返す。そして、香取の番が来た。
「香取。本日付で君を『壱』とする」
「……はい」
新しくなった赤い腕章を受け取る。クラスメイトからは、嘆息と驚きと称賛と、僅かな舌打ちが。
「王丈との模擬戦、見事だった。戦闘継続能力に多少の難が見られるが、『壱』には充分だと判定された。これに満足せず、更に上を目指してくれ。では次、木場!」
香取は席に戻る。結局目立ってしまったやるせなさに脱力しながら座ると、右隣りの化野が話し掛けてきた。
「やったね、健! おめでとう!」
「ありがと、化野。けど、やっと化野と同じ位置に立てた、それだけだよ」
正直な話、やるせなさが先立つ。やはり悪目立ちはしたくない。
だが、と香取は考え直す。せっかくの壱位、何とか上手く活用すべきだろう。
(例えば……守護役になってみる、とか?)
悪くないアイディアかもしれない。都市の治安を一手に引き受ける組織、さぞ対能力の研究が盛んだろう。もしかすると、彼の目的達成のヒントくらいはあるかもしれない。
「同じ位置……?」
何を想像したかは不明だが、化野が真っ赤になっていく。……あまり考えたくないが、化野はもしかしたら妄想癖でもあるのだろうか。十年間の内の変化をしみじみと香取は感じる。
だが次の瞬間、まるでスイッチを切り替えたかのように化野が真面目な顔になった。そしてその理由は、言われずとも香取は感覚で理解できた。
「人の背後に立つなら、一言断ってくれないかな、王丈」
王丈が、不機嫌さを隠そうともせず香取の背後に立っていた。そのまま、彼に似つかわしくない厳格な声で言った。
「先ずは称賛を。おめでとう。新しい壱位を私たちは歓迎する」
そして、と一拍おいて、王丈は言った。
「俺を含む『四王』は君を五人目の『王』として迎え入れる準備がある。これは俺たち『四王』の総意だと思って差し支えない。本日の五時、中央棟の屋上に来い。……伝えるべきことは伝えた。来いよ」
有無を言わせずそれだけ述べて、彼は席に戻る。そのまま、つまらなさそうにうたた寝を始めた。ふと気付くと、夢見がこちらを見ている。
「どうかした?」
「別に。私には関係のないことだわ。……香取君、よく考えなさい。あなたの選択次第で、この学園の、いいえ、都市全体のバランスが崩れる可能性がある」
「……?」
そんなことを言われても、香取にはピンと来ない。
「ねぇ健、昼は暇?」
首をひねっていると、化野にふと尋ねられる。
「ええと、うん。何か用?」
「うん。さっき継心ちゃんの言ってた『バランス』と王丈の言ってた『四王』について教えてあげるから」
「そーいうことなら、俺たちも行っていいか?」
「え?」
会話に割り込んできたのは、田中たちいつもの三人衆だった。
「『四王』なら、守護役の化野だけでなく一般人な俺らの意見も必要だろ?」
被害者は俺らメインだしな、と田中は付け足す。その顔は、いたずらに困る子供のような、しかし若干の悲壮が混じる、微妙な顔だった。
「だ……な……」
河合が口を挟む。この三人、意外にも未だに香取に絡んでくる。いつの間にか昼飯まで囲む仲だ。
「じゃ、昼は五人でかな。学食?」
「僕は弁当なんだが」
「学食で食えよ。席が取れるかどうかだな、問題は」
「俺が……やろう」
「よし決まり! じゃ、昼飯は学食だ!」
こうして、昼の予定が一つ決まった。
「で、その『四王』って何なのさ。物騒っていうかいい加減言わせて貰えば年齢考えて名前つけようよ!」
昼休み、学食にて。河合がその巨体をいかんなく発揮して取った席で、香取たち五人は座っていた。で、香取の第一声がこれである。この街、全体でRPGやってないだろうか。
「ま、確かにネーミングセンスは無いな。元ネタは『四天王』だっけ?」
「確か、マスコミが使い始めたのが切っ掛けだったな。で、四人側が調子に乗って名乗りだしたはずだ」
「詳しいね、谷原君」
化野が谷原に突っ込んだ。谷原は不敵に笑う。
「これでも調べたのでね。守護役の下っ端程度の知識は持ち合わせているつもりだ」
俺らも一応知ってるぜ、と二人が手を上げる。
「それなら、こちらとしても説明しやすいけど……健はわかる? 今の説明で」
「ま、まぁなんとなくは……けど、詳しく説明はして。よくわからないのはなんか嫌」
断言する。ハッキリしないのはあまり好きではないし、情報は多いほうがいい。
「そんなら、まずは基礎から。『四王』って名前からわかる通り、王丈含めてメンバーは四人。どいつもこいつも曲者揃いで、目下守護役の最大の敵対勢力ってとこか」
「たった四人で最大の敵対勢力?」
「というより、幾つかの勢力の纏め役ってとこかな……私たちが捕まえるのはいつも尻尾ばっかり、証拠も全部消されてる。王丈以外は名前もわかんないし、わかってるのは二つ名だけ。それも本物じゃなくて、偽名みたいだし」
「聞いてもいいのか?」
「本当は秘密だけど、特別にね。『覇王』『法王』『冥王』『聖王』。王丈は『聖王』ね」
「また自己主張の強そうなメンバーだな。四人も『王』がいたら絶対ケンカ始まるだろうに」
一番厄介なのは、と化野は言う。
「全員、推定で壱位。もしくはそれ以上。学園の能力試験も万能じゃないから、もしかして手を抜いてランクを下げてるかもね。……では健、ここで問題です。この街に、壱位認定は何人居るでしょうか?」
言われて香取は思い出す。確か聞いたことがあった。
「ええと、十人? ……あ?!」
わかった。その顔を見て、化野が笑顔になる。
「そう。もし、四人とも手を抜いてないとしたら?」
「四対一、ってことか」
夢見の言葉の意味をようやく理解できた。これはやはり、バランスの問題だ。
十人のうち五人は中立を決め込み、どちらにも手は出さない。つまり、圧倒的にバランスが取れていないのだ。この状態で香取が五人目の『王』になったら、街は更に混乱するだろう。なにせ、彼が学校に通い始めてからまだ一週間も経っていないのに化野の呼び出しは見ているだけで三回も来ている。
彼女がその有能さ故に引っ張りだこだったとしても、これが街全体となれば事件の発生頻度は多分、考えたくないほど多い。
「その顔、この街の危険性をきちんと理解できたみたいだな?」
知らず知らず怖い顔になっていた香取を、田中が笑う。
「ったく、なにが昼行灯だってーの。蓋を開ければランクは壱、王丈とはガチンコできて、化野とは幼馴染み。どんな導火線だよ」
確かに、と化野が同意する。まあ、元が元だから仕方ないのかな、と香取は一つ、苦笑いをした。
「健のこの後の身の振り方で、この街は変わるよ。もし『四王』が増えれば、街は更に緊張する。中立なら、大きくは変わらないよ」
これは私の希望だけど、と前置きして、
「もし、もしも健が守護役になってくれるなら、私としても嬉しいよ?」
香取以外の三人が、息を呑む。そう言う化野の顔は、間違いなく恋する乙女のそれ。場面と台詞さえ違えば、初めてデートに誘うような雰囲気だった。
三人はまるで示し合わせたように香取の顔を見る。厳格な性格と頑固なまでの身持ちの固さゆえにあまりそういう対象とは見られないが、男女ともに容姿、性格の両面で人気は充分なのだ。普通の男ならイチコロだろう。
だが、香取は全く反応しなかった。いや、全くではない。一瞬だけ、たじろいだ。
(……引い……た……?)
それに気付いたのは、河合だけだった。彼は口下手だからこそ、表情の機微を読むことには長けている。そんな彼ですら注視していなければ気づかないほどの、ささやかな違和感。
(い……や……?)
河合は内心で首をかしげる。引いた、ではない。
理解した瞬間に、自分を律して拒否したのだ。
なぜ、と疑問が生まれる。帰ってきた幼馴染みとの再会、更に好意はあからさまだ。そのまま恋に落ちる、あるいはその芽が出ることはあっても、普通は拒まないだろう。
少なくとも、互いに互いを憎く思ってはいないはずだ。教室でのやり取りを見ていればよくわかる。
(何か……理由……でも……?)
そこまで思い至っても、それ以上はわからない。香取はもちろんだが、化野についてもパーソナルをほとんど知らないからだ。
(うう……む)
興味、というには少々邪だろうか。犬も喰わない、馬に蹴られて死ぬ、など言われるジャンルだが、元より猫は殺されるものだ、調べてみよう、と思った。
「まぁ、考えてみるよ」
あっさりと、香取はそう返した。河合以外の全員が同じ理由でため息をつく。
もとより『四王』に入る気はさらさらない。だから、問題なのは後二択。
一般人の平穏、当初の目的通り化野とはつかず離れずを保ち今まで通りに償う方法を捜す道。
守護役の立場、当初とは違ってしまうが化野の役に立ち守護役の権限を活用し普通の人では触れられない情報も用いて贖罪の手段を探す道。
どちらも魅力的だ。特に後者、一般人より強い権限が与えられるというのは大きい。
だが、別の疑問が生まれる。
果たして自分には、彼女の役に立つ資格があるのか、という問題だ。
頭の中で声がする。身を引け、今そんなことは許されない、と言う。
だが別の声は言う、未来の為には、手段を得る為には後者が有利であると。
過去の贖罪と未来の希望。板挟みは現在。詩的に言い換えても、解決にはならない。
「……まぁ、五時まで時間はある。ゆっくり悩めばいい。それより、急がなければ昼休みが終わるぞ?」
いつの間にか弁当を食べ終えていた谷原が手を合わせた。ほとんど喋ってなかったのはそういうことか! と田中がぼやく。壁の時計をみれば、昼休みの終わりまで後十分だった。皆慌てて昼飯を消費することになったのである。