13th 劇闘の後始末
輝きが霧散し、短剣を暴れさせた風が止む。
中に立つ影は、二つだった。
「や、やるじゃねぇの……」
「耐えたのか、アレを……」
二人とも、満身創痍であった。香取は光爆を間近で受けたせいか服のあちこちが黒焦げで、王丈も無数の切り傷を負っている。
(もういい……かな?)
「さて、僕はギブアップさせて貰うよ」
「て、テメェまだそんなことをっ!」
激昂する王丈を、香取は押しとどめた。
「ちょ、ちょっと健!」
そのまま仰向けにぶっ倒れることによって。
「……は?」
呆気に取られた王丈の間抜けな声が、模擬戦の終了を告げた。
「王丈、大丈夫か?」
「当たり前だ!」
守屋の問い掛けに、王丈は荒々しく返す。
「ならいい。香取は保健室だな。保健委員は……夢見か。運んでくれ」
「わかったわ」
「わ、私も!」
倒れたままの香取を、夢見は持ち上げる。異伝子があるのだ。簡単である。化野も慌てて付いて行く。
三人が退出した後。遂に舞台に座り込んだ王丈が唐突に叫んだ。
「ふざけやがって! あのクソ野郎があっ!」
「どうした。煩いぞ」
見送っていた守屋が振り返って言う。
「どうしたもこうしたもねぇ! あの野郎、全然本気出してなかった!」
「……何だと?」
その発言に、一人を除いて場が凍結した。
「あいつ、結局教室で見せた予備動作無しの『無形の斬撃』を使わなかった! 俺には使う価値すらないってのか!」
守屋は戦慄せざるを得なかった。一時期とはいえ王丈を圧倒してのけて、負けたとはいえ引き分け同然まで持ち込んでおいてまだそんな手を隠していたとは。
「底が見えないぞ……!」
もしかすると、彼はとんでもないことをクラスに起こすのかもしれない。
そんな予感が、次に場を支配した。
「重いわ……」
「手伝おうか?」
「不要よ」
こちらは、気絶した香取を運ぶ夢見と化野。彼女たちは今、保健室に向かっていた。
「さすがに男ね。けどまぁ、これくらいなら大丈夫だわ」
「そっか。それなら、気になるのは健ね……」
「大方、力の使い過ぎでしょう。最後のあれで、残った体力まで使い切ったのね。手袋があるから、私の能力も働かないわよ?」
「継心ちゃんの能力なら、心配してないよ。そういうのじゃあなくて、傷のほう」
そっちね、と夢見は相槌を打ちながら、香取をちらりと見る。
「目立った外傷はないわ。大体同じエネルギー量だったから、上手く相殺したのね。もしかしたら、刃の反射で『光』を防いでいたかも」
はー、と感心した声を化野が上げる。
「そんなのまで分かるんだ?」
「見ればだいたいはね。それが私の能力の一部でもあるわけだし」
と、化野の携帯が鳴った。しばらく通話した後、化野はごめん、任せると言った。
「どうかしたの?」
「なんか、王丈が暴れだしたみたい」
夢見は思わずため息をついた。
「……あれだけ暴れてまだ足りないのかしら……?」
あはは、と化野は苦笑いして走って行った。
「さて……」
それを見送ってから、夢見は唐突に言った。
「起きてるでしょう。悪趣味よ」
ピクリ、と香取が反応した。
「気絶してる人はね、体に力が入ってないから軽くなるの。で、あくまで無視するつもり? ……落とすわよ」
「わ、わかったわかった! もうやってる意味もないし、起きるよ!」
干された洗濯物のような体勢から、まるで前宙するようにして立ち上がった。
「あら……?」
が、そのままバランスを崩して尻餅をつく。
「あいたた……」
ちょっと無理したな、と言って香取は立ち上がる。
「……今、どうやったの? 蹴る足場もないのに」
「うん? 下半身から引きつける力だけで跳ね上がっただけだよ?」
しれっと恐ろしいことを言ってのける香取。
「能力も一級品なのに、体術までそのレベルなの……?」
それに、あはは、と香取は返して。
「というか、模擬戦の技のうち『壱』と『弐』の技は純粋体術だよ。能力は全く関係ない」
そのまま、普通に歩き出す。
「……治療、要るの? さっきの模擬戦、まだやれるみたいだったし」
慌てて夢見は追いかけて、その背中に尋ねる。
「……まぁ、不本意ながらね。多分アバラが幾つかイッてる。筋肉もかなり痛めたし、できたら治療が欲しいところかな」
「……超人ね。普通なら痛みで動けないと思うんだけど?」
「無視してるだけだよ。……こんなの、痛みに入らない」
「……?」
その口調の裏に、ふと夢見は触れてはいけない何かを感じた。
(私も同じかしら……)
誰しも、触れられたくない点があるものだ。
「けど、保健室までは連れてくわ。一応仕事だし。異伝子保有者なら一晩寝れば大体治るけど、治療をしない訳にはいかないし」
歩けるわよね? と尋ねれば、大丈夫と返る。
よく見れば、香取の歩き方もどこかかばうような歩き方だ。
「無理してるわね?」
「うん」
素直に返ってきた。
「肩くらい貸すわよ?」
「身長的に無理だと思うな」
「~~っ!」
夢見の背丈は、香取の肩程までしかない。それを指摘されて無性に腹が立った夢見は、思わず香取の膝を思い切り蹴飛ばした。
「いった!」
見事に向こう脛を蹴られた香取は跳ね回る。
「次言ったら吸い尽くすから」
「は、はい……」
半ば脅迫に、無理矢理頷かされた香取だった。
「先生、急患……じゃないわね。治療して欲しい人が……」
「……居ないみたいだね?」
保健室に着いた二人は、先生を呼んでいた。
「どうする?」
「とりあえず寝なさい。寝れば治るわ」
「治療抜きかぁ。ありがたいお言葉」
身体を気遣って、ゆっくりと備え付けのベッドに寝転がる。
「一応、先生が戻るまでは居てあげるわ」
「どうも。けど、試験はいいの?」
「禁忌種よ、私。別途に検査されるわ」
本音を言えば、来る気は無かったのだけど、とどこか物憂げな顔で夢見は呟いた。
「……禁忌種、ねぇ」
「何よ。私が怖くなったの?」
香取はいや、と首を振って、
「使う人が自分の危険性を自覚しているなら、どんな能力でもそれはその人だけの才能だよ。それに、君はきちんと対策をしてる。なら、怖くはないかな」
手袋を指差す。
「……というか、私の能力は知ってるのね」
香取は首を縦に振る。夢見はそう、とだけ言った。
「気に障ったなら、謝るよ。ごめん」
「いいわ別に。……代わりにって訳じゃないけど、あなたの能力、教えてくれないかしら。見てる限りあなた、本気出してなかったでしょう?」
「別に香取でいいよ。確かに、その方がフェアだね。なら教えよう。
僕の能力は『剣之言霊』。『言葉』で呼び出した『剣』を操る能力さ」
「なら私も夢見でいいわ。傍から聞くと微妙ね。剣だけなの?」
「うん。但し、どんな物でも剣なら呼び出せる。『参』なんかはこれをフル活用してるね」
「なるほど。念動力みたいに飛ばすこともできるのね?」
「あまり得意じゃないけどね」
香取はゆっくりと目を閉じる。
「寝るの?」
「昨日はほとんど寝てなくてね」
「睡眠不足であれ……?」
夢見の呟きを最後に、香取の意識は眠りに落ちた。