14th 興味の足音
長く間を開けてしまい、もうしわけありませんでした。
ここ一か月で周囲の環境が激変し、パソコンにすら向かうことができませんでした。
現在、少しだけ状況がおちついてきて、なんとか執筆ができるようになってきました。ペースは相変わらずゆるいですが、よろしくお願いします。
夢を見た。よく見る夢だ。目の前に剣が一本、まるで待っているかのように浮いている。
(掴め……!)
どこからか、声がする。重厚な声だ。思わずひれ伏したくなるような、絶対の命令権を持つ声。
香取は手を伸ばす。剣は不動で、まるで待ってくれているかのように中空に浮いていた。
だが、届かない。後少しのところで手は空を切り、いつものようにそこで目が覚めた。
「う……」
頭が痛い。吐き気がする。あの夢を見た後は必ずこうなるのだ。
「あら、起きたの? 動かないで……」
こちらを覗き込んでいたらしい夢見が、こちらの目を塞ぐように手袋を外した手をかぶせる。
すると、頭痛と吐き気がすっと引いていく。
「これは……?」
夢見の手から、ゆっくりと熱いエネルギーのようなものが流れ込んできた。
「貴方の能力のことを聞いておいて、私だけきちんと教えないのは公正じゃないわ。だから、皆には秘密だけど貴方には教えてあげる」
夢見の手からの熱感が、全身に回りきる。ぬるま湯の風呂に漬かっているイメージ。
「私の能力は『夢魔』。他人から生命力を奪い、任意でまた別の人に与えられる能力……」
夢見が手を一旦放す。気付いてみれば、傷が全て塞がっていた。肋骨も完治している。確かに異伝子保有者の自己治癒力は凄まじいが、それにしても早すぎる。夢見はもう一度香取の顔に手をおいた。
「結果として、生命力を与えられた側の傷や不調が与えた力の量に比例して治療されるの。私自身の生命力を使うから、与え過ぎると私が死ぬけどね」
知ってる? と夢見は前置きして、
「サキュバスとインキュバスは表裏一体だって話。二つは実は同じ『夢魔』で、サキュバスが男から生気を奪い、インキュバスがその生気を使って女を妊娠させるの。不義密通の言い訳にまでなった逸話まであるくらいなの」
香取は知らなかったので、へぇ、と答えた。
「この『与える』能力を知ってるのは、貴方と守屋先生、それに化野さんだけよ」
だから、と息を継いで、
「他言無用よ。もし話したら……」
「話した、ら……?」
突然、腹部に重みが乗った。彼女が馬乗りになった、と理解すると同時に視界を塞ぐ手が離れ、それを上回る光景が目に飛び込んできた。
(かっ、顔が近いっ!)
真上に、夢見の顔があった。学校見学で遠目から見た時からまるで西洋人形のようだと思っていた程の美人の顔が、独特の迫力で視界一杯に広がる。香取の白とは微妙に違う、極上の銀細工のようなブロンドがさらさらと流れ落ちてくる。耳にかかったその髪を手でかき上げながら、香取の目を真っ正面から見つめて言った。
「吸い尽くしちゃうから……」
まさに淫魔と呼ぶにふさわしい蕩けそうな声で囁いた。心拍数が跳ね上がり、目線を逸らしたくなるが、魔法にかけられたように逸らすことができない。というか、まずい。外の廊下を何人かが歩いていくような足音と声がする。
時間が止まったような沈黙。先に目線を外したのは夢見だった。
「さあ、驚かすのはここまでだわ。もう一つ、香取君に用事があるの」
スルリと香取の上から猫のように逃れた夢見が制服のポケットからある物を取り出した。
「これ、あなたのでしょう? 返すわ」
「こ、これ……僕の携帯!? どこにあったの!?」
彼女の手の中にあったのは、前に落としたはずの香取の携帯だった。受け取って開いてみれば、きちんと起動する。携帯に財布の機能はついてないので、メモリーだけを確認した。
「大丈夫? 一応、拾ってからはあんまり触ってないけど」
「あんまり?」
「電源を切ったわ」
「なるほど。ってそうじゃなくて! どこで拾ったの!?」
「ああ、あなたを追いかけてたら道に落ちてたわ。あの時助けてくれたお礼は、さっきの治療でおあいこね」
助けてもらった、という言葉をきっかけに、記憶が蘇る。
「って、アレ君だったんだ!」
「ええ、そう。ちょっと情けないやり方だったけれど、感謝してるわ。噂のせいで無視されたりすることはあっても、命まで狙われるのは初めてだったわよ」
「な、情けないって……」
能力を使わない、と決め込んでいたから、あんなやり方になっていただけだ。(結局、使ってしまったが)
「じゃあ、前に学校に居たのは……」
身を守るためか。門に警備員が居る以上、不審者は入れないから街中より安全性は高い。普通なら家に籠ればいいのだが、彼女は孤児だ。
そこまで考えてから、彼はふと気付く。
「どうかした?」
夢見が怪訝そうな顔をしていた。
「……あなた、なんで私が学校に居たことを知ってるのよ。ストーカー?」
「偶然だよっ!」
誤解を解くために一通り香取は説明した。
「納得してくれた?」
「一応には。だけどしばらくは身の回りを気をつけるわ」
「納得してない!」
と、ああだこうだしているうちに先生が戻ってきて、香取はきちんと治療された。
「……あいつ、悪い奴ではないようだな」
舞台での模擬戦を終えた田中は、呟いた。
「確かに……そうだ。だが……」
「うお、後ろに立つなよ!」
河合がいつの間にか背後に立っていた。
「む……すまん」
「いや、構わねぇけど」
それで、と田中は尋ねた。
「なぁ河合、お前は香取をどう思う?」
「どう……と言われて……も。結果だけ……見れば、彼は俺たち……との約束……を履行……してくれた」
そして、先程王丈が運ばれていった方向を見て、
「それに、『剣』の能力……ならば……あの時、俺たちを殺す……気はなかった……という……ことだ」
「だよなぁ。けどあの顔、多分、殺すとなったら一切ためらわないぜ」
「だが、その代わり自制心は並々ならないようだな」
谷原が田中の右に立つ。
「あれだけの能力があるのに、自発的に振りかざす様子は昨日今日となかった。制御もきちんとしているように『見えた』。冗談抜きで『壱』も有り得るな」
ふう、と谷原はため息をつく。
「もし壱位になるとすれば、奴は選択を迫られるな」
ああ、と田中もため息をついた。
「『四王』にメンバーが増える可能性もあるのか……」
「逆も……有り得るかもな……」
と河合。
「俺らとしちゃあ、それを希望したいね!」
四肢を投げ出して、田中は天井を見上げた。
香取の選択次第では、学校のバランスは崩れるだろう。
「まぁ、頭は相当切れるように見えた。化野とも親しいようだし、王丈には反感を買われている。大丈夫だろう」
谷原が断定する。彼の能力からしてみれば、未来の可能性を見る程度のことは容易いのだ。
「む……谷原、まさ……か……お前……」
「言ってくれるな、河合。俺でも未来を知ることは不可能、可能性がせいぜいだ。パーセンテージを増やすくらいしかできん」
「うむ……なら、俺も……聞かないでおく」
田中は、そんな会話を聞きつつ眠りに落ちた。
「おいおい王丈、楽しそうだな?」
体育館から少し離れた、器具庫の中。ほうり込まれた王丈は、呼び掛けに目を覚ました。
「その声は…… 『一人要塞』か?」
「にしし、正解。ってか、アタシもいるよ~」
さっきとはまた違う、今度は女の声が暗闇に響く。
「静かにしたまえ、『死線』。一応彼は謹慎中だ。下手に騒いだら厄介だろう」
また別の声。最初とは違う男の声だ。
「いいじゃないの、『規定書』。お前がすぐに済ませればいいだろ?」
その『規定書』と呼ばれた声は、軽く舌打ちをしてから王丈に尋ねた。
「暗くて見えん。守屋も考えたな。光源が無ければお前は意外に脆いということか。……自力で出られるだろう? 光源は作っておいてやるから」
そう言ってから、声は一言告げた。
「宣言『蛍火招来』」
言葉を表すように、頼りないが確かに光る球体が一つ生まれる。
「サンキュ。後は勝手にやるから、帰っていいぜ」
それを手に納めた王丈は、早速剣を呼び出した。
「つっれないの~! いいじゃんいいじゃん、もうちょっと親切にしてくれても!」
王丈の台詞に死線、と呼ばれた声が不満そうに騒ぐ。
「うるさいなまったく、だったらお前がやれよ! 一発で戸くらいやれるだろ?」
最初の声が返す。
「いや。そんな事したら体育館が膾切りになるだろう。禁止だ禁止」
三番目の声が更に返し、更に続けた。
「帰るぞ。宣言『影渡り』解除」
「あ、ちょっ!」
その言葉をきっかけに、三人分の気配が消えた。
「……俺も連れてってくれればいいんじゃね?」
わずかな光源から光を剣に溜め込みながら、王丈はぼやいた。