(3)男が触れてはいけない薬
五十路の俺が死んだら、なぜか異世界で魔女になっていた――。
しかも、神様は出鱈目。理不尽さ全開の異世界生活が、今日も俺を翻弄する。
今回も、元・オッサンの身体に残る魔女の本能が炸裂!?
魔法薬作りに大騒動、そしてレオの無邪気なトラブル……。
さあ、どんな騒動が待ち受けているのか。
「…それで? 結婚って、いつするの?」
「…」
レオは楽しそうに笑いながら言った。
俺は思わず視線を逸らす。
「いや、その…
そういうのは、もっと大きくなってからだな」
「えー? 前はいいって言ってたのにー」
「ほら、昨日は熱もあったし、色々…記憶がな」
「ふぅん…ちぇ~~~」
自分でも苦しい言い訳だと思ったが、
レオはあまり気にしていない様子で、すぐに話題を変えた。
「そうだ。それよりさ」
「ん?」
「母ちゃんがさ、ちょっと調子悪くて」
その言葉に、胸の奥が僅かにざわつく。
「いつものポーション、作ってもらえる?」
「え? お、おぅ…」
“いつもの”
その一言が、妙に引っかかった。
俺は、頷こうとして、一瞬迷った。
「…ああ。多分、大丈夫だ」
「へえ?」
理由は分からない。
やり方も思い出せない。
それでも、そう答える自分がいた。
俺は、まだ白い湯気が立ち昇る大釜の中を覗き込んでみた。
まだ熱そうだが、なぜだか薬草の類であろうと解る。
魔女としての知識も記憶も無いはずなのに、
体が覚えているとでも、言うのだろうか?
と、その時だった!
ピコン!
「うわあっ!!」
「えっ?! なに?」
「へ? へえ? ああいや、なんでもない」
「…ううん???」
不思議そうに首を傾げるレオに向かって、
俺は、そう言うしかなかった。
今、俺が何に対して驚いたのかと言うと、
大釜の中身を見た次の瞬間!
突然目の前に、”回復魔法薬 通称:下級ポーション”
と書かれた枠が、まるでPC画面のようにAR表示されたからだ。
『なんだよコレ?! AR表示?』(心の声)
「…?」
『うん? まだ、何か書いてあるぞ?』
俺は、AR表示されたポーションの説明文の下に、
まだ何か書かれている事に気づいた。
ソレは、AR表示された枠の下に隠れている。
俺は、ソレを読もうと、手で説明文を上へとスライドさせた。
するとそこには、こう書かれていた。
・⋯━━☆★☆━━⋯・
【状態 :精製直後】
【注意 :高温】
【推奨処置:自然冷却 約30分】
【効果効能:打撲・切り傷・擦り傷・噛み傷など】
【消費期限:300日 (魔導グラス製瓶使用の場合100年)】
・⋯━━☆★☆━━⋯・
『ふぅむ…冷やさなきゃいけないのか
ま、当たり前か
軽い傷程度なら、治せるって訳か
魔導グラス製瓶とは、なんだろうか?
ってか、最初は見たこともない文字だったが、
見た瞬間に日本語に変換されるところが、
まさに、異世界転生あるあるだな』
「……」
(もの言わずルーナを見つめるレオ)
今完成しうる下級ポーションでは、
軽い傷全般は治せるようだと解った。
だが、”消費期限”のところで、
なにやら意味深な内容が書かれていた。
また、初めは読めるはずもない見知らぬ文字だったのに、
目にした瞬間に、日本語へと変換されていた。
これは、魔法なのだろうか?
それとも、この世界の理なのだろうか?
どうも、あの出鱈女神の仕業のような気がしてならない。
うまく出来ているというか、
まったくご都合主義なことだ。
もし、地球にも自称神様が居るのならば、
この世界の神様を見習ってほしいものだ。
出鱈目な女神ではあるが、地球の神様のように、
少なくとも、やった後は知らんぷりはしないのだから。
地球を創った神様は、地球の理が如何に
無理ゲーなのかを理解して欲しいと思う。
ま、この世界に来てしまった今としては、
もう完全に今更な話だが。
俺は、なんとなくだが、
”魔導グラス製瓶”のところをタップしてみた。
「これは、なんだ?」
ピッ!…ブゥン!
「ほわあっ?!」
「はあっ?! 今度はなに?!」
「ああ、いや…」
「…ふぅん???」
俺は、横で訝しげに見つめてくるレオを無視して、
【魔導グラス】についての説明文を読んでみた。
・⋯━━☆★☆━━⋯・
【魔導グラス】
『魔導グラスとは、魔力により生成されたガラスであり、
設定された条件で魔力へと変換され、
大気中の魔力に拡散されて消滅する。
”魔導ガラス”とも呼ばれている、』
・⋯━━☆★☆━━⋯・
「ふぉおおっ?! すんげぇなあ!!」
「はえっ?! なに?! なんなんだよ!?」
「え、あ? あははっ! いや、コッチの話」
「んもお! なんだか今日のルーナは変だよお?
なんだか、大人と話してるみたいだしさ」
「大人だってばっ!」
「ふぅん おっぱいは、小さいのにね?」
「うっさいよ! バカッ!」
「っへん!」
『何を言い出すんだこの子は?
しかし、一々感の鋭いところがある子だな?』
「ぶつぶつぶつ…」
「…たははっ(汗)」
レオの吐く言葉には、毎度心臓に悪い。
いつか中身がオジサンだとバレるのでは?
と、ヒヤヒヤしっぱなしだ。
だが、そんな事よりも、今は”魔導グラス”に、
俺は興味津々であった。
なので、テーブルの上に乱雑に置かれてある
ガラス瓶に注目してみる。
思った通り、またAR表示されるのだった。
ピコン!
・⋯━━☆★☆━━⋯・
《ガラス瓶》
何の変哲もない普通のガラス製の小瓶。
・⋯━━☆★☆━━⋯・
「って、おい! 普通の瓶かよ!
期待させやがって…」
「え? な、何? ねぇ、何がぁ?」
「ああ、うん もう少し待ってくれ
まだ薬は熱いからさ…
このまま瓶に詰める事はできないんだよ
だから、薬が冷めるまで、待っててくれないか?」
「…わかった」
「…」
俺がそう言うと、レオはつまらなそうに下唇を突き出し膨れる。
俺も、薬が冷めるまで、魔導書に目を通して時間つぶしとする。
魔導書を、ペラペラとめくって見てみる。
「ふむふむ…回復薬…
ポーションの素材は、ヒール・ハーブの葉に、
虹のキノコに、ラベンダーに、甘い実に…
あと、塩コショウだってぇ?
なんとも、まるで料理みたいだな…」
「ふぅ~~~ん…」
「…」
魔導書を見ている横目で、レオの行動にも注意を向ける。
するとレオが、棚の奥の方にあった小瓶を手にし、
マジマジと見ている事に気づく。
…と、その瞬間だった!
ドクン!
「はっ?!」
その時、激しく俺の心臓が脈打った!
そして、小さな小瓶を手に持ち見つめているレオを見て、
視界が一瞬、波打つように揺らいだのだ!
「それに触るな!!」
「ひゃあ!!」
「それは、男のお前が触ってはいけないモノだ!」
「はあ? なんでだよ?
いいじゃあん! ちょっと見るくらい」
「ダメだ! いいから棚に戻すんだ!!」
「?!…わかったよ」
ゴソゴソ…
レオは、不機嫌そうに小瓶を棚に戻した。
しかし、なぜ俺はレオの持つ小瓶に対して、
あんなにも危機感を感じたのだろうか?
ハッキリ言って、レオの持っていた小瓶について、
俺には何の知識も無ければ、危機感の具体性も知らない。
とにかく、”男には危険なモノ”という認識が、
頭ではなく体で強く感じたのだ。
胸の奥が、ドクンと、一度だけ脈打った。
もしかしたら、この体には、
ルーナの魔女としての記憶が残っているのかも知れない。
あの小瓶の中身が何なのかまでは解らないが。
そして、ようやく30分が過ぎ、
俺は、大釜からしゃもじを使って、
小瓶に魔法薬を注ぎ入れる。
そして、コルク栓をして、レオに渡そうとするのだが…
「うむ もう、小瓶に入れても問題無さそうだな」
「できたの?!」
「ああ、待たせたな
まだ暖かいが、出来たてホヤホヤってことで」
「やっとかよ! ホント、今日のルーナは、
いつものルーナらしく、な…い…よ…なっ!」
ギュムッ!!
「きゃあはっ!!」
パリーン!!
「「あっ!…」」
なんと、せっかく出来上がったポーションの小瓶を、
俺は、レオのおバカな行動に驚いて落としてしまったのだ。
床に落としたポーションの小瓶は、無惨にも割れてしまう。
これは、レオが悪い。
だってレオの奴が、俺の尻を思い切り両手で掴んだからだ。
「あわわわわ…(焦)」
「なんて事をするんだ!
せっかく作ったポーションが台無しじゃないか!」
「だ、だって…(泣)」
「だってもヘチマもない!!」
「あう…」
しゅん…
「まったく…」
レオは、下唇を突き出して項垂れる。
目にはうっすらと、涙が滲んでいた。
自分でも悪い事をしたと認識はしているようだ。
叱られて、露骨に拗ねた表情をするレオ。
だけど、女の子のお尻を掴むなんて、そこはやっぱり男なんだな。
などと、考えていた。
だが、そんな風に感じはしたが、レオにお尻を掴まれても、
特に不快な感じはしなかった。
今の俺では、女の子としての自覚が、まだ足りないようだ。
「ほら!」
「ありがとう!」
パタパタパタッ!
ガチャ…パタン!
「ふふふ…」
俺は、レオに新しいポーションを渡した。
レオは、嬉しそうにポーションを持って、
小屋を飛び出して行った。
そんな無邪気なレオを見て、
やっぱり子供は可愛いもんだなと思った。
そして、先程のレオが手にした
謎の小瓶について気になったが、
なんとなく自分も触れてはいけない気がした。
だがなぜ、『男が触れてはいけない』
と、解ったのだろうか?
見たこともない薬なはず。
なのに、心の奥底から…
『これは、ダメだ!』
と、警戒レベルがMAXだった。
とにかく、そんなヤバいモノが小屋の中の棚に、
他の物たちと普通に置かれている事自体がおかしいのだ。
もっと厳重に保管するぺきである。
そう思った俺は、例の謎の薬の小瓶を棚から持ち出し、
そして、マジマジと見てみた。
特に、おかしな点はない。
品名などのラベルも貼られていなければ、
他に説明書らしきものも無い。
中身は、ピンク色の微かに光を放つ液体だった。
栓は抜いていないが、ほのかに桃に似た甘い香りがする。
そして、念の為に注視してみた。
AR表示された内容とは…
ピコン!
・⋯━━☆★☆━━⋯・
《女装剤(改良版)》
女性の敵である男性を戒める呪いの秘薬。
代々、レシピを受け継いだ魔女たちによって
改良に改良を加えられたもの。
本来は、術者の体液を混ぜて使用する。
対象者の男性に飲ませれば、対象者が術者以外の
女性に対して性的に興奮すると、対象者は女性へと
変身し、性的興奮が治まるまで元の姿に戻れなくなる。
効果は、対象者の肉体が滅するまで有効。
ただし、この改良版では、
呪いの効果は解除されてはいるが、
飲んだ男性が、女性へと変身する効果までは
解除できずに、未だに残されている。
また、エリクサー並の回復効果がある。
・⋯━━☆★☆━━⋯・
と、書かれていた。
まるで、他人事のような文面だった。
俺は、とんでもない代物だと感じて手が震えた。
先程見つけた、『鍵付きの宝箱』みたいな箱に仕舞って鍵をかけた。
そしてその時、何かが変だと感じた。
直接手に触っても、特に何も感じないのに、
気持ち的には…
『ヤバい! ヤバい! マジこれ、ヤバい!』
理由は分からない。
でも、レオを含む男性たちには、
絶対に触れさせてはいけないとだけは分かった。
この現象は、肉体は女性だが、心は男性なので、
体には異変が無くても、心には異変が起きた…
とでも、言うのだろうか。
「…ふぅ」
鍵をかけた箱を見つめながら、
俺はもう一度だけ、深くため息を吐いた。
あれだけは、男が触れてはいけない。
今回は、魔導グラスや下級ポーションの知識が突然出てきたり、
男には触れさせてはいけない秘密の薬が登場したりと、
ルーナとしての能力と本能が少しずつ明らかになりました。
次回も、レオとのやり取りや魔法の不思議に、ドタバタと巻き込まれていきます。
「中身はおっさん、でも魔女!」の不思議世界をどうぞお楽しみに。




