(5)努力の果ての悲劇
第5話は、ルーナが姉シリルを救うために積み重ねてきた努力と、 その果てに待っていた残酷な真実を描く、重めの回となっています。
女装剤という歪な希望に全てを賭けたルーナの想いと、 姉妹の絆の行方を、静かに見届けていただけたら幸いです。
ルーナは、エリクサーに代わる、
完全回復薬の研究開発に没頭した。
それこそが、”女装剤”であった。
だが女装剤には、女性を裏切った男性を戒める、
”呪い”が付与されている。
その呪いとは、
女装剤に術者の女性の体液を混ぜて
対象者となる男性に飲ませることで、
対象者が術者以外の女性に対して性的に興奮すると、
対象者の男性が女性に変身してしまうというもの。
実は女装剤には、呪いの他にも完全回復効果があり、
女装剤の開発者である大魔女の子孫たちは、
女装剤から、男性の女性化を外す研究を続けていた。
だが現段階では、飲んだ全ての男性が、
女性へと変身してしまう効果に変換されるだけに留まる。
結果的には、性的な興奮による
女性化の呪いは外せたものの、
飲むと必ず女性化してしまう魔法薬と化していた。
それこそが、女装剤と呼ばれる由縁でもあった。
なので、ルーナの研究課題は、女性化の効果を解除させ、
完全回復効果だけを残すことだった。
そして更に半年後。
女装剤の精製に必要な素材の中に、
”ヘルマの泉の水”が女性化の鍵となることが判明。
ルーナは、ヘルマの泉の水を取り除く研究に入る。
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『ヘルマの泉の水』とは?
ヘルマとは、ヘルマプロディートスの略であり、
元は、超絶美男子だった者である。
ここで、ヘルマプロディートスについて話そう。
ヘルマは、15歳の超絶美男子だった。
ヘルマは旅の途中で、とても綺麗な泉を見つける。
そこは、妖精が管理する泉であり、その妖精もまた、
とても美しい超絶美少女であった。
旅で疲れていたヘルマは、妖精の泉とは知らずに、
体を清めるために裸になり、泉の中に入る。
ところが、物陰からそんなヘルマを見ていた妖精は、
ヘルマに一目惚れをしてしまう。
泉の中で体を清めるヘルマに、妖精は何を考えたのか、
突然飛びつくように抱きつき、ヘルマに求婚する。
しかしヘルマは、妖精の求婚を拒否。
だが、ヘルマを諦めきれなかった妖精は、
自称神様に、ヘルマと1つになることを願った。
そんな妖精の願いを、自称神様はどう勘違いしたのか、
ヘルマと妖精を1つにしてしまったのだった。
なので、男でもあり、女でもある体となったヘルマは、
絶望のあまりに旅を諦め、命を絶とうと泉に身を沈めてしまう。
ところが、ヘルマは半分は妖精であるために、
命を絶つことができなかった。
仕方なく、泉の管理者として生きていくことになる。
そんなある日のこと。
泉の外で、男女の言い争う声がする。
ヘルマは、何事かと慌てて泉の外へ出てみるが、
そこで見たのは、自称神様と男神様だった。
そんな神様たちが、何を言い争っているのかと
ヘルマが尋ねたら…
『男と女で、エッチをしたとき、
どっちの方が気持ち良いのか?』
だったそうだ。
呆れ果てたヘルマだったが、ヘルマを見つけた男神様は、
男と女の両方の体を持つヘルマなら、
エッチの時に、どちらが気持ち良いか分かるはずだと問われる。
そこでヘルマは、迷わず…
『女の方が男よりも、100倍気持ちいい』
と、答えたそうだ。
それに怒り狂った男神様は…
『そんなに女がいいなら、お前も女になってしまえ!』
と、男と女の体を持つはずのヘルマは、
完全な女へと、変身させられてしまったのだった。
それからと言うもの、
ヘルマは二度と泉から姿を表すことは無かったという。
そして、その後のヘルマの泉には、ヘルマの恨みによって、
『泉に入った男は、みんな女に変身してしまう呪い』
が、かけられてしまったのだった。
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そんな訳で、ヘルマの泉の水には、
男性を女性に、変身させる力があるとされ、
女装剤の女性化の効果として使われるようになったそうな。
ルーナは、そんなヘルマの泉の水の、
成分を取り除くことに成功し、
ついに、女装剤から完全回復薬の精製にも成功したのだ!
だが…
「やったわ! ついに、やったわお姉ちゃん!!
なぜだか肉体の若年化が出ちゃったけど、
嬉しい誤算ってことで許してくれるわよね?」
何日も寝ずに研究に没頭していたせいか、
ルーナは体調を崩し、今にも倒れそうなほどに疲弊していた。
でも、望みの魔法薬が完成したことで、
自分のことなど気にもしなかった。
それと、どれをどう間違ったのか、
成人体の場合のみ、肉体年齢が10歳にまで
若年化が付与されてしまっていた。
だが、そんなことはルーナにとっては些細な問題だった。
なぜなら魔女とは、人間に比べてかなりの長寿であり、
100歳ていどなら、10代に見えるのだから関係なし。
疲れを忘れて、姉のもとへ急ぐルーナ。
バタン!
「お姉ちゃん! 完成したわよ!」
ドアが荒々しく開かれ、ルーナが部屋に飛び込んで来た!
「ルーナ? そう 良かった」
「これで、お姉ちゃんも元気になれるわよね!」
「うん ありがとう…」
ポン!
「ほら、飲んでお姉ちゃん」
ルーナは、瓶のコルク栓を抜き、
姉に女装剤を飲ませてあげた。
ところが…
「…どうして?」
「ありがとう ルーナ」
「なんで? なんで元気にならないの?
普通なら、1分も待たずに効果が出るはずなのに!」
「いいのよ とても甘く美味しいお薬だったわ」
「そんなこと、聞いてない!!
なんで?! なんで、病気が治らないの?!」
ルーナは、確かに女装剤から、
呪いの効果を排除することには成功していた。
だが、重大なことを見落としていたのだった。
「そんなの…そんなのダメよ!
どうして、元気にならないのよおーー!!
ほら、鑑定結果にも、”完全回復効果”って出てるから、
たとえ命食いだって治せるはず…えっ?」
「…ふふふ 気づいたのね?」
「そんな…そんな嘘よ…」
ルーナが見落としていたのは…
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《女装剤(呪い解除済)》
男性の女性化効果を排除されたもの。
どんな怪我も病気も完全に完治できる。
ただし、副作用として成人体の場合、
肉体年齢10歳ていどにまで若年化される。
【効果対象者:男性のみ】
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「男性…………のみ………………」
バタッ!
「そんな…なんで…」
ルーナは、その場に崩れ落ちる。
「ふふふ やっぱり見落としていたのね?」
「え? お姉ぇ…ちゃん?
知っていたの?」
「うん…だって、ルーナが女装剤の
改造の研究をするまでは、私がしていたのよ?」
「そう…だけど…」
「そんなこと、とっくの昔に気づいていたわ」
「ええっ?!
じゃあ、どうして教えてくれなかったの?!」
「うぅん 教えたとしても、どうにもならないもの
女装剤とは、元々は男性に対しての魔法薬なの
女性である私に効果が無いのは解っていたわ
それに、ルーナがせっかくやる気になったのよ?
私にとって、これ程嬉しいことはないわ」
「そんな…今更…
ど…どうしてよおーー!!
どうして今更、そんなこと言うのよーー!!
もう、お姉ちゃんには時間が無いのよー!!
どうしてー!! どおおおしてえええーー!!」
「…ごめんね」
この夜、ルーナと姉の2人しか居ない部屋で、
一晩中ルーナの泣き叫ぶ声が止まなかった。
そして、翌朝…
「ごめんなさい…
ごめんなさい、お姉ちゃん」
「いいの…もう、いいのよ
これが私の運命だったのよ…ね?」
「すん…すん…お姉ちゃん…」
そして数分後、姉は静かに息を引き取った。。。
その日のうちに、ルーナの姉の葬儀が行われ、
翌日には、ルーナの両親の墓のある墓所に埋葬された。
それから数日間、ルーナは熱を出して寝込んでしまった。
そして結局は、ルーナも姉の後を追うように、
息を引き取ったのだった。
そしてその直後、日本から新鮮な魂が、
自称神様の力により、ルーナの抜け殻に憑依された。
だが、この村にはルーナが死んだことを知る者は、
誰ひとりとして居なかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第5話は、ルーナという人物の原点と、 なぜ女装剤にそこまで執着するに至ったのかを描いた回でした。 努力が必ずしも報われるとは限らない―― そんな異世界の残酷さを、あえて正面から描いています。
次回からは、いよいよ物語が本格的に動き始めます。 引き続き、お付き合いいただけると嬉しいです。




