(2)出鱈女神(デタラメガミ)と、俺の名前はルーナ
※この物語に登場する神様は、
私たちの想像する「ありがたい存在」とは、
少し……いえ、だいぶ異なります。
高次元の理屈は低次元には理解できません。
そのため主人公は、
「よく分からないものは、よく分からないまま受け取る」
という姿勢で話を進めております。
ご了承ください。
俺は、俺の…いや、この体になる前の記憶を思い出そうとしていた。
………
……
…
俺は、職場の上司に電話をしていた。
「君の抜けた穴を埋めなければ、コチラとしても仕事にならないんでね。
もう君の代わりは居るから、一身上の都合ってことで退職願を出してくれよな!」
「そう⋯ですか わかりました。
今まで、お世話になりま…」
「はいはい ま、そう言うことで」
ブツッ!
「あっ! ちょっ…はあ~~~」
ピッ!…
俺は、スマホの通話終了ボタンをタップする。
「ふう…やっぱり、そうなるか」
俺は、五十代男性。
障害のある人たちの介護などをする通所施設のスタッフとして働いていたが、施設側と一部の利用者の親族との間には、どうしようもないほどの隔たりがあるようだ。
理不尽とも言えるほどの、まるで奴隷のような扱いに憤りを感じていた。
『介護職なのだから、やって当たり前』
と、言うような考え方なのだろうか?
もちろん、そんな人ばかりではないが、今の俺は…
『こんなはずじゃなかった…』
なんて言葉が口癖になっていた。
福祉の仕事は、人に感謝される仕事だと思っていた。
それに、人の力になれる、やり甲斐のある仕事だとも思っていた。
でも現実は、そんな理想とは程遠いものだった。
俺は心身ともに、日に日に疲弊していった。
そのせいで俺は2週間も仕事を休んでしまった。
やっと床から起き上がれるようになり、そろそろ仕事に復帰しようかと上司に電話をしたら、こんな事になってしまった。
結局俺は今の職場にとって、取替の効く程度の歯車のひとつにすぎなかったってことだ。
絶望に打ちのめされた俺は、自分の家の自室の敷布団の上でへたり込み、スマホの画面が消えて真っ黒になるまで、ただただ呆然とスマホを見つめていた。
「…今日から無職か。
さて、特に腕や頭に覚えの無い俺って、これからどうしたものかな」
俺は、五十を過ぎた今でも母親と実家暮らし。
父親は、もう10年以上も前に病気で他界。
妹も居るのだが、足が生まれつき悪く車椅子生活である。
そればかりか双極性障害という精神的な病もあって、精神科を入退院を繰り返している。
なので、1年のほとんどが年金生活の母親との二人暮らしだった。
福祉の仕事も、障害を持つ妹が居たから就いた仕事だった。
その後の俺はというと、ときどき発作的にパニックに陥り、ハロワにも行けずじまいで仕事を見つけることなどできなかった。
仕方なく精神障害認定を受けて俺も年金生活となってしまっていた。
『そうだった…
俺は無職となり、これからの人生に絶望したんだっけ』
すると、視界が明るくなり、空から魔女の帽子が降ってきて…
「はっ?! なんだここは? え? ええ?」
俺は、キョロキョロと周囲を見渡してみる。まったく何にも無い。
大地なのか床なのか分からないが、足元には立てる足場があるのは分かるが空が無い。
太陽も無いのに、なぜか明るい。
それに、足場と空との境界線も無いし、青い空も雲も無ければ、地平線すら見えない不思議な真っ白な空間だった。
「おいおい、また変な夢だなこりゃ…」
すると今度は、いきなり女性らしき声が聞こえたのだった。
いや、聞こえたという表現は正しくない。
直接頭の中に響くというのが正解だろうか。
『おやおや、死んでしまうとは情けない』
「はっ!? 死んだ? お、俺が?!」
『そうです。あなたは自分の部屋で寝ている時に、急性心不全によって死んでしまったのです。』
「いやいや、待ってくれ! 死んだって、それどういう事ですか!
心不全? 俺には心臓に疾患でもあったとでも言うのですか?
ってか、あなたは誰ですか! ここは何処なんですか?
さっきまで自分の部屋だったのに、母さん⋯俺の母親はどこ?
なんで俺は、今ここに居るんですか?」
『でもあなたは本来、この日に死ぬ予定ではありませんでした。』
「はい? 死ぬ予定? 意味が分かりませんってぇ!!」
『なので、これからあなたには、地球とは別の世界、つまり異世界へ転生してもらいます。』
「はあ?! ほおらきたよ! やっばりこれは夢だな。
俺が日頃、異世界転生ものの漫画や小説ばかり好んで見てるからって、この状況テンプレすぎるだろ!
そんな事より、俺の母親はどうなるんだ?
入院している妹は? 俺が居なきゃ、俺の家族が困るんですよ!
転生なんかいいですから、元の世界へ戻してくれませんか!」
『いえ、転生というよりも、転生先の世界に元々ある死んだ直後の体に”憑依する”という方が適当でしょうか?
では、用意はいいですか?』
「人の話を聞けよ!」
その声は、慌てる俺に構わず事務的に話を進めようとする。
俺の質問には答えないと言うか、
俺の今のこの状況に対して、説明をしたがらない様に感じた。
正直、異世界転生には憧れもあるし嬉しくも思う。
でも、現実にとなるとそれでは困る。
俺には家族が居る。年老いた母親と障害を持った妹だ。
俺が居なきゃ何も出来ない2人だ。
だから俺が今、異世界へ転生(憑依)してしまっては、
残された2人が心配でならないのだ。
なので俺は、その事を声に向かって、
通るかは分からない要求をぶつけてみた。
「ちょっと待ってください!
俺が居なきゃ残された家族が困ってしまうのです!
だから、できることなら生き返してくれませんか?
年老いた母親に、足に障害がある妹なんです!
そんな2人を見捨てて、俺だけ異世界になんて行けませんよ!」
『ああもう、ペチャクチャと煩い精神体だね?』
「…は?」
その声は、なんと返事をしたのだ。
ちゃんと俺の話は、聞こえていたようだった。
「なんだ、返事できるんじゃないですか?」
『まったく…二つ返事で了承してくれれば良いものを』
「んなっ?! ちょ、酷くない?
それより、あなたはだれですか!
もしかして神様とか言いませんよねぇ?」
『ううむ…あなたの世界の感覚で言うならば、
”神様”と呼ばれることもありましたね。
という訳で……はい! 私は神様ですよ!』
「なんだそりゃあ?!
うっわ~! マジで神様だったのかよ?!
だったら、その神様とやらの姿を見せてくださいよ!」
『でも厳密には、地球人の定める、
”宇宙文明の発展レベル”で言えば、
”タイプ4の銀河団の全エネルギーが
利用可能レベルの高次精神体”
というべきな存在でしょうか?』
「………はぁい?」
なにやら訳の分からない言葉が出てきた。
俺は、自称神様の話が理解できないまま、
ただ聞くしかなかった。
宇宙文明の発展レベル? 銀河団?
全エネルギー? こーじせーしんたい?
言葉の意味は、まったく分からないが、
とにかく、”凄そう”なのは解った。
「なんか凄そうっすね…」
『凄いのです!』
「はあ…そうっすか」
『私たちは、物質的な肉体を持ちません。
なので、今あなたに私の姿をお見せすることはできません。』
「すみません。 よく分かりません…」
(棒読み・某スマート音声アシスタント風)
『どうしても見たいと言うのなら、
ご自分で私の姿をイメージしてください。』
「!…なるほど」
俺は、自称神様のイメージを思い浮かべてみた。
すると…
「ふぁい?! スケバン・コップ?!」
『…』
俺の目の前に現れたのは、
俺の好きだったアクション学園ドラマの、
”3代目スケバン・コップ”だった!
非公式ではあるが警察組織の手先として、
オモチャを飛び道具の武器として悪の組織と戦う
セーラー服姿の美少女である。
「はわわわわわ…(赤面)」
『なにか問題でも?』
「いっ…すごくいい、いや、いえ!!
なんでもありませんです! はい!!」
どうやら自称神様には、
スケバン・コップについての偏見は無かったようだ。
自称神様は、焦る俺に構わずに話を進める。
『今現在のあなた方地球人は、
”タイプ1の惑星の全エネルギーが利用可能レベル”
にまでは、まだ達していないようですね?
だから、私の話が理解ができないのでしょう。』
「ずびばぜん。 ぜんぜん分かりません…」
『とにかく私は、あなた方地球人をつくった者たちを
つくった存在だと言うことです。』
「とぅいまてん。 やっぱり分かりません…」
そんな話を、自称神様から聞いたのだが、さっぱりワケワカメだった。
なので、自称神様の説明からザックリと無理やり納得するしかなかった。
要約すれば、たまたま地球で心不全により死んだばかりの俺の肉体から抜け出た精神を、たまたま異世界で精神崩壊により死んだばかりの新鮮な肉体へ、たまたま年齢が同じだったので、何かと適応できたとのことで、自称神様の力で俺の精神を無理やりぶっ込んだという訳だった。
『理解しましたか?』
「はい! 無理やり理解しました!」(嘘)
俺は、これ以上は自称神様の話しが理解できそうもないので、
解ったふりをして、敬礼してそう言った。
だがその時、どうでもいい事だが、
自称神様の名前が気になった。
そこで、名前を聞いてみた。
「ところで、神様には名前があるのですか?」
『はい。ありますよ? 神様ですよ?』
「……いや、あの、ですからね?
その神様の名前を聞いているのですよ!」
『はい。ですから、神様でますよ?』
「…………だから、名前ですよ!
な・ま・え・ですってばぁっ!!」
『はい。で・す・か・ら・神様ですよ?』
「ああもおっ!!
だぁ~かぁ~らぁ~~~!!」
なぜ、名前を教えてくれないのか?
もしかして、名前を言えない理由でもあるのか?
今まで話してきて感じたのだが、昔ネットで流行った
”お返事掲示板”に書き込んでいるような感覚?
投稿された文章によって、予め用意された返事を、
自動的に答えてくれる掲示板であった。
だが、よく出鱈目な答えが返ってくるので、
話しが通じないのは仕方ないが。
まさに、この自称神様も、そんな感じがしだ。
どうやら、この自称神様は、
都合の悪いことは話したがらないのか、
それとも次元が違うせいで、話しが通じないのか。
出鱈目な返事しかしないから、出鱈目な女神様で、
”出鱈女神”だな。
「では、今後あなたの事を、
出鱈女神と呼ばせてもらいますね!」
『そうそう!
あなたにもう一つ伝えなければならない事があります。』
「ほおら! やっぱり聞いてないよ!
出鱈女神で決定だな!」
『ついでに、あなたのお母様と妹様の精神も、
異世界へ転生という形で移しておりますので、
あなたが地球に残してきたという、
お二人の事は心配しなくても良いのですよ?』
「なんだか分かりませんが、そりゃあ良かったです、はい!」
『はぁ~~~い!
では私は、他にやる事かありますので、
これにて失礼しますね!』
「え? あ、はい。 ありがとうございました…」
………
……
…
なんて事があったのを、今思い出していた。
そして、ベッドの上で目が覚めて、今この状況となっていた。
「…さん! 魔女さーん! ルーナさん!!」
「へっ?! あ、はい!」
気がつくと、小屋の入口前に立っていた。
そして、急に押しかけてきた少年から、こう言われたのだった。
「え? る、るぅ~~~な さん?」
「うん! ルーナさん!
魔女さんの名前は、ルーナさんだよね?」
「え? あ、ああ、うん! そ、そうだよね?
そう! 俺の名前は、ルーナ…
って、はあーーーー?!
俺の名前がルーナだってーー?!」
「うわっ! うるさいよ!
なんなんだよルーナさん!
今日のルーナさん、なんだか変だよお?」
「ふぇ?! あははっ! いやいやいや…
そんなこと、ないぞ、ないわ…よ?」
「…ふぅん 変なの?」
「あはは…あはははははははは…」
しかし、普通に日本語で話せていると、
ここでようやく気づく。
ここは、日本ではないのは確実だ。
目の前の少年も、決して日本人には見えない。
赤でも茶色でもなく、褐色というのか。
こんな髪色の人なんて漫画アニメでしか見たことがない。
当たり前かのように日本語で話すところは、
異世界転生ものの、あるあるである。
それより、とにかく今のこの状況をクリアしたい。
俺は、その場しのぎに何か言おうと思うが、
何も適当な言葉が思いつかない。
仕方なく、ただ笑って誤魔化すしかなかった。
すると少年は、鼻がくっ付くくらいに顔を寄せてきて、
俺の目をジトーっと見つめてくる。
「な、なんだよ?」
「それより、もう熱は下がったみたいだね?」
「熱ぅ? 俺が?」
「ふぅん 何日も前からすごい熱が出たって…
あれえ? ルーナさんってば、
自分のこと”俺”って呼んでたっけ?」
「う、うん! そう! そうなのよぉ~
あれからもすんごく熱が出ちゃって…
だからさあ、今は記憶が曖昧って言うか…」
「へえ…じゃあ、俺の名前は覚えてる?」
「?!…ええと…
すみません。 分かりません…」
「ええ~~~ひっどぉーい!!
俺の名前は、 レオだよお!!
ホントに忘れちゃったのお?!
大人になったら結婚しようって言ったじゃあん!!」
「レオ?! ああ、そうそう!
そうだったわね! レオ君ね! 覚えたわ!
って、けっこおーーーん?!」
「言ったあー! 絶対に言ったあーー!!」
「…」
”結婚”って、なんだそりゃ?!
前世では、独身のまま終わってしまったのに、
今世では、女として野郎と結婚?!
結婚したいほどレオが好きだったのかも知れない。
だが今の俺には、ルーナとしての記憶は何ひとつ残ってはいなかった。
近所の綺麗なお姉さんに恋してしまう
まだ幼い幼児に対しての、
その場しのぎの社交辞令的な、
よくあるそんな話じゃないのか?
仮に本当だとしても、今のこの体の中身は、
元五十過ぎのオッサンだぞ?
小学生ほどの男の子を相手に可愛いとは思うが、
好きとか結婚とか、正直勘弁してくれ!
この少年の名前は、”レオ”というらしい。
見た感じ強気な負けん気で、
俺の体の元の持ち主とも仲が良かった様子が伺える。
冗談も言える仲なのだろうか?
でも、そんな事さえも許せてしまうような、可愛いお子ちゃまだ。
それはさておき、レオはルーナについて、
どれほど知っているのだろうか?
ルーナの情報について、どうやって聞き出せば良いのか?
今のこの状況からして、俺が元のルーナではないことを、
レオに悟られるのは危険かも知れない。
やはり、熱が原因で記憶が無いことを押し通すしかないのでは?
だが、今の俺にとって頼れるのは、
この少年しかいなかった。
いかがでしたでしょうか。
神様の説明がよく分からなかった方、
それで正解です。
これは「理解できない存在と出会ってしまった物語」であり、
主人公ルーナも、読者の皆さまと
ほぼ同じ立ち位置に立っています。
次回から、ようやく世界が少しずつ動き始めます。
……たぶん。




