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プロローグ

久し振りの投稿になります。初めての方、初めまして。前作を読んでくれた方、お久し振りです。

今回も学園ものです。ゆっくり更新ですが、よろしくお願いします!

揺れる電車から、彼は外を眺めてみた。世間はまだ夏休み、風景の中には学生らしき姿も多い。満喫してるな、と思わずひとりごちたのは、窓際に座る淡いグリーンの上着を着た青年だった。

いや、まだどちらかといえば少年だろうか。高めの背丈と細身が彼の年齢を実際より上に見せていた。唯一気になる点といえば、彼の頭髪が真っ白だということと、季節外れの見るからに暑い黒の革手袋くらいか。

窓枠に肘を突いたまま、秋からは自分もああなるのだと思って彼……香取健一かとりけんいちは思わず苦笑いした。


彼の隣りには、出張で外国にいる父がくれた手袋と同じく黒いスーツケースが横倒しになったまま。そのマットブラックの外装の上にあるのは、先程まで読み返していた一枚の書類。


『堺間市立高校転入許可証明』


この書類が、彼が一時期離れていた故郷に帰ってきた理由。


(十年ぶりかぁ……)


親の都合プラスαで転校していた彼が、この街に戻ってきたのは今度は母の転勤のせい。前の学校への諸処の手続きのため後から引っ越すことになった彼は、やっと今日、故郷の地を踏むことになった。


電車のアナウンスが到着を告げて、彼は席を立つ。ジーンズから半券を取り出し、スーツケースの中に書類をしまう。中はといえば、衣服と財布、いくつかの書類のみ。


(さて、と!)


アナウンスの終わりに合わせるように、電車のドアが開く。


そして彼は、久し振りの故郷に降り立った。同じ駅に降りる人はまばらで、ここが地方都市だということを香取に思い出させる。


(人が待っている、って聞いてたけど……)


彼は地図の類を持っていなかった。母からのメールを読み返しながら改札を出ると、自分が古里に帰ってきたことを強く感じた。


辺りを見渡す。見知った顔を捜してみる。


(てっきり、母さんが来てると思ったんだけど)


先にこちらに転居した母。どうやらその姿は見当たらない。じゃあ誰が? と思うが、心当たりも見当たらない。


(困ったな)


メールの文面には、『あなたもよく知ってる人よ! はぁと』とだけ。ぶっちゃけこのノリは無いよ母さん……と脳内で突っ込みを入れても、何も解決しない。

仕方ない、ともう一度辺りを見てみる。すると、なぜか後ろからジーンズを引っ張られた。つられて彼はゆっくり振り返って、


直後、彼は背骨に氷柱を刺されたように冷たい錯覚と共に硬直した。


「久し振りだね、健!」


振り返って見たのは、五歳くらいの少女。まだあどけない面立ちだが、腰上まで伸びる豊かな黒髪とあいまって将来性を充分に感じさせる。


「いやー、髪が白いからすぐ見つかったよ。ごめんね、ちょっと遅れちゃった」


そんな事はどうでもいい。そう香取は思う。何よりもまず重要なのは、


なぜ、なぜ十年前に自分が刺した少女が、そのままの姿で目の前にいるのか、という事だ。


「……あれ? どうして無反応? まさか……惚れた!?」


彼女の思考が何をどう飛躍してそうなったか全くわからないが(断じて彼はロリコンではない)、内心の動揺を無理矢理押さえつけて確認のため香取は口を開いた。


「……誰?」


「あっ酷い! 忘れたの? 私よ私。あー、見た目があれだったかな? ちょっと待って。すぐ元に戻すから」


意味のわからないことを言いながら、少女はジーンズから手を離した。直後、視界の中で彼女だけがカメラのピントが合わないようにブレてあいまいになる。思わず香取が目をこすると、そこにいたのは先程の少女の時間を十年ほど進めたような期待通りの成長をした女性が。


「……どう? これならわかる?」


その姿を見て、香取はやっと彼女が誰か思い出した。


「……化野、か?」


化野育美あだしのなるみ。十年前彼が助け、彼が故郷を去る原因になった少女。

知り合いの中で、香取のことを『健』と呼ぶのは彼女だけだ。すると彼女はくすりと笑って、言った。


「正解っ! その様子だと、私のことはちゃんと覚えてるみたいね?」


「あのね、忘れろってのが無理だって。……あんなのがあったし」


明るい彼女と対称に、思い出したくないといいたげな香取のため息に化野も神妙な顔になった。が、彼女はばん、と香取の背中を叩いて切り換える。


「ま、今気にしてもどうしようもないでしょ! それよりほら、行きましょ。家まで案内するから、ついてきなさいな」


どうやら案内役らしい化野に遅れないように、香取もスーツケースを曳きながら歩き出す。


「そういえば、化野とは同じ学校なんだっけ?」


道中、手持ちぶさたから会話が始まる。香取の雰囲気は微妙なままだが、返す化野の声は旧友との再会を喜ぶようなままだ。


「堺間市立高校よね? うん。今度案内してあげるわ。まだ二学期まで一週間くらいあるし、いっしょに行ってあげる」


「それはありがたい」


などと話しながら、駅から歩くこと数分。新しい家に着いた。


「はい! ここが健の新しい家だよ」


なぜか化野が誇らしげなのは放置。真新しい玄関扉の前に立つ。ふと気になって尋ねてみた。


「母さんはいるの?」


「さあ? お迎えを頼まれたのは昨日だし、知らない」


「ふむ……」


あの母だ。サプライズを仕掛けることは考えられる。


「化野、ちょっとこっち来て」


「ん、何?」


疑いなく化野は来てくれる。危険のないよう手招きして玄関の横、扉の蝶番とは反対側に立たせた後、自分は扉の影に入るように扉を開けた。


直後。


ズドン、と戸が内側から恐ろしい勢いで押し付けられた。もちろん化野は何もないが、香取はモロに直撃する。そして家から出て来たのは、ショートの髪をざっくばらんに結んだ女性が。


「……あら、育美ちゃんじゃないの。お迎えを頼んで悪かったわね。それで、うちの健一は? せっかく私が自動ドアトラップを仕掛けて驚かそうとしたのに親の期待を裏切るなんて悪い子ねぇ」


いきなり出て来て無茶を言う女性。化野は呆気に取られていた。いや、ぶっちゃけドン引きしていた。


「あ、あはは……」


「……痛い」


ひきつり笑いと苦悶の呟きが重なる。と、気付いたらしいその女性……香取香苗かとりかなえが扉の向こうに挟まれていた健一を発見した。


「あら、そっち側に引っ掛かったの? 予想外の掛り方をしたわね。ほらほら、早く入りなさい。部屋に荷物が届いてるから。育美ちゃんはどうする? 騒がしいけど、お茶くらい出すからどうぞ」


マシンガントークを地で行くのがこの人の特徴だ。その上多少強引でエキセントリック。尋ねてる癖に既に家にあがることが規定事項になってる辺りからお察しください。


「母さん……何かあったらどうするのさ」


自分の母親である香苗に文句を言いつつ、香取は盛大に打ったヒリヒリする額に触れる。手で確認してみると、たんこぶにはなっていないらしい。


「何言ってんの。大丈夫に決まってるでしょうに。育美ちゃん、悪いけど居間のクローゼットの上に救急箱があるから、診てやってちょうだい。私はお茶とお菓子を持ってくるからよろしくね」


それだけ言ってさっさと香苗は家に入っていってしまう。残された二人は顔を見合わせた。


「昨日も思ったけど……凄いね?」


「残念ながら」


おそるおそるの若干おかしい確認に返った返事に、化野が噴き出した。


「あははっ!……うん。それじゃ、私はここで」


「ありがとう。助かったよ」


手を振って化野と別れ、香取は新居に踏み出す。新しい家が懐かしい故郷にある。そんな矛盾を感じながら。


母になぜ帰したのか文句を言われたり新しい部屋の広さに目を白黒させたり荷解きをしたりと、その後は忙しく。


そうこうしているうちに、すっかり夜になってしまった。


(そうだ。この部屋、ベランダがあるんだっけ)


ベッドの上で、香取はふと思い立った。黒いロングコートをしまったままの鞄を蹴ってつまずいたりしつつも窓を開け、外に出る。


「……おお、凄い」


思わず声が出た。空が高く、澄み切っている。まるでプラネタリウムのような星空だった。


「やっぱり、向こうとは違うなぁ……」


手すりに肘を突いて、空を見上げる。都心の空はもっとあいまいだった。


(さあ始まるぞ、『赦されないアンフォーギブン』。気楽にはいかない日々が)


環境の違う、新しい日々がこれから始まる。戒めも改たに、香取の一日目の夜はふけていった。



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