(4)姉と女装剤
第4話は、ルーナが姉の命を救うための大きな挑戦に踏み出す物語です。
魔法と異世界の知識、そして女装剤という奇妙な発明が、希望と悲劇の交差点でどんな結果を生むのか――。
読者の皆さまも、ルーナと共に胸を熱くしながらご覧ください。
俺は、レオにポーションを渡してから、
ひとりで魔導書を読み漁っていた。
そして気がつくと、窓の外はもう暗くなっていた。
すると、暗くなると自動的に点灯するのか、
天井にぶら下げられていたランタンが光る。
「ん? ありゃりゃ もう夜になったのか
ラノベ以外で、こんなにも夢中に文字を読むことなんて、
初めての事じゃないのか?
あのランタン、魔法の道具なんだろうな
暗くなると自動的に光る設定のようだな」
なんて独り言を言って、夕食の準備に入る。
前世では、母親の代わりに料理をするのが当たり前だったため、
ちょっとした簡単な料理なら、俺にだってできる。
…が、ここは異世界である。
日本のように、スーパーやコンビニに行けば、
弁当や調味料が簡単に手に入る世界ではない。
「ははっ まったく、どうしろってんだ?」
この小屋には、魔法薬の精製に必要なハーブ類なら、
ハッキリ言って捨てるほどある。
でも、元のルーナには料理ができなかったのか、
それとも、魔法薬の精製に忙しくて、
自分で料理をする暇もなかったのか、
食材どころか、調味料なんて代物も、何一つとして無い。
今日一日、小屋から一歩も出ていないので、
他所の家の事情などは分からないが、
たぶん、冷蔵庫なる便利道具なども無いだろう。
だとして、もし食べ物が保管されているのなら、
ジャガイモや玉ねぎなどの、常温でしばらく保存できる物が、
小屋のどこかにあっても、おかしくない。
食べ物だけでなく、キッチンも無ければ、
水を溜めておく水瓶すらも無い。
最低でも水くらいは、生きるのに必要だろう。
なのに、まったく無い!
トイレはあった…
日本で言うところの、汲み取り式の”ボットン便所”だ。
「うぅわぁ~~~マジかよぉ~~~」
思わず、そう呟いた。
俺も昭和生まれのオジサンだ。
子供の頃に暮らしていたアパートは、
汲み取り式のボットン便所だったので、
しゃがんで用を足す経験はあるのだが、
水洗の様式に慣れてしまうと、
今更ながら、和式トイレはハードルが高い。
しかも、尻を拭く紙なども無い。
どうやって…???
まあ、そんな事は今はどうでもいい。
とにかく飯だ!
何日も食べていなかったようで、腹が減って仕方がない。
「見事に、何も無いな…
ったく、ルーナさんてば、いったい
食事をどうやって食べていたんだろ?」
…と、そんな時だった。
コンコン!
「おっ! 誰か来た? はーい!」
ガチャ…キィ~~~
「こんばんは ルーナさん!」
「?!…こんばんは」
…だれ?
見知らぬ女性がやって来た。
どうやら彼女は、ルーナをよく知る人物らしい。
見た目年齢としては、30代半ばってところか?
なかなかの、御美人さんである。
ってか、今日一日窓から見えていた人たちってば、
誰ひとりとして、ブチャイクは居なかった。
全員、美男美女!
これも、異世界あるあるだろうか?
昔、なにかで聞いたか、または読んだのか、
こんな話がある。
地球人を使った宇宙人、つまり創造主は、
生みの親である自分たちよりも弱く、
そしてブサイクに作ったと言う。
なぜなら、初めて作った地球人とは、
体も大きく力も強かった。
そして、魔法のような力さえ持っていたと言う。
なので、自分たちの立場が危ういと考えた創造主たちは、
一旦生み出した原初の地球人を天変地異で滅ぼし、
そして自分たちの存在を脅かさないようにと、
見た目も悪く、力も弱く病気や怪我をしやすい、
言えば、”不完全な知的生命体”を創造したと言う。
それこそが、現在の地球人の祖先なんだとか?
漫画やアニメで、聞いたような話だ。
なので、そんな事情なんて無いこの世界では、
美男美女ばかりであり、ついでに魔法まで使えて、
成長すれば、英雄や聖女にだってなれるのである。
もちろん、この時のルーナには、
そんな事など、知る由もないが。
ご美人さんが、ルーナに話しかける。
ま、ここは村だか町だか分からないが、
ルーナの小屋のご近所さんなら、
ルーナを知っていて当たり前だろう。
気安く話しかけてくるのは当然である。
だがしかし!
今のルーナである俺には、初めて見る人である。
どう返事をして良いのか分からない。
もちろん、名前なんて知らないので、
とりあえず、挨拶だけはしておく。
「あ、えっと…お世話になります」
「いえいえ! こちらこそ、今日はありがとうね!」
「え? ああ、ど、どういたしまして?」
「!…ぷぷっ! クスクスクス(笑)」
「…(汗)」
彼女が、何の事で俺にお礼を言ってくれるのか理解できない。
なので、返事も疑問形になるのは仕方がない。
だが、彼女からの次の言葉に、俺は衝撃を受けた!
「もう、熱は大丈夫なの?
お姉さんのとこ、残念だったわね」
「?!…お姉ぇ…ちゃん?」
「気の利いた言葉なんてかけられないけど、
あなたのせいじゃないわ!
どうか、気をしっかり持ってね?」
「…」
「!!…ルーナさん?」
「うっ…うううっ…」
ふと気が付くと、頬をくすぐる感覚を覚えた。
そして、急に視界が揺らめいてくる。
この時に俺は、涙を流しているのだと気づくのだった。
「ルーナさん うん うんうんうん!
我慢なんてしなくていいの!
思い切り泣いていいのよ?」
「ひっく! あうう~~~」
なんだ? なんなんだ?
この押し潰されそうな、とてつもなく悲しい気持ちは?
なぜなのか解らないが、どうしようもないほどの損失感。
大切なものを失った感覚?
これから何を励みに生きていけば良いのか。
前世での悲観なんて比じゃないくらいの、
生きる希望すら失ったかのような絶望感。
そう。それはきっと、ルーナが実の姉を喪った事での
悲しみの巨大な渦への失落感だろう。
それと、何をどうやっても拭いきれない自責の念。
病床に伏す姉らしき女性の姿が
ルーナの脳裏にフラッシュバックする。
その姿は、ルーナによく似た女性ではあるが、
痩せこけた頬で血色を失った顔には、
今にも消えてしまいそうな弱々しさを感じる。
そんな姉らしき女性の、細くなった手を握り、
生気を失い視点の定まらない瞳を見つめながら、
必死に声をかける様子が見える光景は、
きっと、ルーナ目線から見た、
ルーナの姉の最期の姿なのだろう。
やはり、この体には、元のルーナの記憶が残っていたのだ。
ルーナの中に、元のルーナの記憶が、
津波のように、押し寄せてくる。
そして、この時ルーナの意識は途絶えた。
バターン!
「いやあ! ルーナさぁん!?」
………
……
…
突然、視界が真っ暗になった。
しばらく、為す術なく戸惑っていると、
フワッと灯りが見えた。
景色が代わり、ルーナの姉らしき女性が、
ひとり小さな部屋で泣いている。
俺は、そんな姉を少し離れた位置で、
俯瞰するような高い場所から見下ろしていた。
「どうして? こんなにも愛しているのに!」
「しょうがねえだろ! 好きになっちまったんだからさあ!」
「なんて奴! ちょっと待ちなさいよ!!」
「そんな…待って!」
「もう、俺にはお前なんて必要ない
…じゃあな!」
「そんな…そんな…いやああああっ!!」
「お姉ちゃん!! アイツ…絶対に許さない!」
『なんだこれは?
俺は、いったい何を見せられているんだ?』
魔法使いのような格好をした男性は、
たぶん、ルーナの姉の元彼だろうか?
きっと、浮気でもしたのだろう。
なんとも、嘆かわしいものだ。
そしてまた、場面が変わった。
「ねぇ、お姉ちゃん?」
「ふうん? なぁにルーナ」
「お姉ちゃん、この頃急に痩せたんじゃないの?」
『は? この声は、俺の声?
ああいや、この娘の声
元のルーナの声なんだ!
じゃあこの映像は、ルーナの記憶?』
そうなのだ。
ルーナが今見せられているのは、
元のルーナの記憶だったのだ。
「う、うん ちょっと調子が悪くてね」
「…そう? 無理しないでね?」
「ん! わかってるわ」
「…」
この時、俺は漠然とした不安な気持ちに苛まれた。
きっと、この時のルーナの姉は、
酷い病に侵されていたんだ。
急激な痩せ方からして…がん?
この世界にも、がん(癌)なんてあるのか。
いや、あっても不思議じゃない。
たとえ、がんじゃなくても、それに似た病が
この世界にも、あったに違いない。
あくまでも推測だが、この世界は剣と魔法の世界。
病気怪我なんて、魔法に頼っていたのだろう。
だとしたら、医療なんて発達してはいないはず。
なら、がんのような病なんて、治せないのでは?
そう思ったと同時に、また場面が変わった。
一番最初に見た、あの光景。
病床に伏す、変わり果てた姉の姿だった。
「お姉ちゃん! しっかりして!」
「ひゅう…ひゅう……だい…じょうぶよ?
魔法をかけ続けたなら、きっと良くなるはずだわ」
「うそ!! どんなに魔法をかけたって、
ちっとも、良くならないじゃない!!」
「ふふふ そんな顔をしないでルーナ?」
「死んじゃいや! 死んじゃいやよ、お姉ちゃん!
私を、ひとりにしないでぇ!!」
その時、気づいた。
ルーナの横に、見知らぬ男性が立っていたことに。
そして、その男性が口を開く。
「もう、これ以上は私には無理です」
「そん、そんなあ?!
あなたは、宮廷魔術師なんでしょ?!」
「はい ですが、私の高位回復魔法ですら
何の反応を示さないとなれば、
あなたのお姉さんの病は、”命食い”かと」
「命食い?!」
”命食い”とは、この世界で言うところの”がん”の事である。
この世界では、怪我をしたら魔法や魔法薬で
治すのが一般的なのである。
なので、自然治癒なんて概念がないのだ。
病気の場合は、一応は回復魔法や回復薬を使うが、
がんのような病では、逆に活性化してしまうこともある。
したがって、”病気には魔法や魔法薬は効かない”
というのが、一般常識となっていた。
ましてや、元々医術の概念の無いこの世界に、
がん治療の知識などあるはずもなく。
だが、例外があった。
「ふふ…そうね なら、エリクサーを探して?」
「え? エリクサー?
どんな病気も瞬時に治せるっていう幻の秘薬?」
「ええ、そうよ
エリクサーさえあれば、私の病気だって治るはず」
「わかったわ!
私、エリクサーを絶対に見つけてみせる!」
そしてまた、場面が変わった。
ルーナは、半年間もエリクサーを探し回った。
その結果、王家に国宝として、
または、大貴族でも秘宝として、
隠し持っていることまでは突き止めた。
しかし、手に入れる事などできるはずもなく…
そこで、ルーナが注目したのが、”女装剤”だった。
元々は、女装剤の研究は、姉が行っていた。
ルーナ姉妹は、女装剤を開発した大魔女の子孫なのだ。
女装剤とは、本来は裏切った男性を戒める呪いの薬。
だが、呪いとは他に、どんな怪我も病気も治せる、
完全回復効果があるのである。
ルーナが考えたのは、女装剤から呪いを解除し、
完全回復効果だけを残すというもの。
それならば、エリクサーと同等の効果があり、
ルーナの姉の命食いだって治せるはず。
この日から、ルーナの女装剤の改造研究の日々が始まるのだ。
だが、それが悲劇への全ての始まりでもあった。
今回は、ルーナが姉の病を救うため、女装剤の研究を始める物語でした。
姉への愛情と科学(?)の力が交錯するルーナの決意、果たして未来はどうなるのか――。
次回も、異世界の魔法と冒険にどうぞお付き合いください。




