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Black Dress

作者: 羽月凛音

「あのね、エレーナ。」


「なんですか、セレンお姉様。」


「私ね、ゲイルと結婚することになったの。」


私はこの一言を聞きたくなかった。

密かにずっと想っていた人が姉の夫になるなんて。

知りたくもなかった。


だけど私は隠すの。

自分の気持ちも、この複雑な感情も。

だって、愛するお姉様と自分が初めて愛した人のためだから…


「そうなのね…おめでとう…!お姉様…!」


「ありがとう、エレーナ!」


気を抜けば今すぐにでも流れそうな涙を堪えながら、私はお姉様の抱擁を受け入れる。

本当に幸せそうで…嬉しそう…


羨ましい…

そう思ってしまうのはダメなことかしら。


ロデスティア家という貴族の家で育った私たち。

セレンお姉様は頭も良く、美人で、性格もいい。

私は地味の一言で終わらせられる容姿と取り柄といえば自分で言うのもどうかと思うけど性格と何に関しても好奇心旺盛なところだけ。姉妹でも違うの。

似てるのは性格だけ。


そんな私たちには二人の幼馴染がいる。


それがアルディク公爵家のゲイルとランス兄弟。

二人とも顔が良く、性格も良くて、女性からよく迫られるほど人気のある幼馴染だ。


ゲイルは剣術が得意で、国一番の実力者とも言われ、この国の次期騎士団長になるという噂が流れている。

弟のランスは頭が良く、分野関係なく得意で最近は薬学を勉強している。この兄弟の似ている点は優れた容姿と性格、そして二人揃って何かしらの才能の持ち主だというところだろう。


そんな私たちは幼少期からずっと一緒にいた。

遊ぶときも、勉強するときも…

ずっと一緒だった。

お姉様とゲイルは同い年。

私とランスが同い年。

だけど差は二歳しか離れていなかった。


だけど…その二歳の差は大きかった。


二歳も離れていれば勉強が違う。

勉強しているとき、一緒にいたというのは空間だけ。詳しく言えば、私はランスと二人で一緒に勉強をしていた。その間、お姉様とゲイルは私たちから少し離れた場所で勉強をしていた。二人がどんな会話をしていたかなんて知らない。だけど、勉強の話だけじゃないのは分かってた。お姉様がゲイルと笑い合う姿を何度も見ていたから。そして……


お姉様の横顔を…顔を赤くしながら微笑むゲイルの姿を見ていたから。


私がゲイルに恋したのは出会って間もない頃だった。幼少期から好奇心旺盛な私はよく一人で誰にもバレないように家を抜け出し散歩に行っていた。当時七歳。家から近い距離ならすぐに帰れる、だから大丈夫だと自信があった。もちろん、家には毎回普通に帰れていた。


だけど、同じように散歩に出たある日。

私は一羽の鳥を見つけた。

それも空を軽やかに飛ぶ綺麗な青い鳥を…

まるで本に出てきそうな青い鳥だった。

好奇心旺盛な私は当たり前のようにその鳥を追っていた。後のことを全く考えずにね。


空を飛んでいる青い鳥。

当たり前だけど見失ってしまう。


「…鳥さんどこ…?」


周りを見渡しても鳥の姿はない。

それに私はどこか遠くの場所に来てしまったみたいに、知らない草原に出ていた。


「…ここ…どこ…?」


周りには何もないただの草原。

遠くに見える住宅街。

鳥を追っていた私は夢中になっていたせいで知らない遠くの場所まで来てしまっていたのだ。


「…お父様…!お母様…!お姉様…!…うぅ…ひっ…」


涙が溢れ、ただお父様たちのことを呼んでいた。だけど、こんな草原に人がいるわけもなく、どうしていいか分からない。それに頭の中は混乱し、もう二度とみんなに会えないのではないかと思った。そう思えば思うほど涙が止まらなかった。


そんな時だった。

私にヒーローが現れたのは。


「エレーナ…!?」


「…ゲイル…」


声の方を振り返ればそこに居たのは当時九歳のゲイルだった。どうやらゲイルは勉強に疲れ逃げ出したところ、ここまで来たら偶然私を発見したらしい。


「なんでこんなところまで…一人できたのか…?」


私はゲイルが来てくれた安心感から涙が止まらなかった。だから私はゲイルの問いに頷くことしかできなかった。


「ダメじゃないか。一人で来たら…みんな心配するだろう…?」


「…ごめん…なさいっ…」


分かったならいいんだと言って頭を撫でてくれたその手が大きくて…強く握った手がすごく温かくて、私の前を歩いて手を引くその背中が大きくて…

その日からだった。

私がゲイルを好きになったのは。


家に戻れば怒られたのは今でも覚えてる。

だけどそれよりもゲイルのことが頭から離れなかった。私もゲイルみたいに、人を助けたい。

そう思ってた。


でもそれって、ただの憧れだったと思う…?

私は違うと思う……そう思いたい。

もちろん憧れもあった。

だけど、助けてくれたゲイルに胸が高鳴ったのを今でもよく覚えてる。それに、それは成長しても変わらなかった。


十四歳になった私とランス。

十六歳になったお姉様とゲイル。

同じ空間で勉強しているけれど、勉強する席はいつも通り離れている。


「…なぁ、エレーナ。」


「なに〜ランス。」


隣同士で勉強する私とランス。

そんなランスに話しかけられた私は呑気に返事した。


「よく飽きないな。そんなに兄様がいいのかよ…」


「…うん…かっこいいもの…」


呆れたようにランスに言われた。

それもそのはず。

私はよくランスに聞いていた。

ゲイルの好きなタイプ、好きな料理、好きな紅茶。それ以外にも色んなゲイルのことについて聞いていた。呆れられるのも当たり前だよね。


私はゲイルの隣に立つことを夢見ていた。

ずっと…昔から…

ヒーローのように現れたあの時から。

ゲイルの好みになりたくて…沢山努力した。

綺麗な女性が好きだということを知ってからは痩せすぎないように少しだけダイエットをした。料理の得意な女性、キッシュが作れる女性が好きだと知ったから練習して苦手な料理も出来るようになった。女性から人気のあるゲイル。彼を好きな他の人に負けないように沢山努力したよ。


「そんなに好きなら早く想いを伝えればいいじゃないか…」


「まだダメなの。ゲイルの横に立てる素敵な女性になれるまではまだね。」


「お前は十分…素敵だよ。」


「ん?なんか言った?」


「いや、別に。早く続きの勉強やるぞ。」


何か言われた気がするけど…気のせいだったのかな…


私の努力は全部、全部、ゲイルのためだった。

いつでも、彼の隣に立てるように。

彼の隣に相応しいと思われるように。


だけど、そんな努力は意味がなかったんだ。

そこから約三年が経ち、まさか今日お姉様の口からゲイルとの結婚を聞くだなんて。想像もしていなかった。


私は自分の部屋に帰って鍵をかけた。

そして枕に顔を埋め子供のように泣いた。

悔しかった。私は七歳の頃から好きだったのに。

お姉様には敵わなかった。


いつからお姉様はゲイルのことを好きだった…?


いつからゲイルはお姉様のことが好きだった…?


でも、なぜか納得してしまった。

ゲイルの好きなタイプは綺麗な人。

お姉様は美人で本当に綺麗な人。

ゲイルは料理が得意でキッシュが作れる女性が好き。

お姉様は料理が得意でキッシュが得意料理。


全て…全て…お姉様だった。

ランスが聞いてくれたゲイルのことは全部、お姉様のことだった。私はそうとも知らず、十四歳から知った彼の好みのタイプになろうと十七歳までの約三年間も努力した。でも、その時間は無駄だった。

どう頑張っても、彼の隣に立つのは私じゃない。

お姉様だったんだ。


私はお姉様から結婚を聞かされた後から二日間、体調不良を理由に食事を取らなかった。何も喉を通らなかったから…


だけど、お姉様を恨んでいるわけじゃない。

お姉様は大好きなの。

すごくすごく大事で本当に幸せになってほしい…


だからこそ、複雑なんだ。

自分の愛する人が自分の愛するお姉様と結婚することが。


報告されてから三日後の午後13時。

私の部屋の扉がノックされた。


「エレーナ、入ってもいい?」


「うん…!」


隠さないと…この複雑な感情を…


「体調はどう…?大丈夫?」


「うん…大丈夫。ごめんなさい、心配をかけて…」


「いいのよ、エレーナ。」


お姉様は優しい。

私は体調不良を偽っていた。

隠したかったから。感情の全てを。

そんな私を本当に体調不良だと思ってすごく心配してくれていた。優しすぎるんだよ…お姉様は。だけど、そんなお姉様から私は大好きなんだ。


「ねえ、エレーナ。今からドレスを見に行かない?ゲイルと約束したの。ドレスを見に行こうって。ランスも来るの。どう?来ない?」


選んだドレスはきっと、結婚式かその後のパーティーで着るものだろう。行けばそれを選んでいる姿を私は見ることになる。だけど、行かなければきっと、お姉様は悲しむ…そんなことはしたくない。


「行くわ…!お姉様のドレスを選ぶんでしょ?そんなの、妹の私は絶対に行かないと…!」


「ありがとう、エレーナ!でもね、私のだけじゃないのよ。エレーナのドレスも見るの。」


頭にはハテナが浮かんだ。


「どうして…私のドレスを…?」


「当たり前じゃない…!式とかパーティーにも出席するのだから…!三着ぐらいは買っておかないと…!」


そう言って私の手を引いて外へ連れ出された。

夏が終わり秋になったばかり。暖かな日差しに涼しい風。この気持ちがいつか晴れることはあるのかな…


馬車にはすでにゲイルとランスが座っていた。

お姉様はゲイルにエスコートされ隣に自然と座った。その姿、ゲイルのその行動に胸がチクリと痛む。


私はランスにエスコートされそのままランスの隣に座った。私の目の前にはお姉様。右斜め前にはゲイル。なんとも言えなかった。

二人が仲良さそうに話している。

今まで何度も見ていたその光景。

だけど、今はその光景が苦しくて仕方がない。

私はなんでここに居るんだろう。


“出会わなければよかった”


そんな考えてはならないことを一瞬考えてしまった。窓の外を眺めながら黙っているとゲイルに心配をされる。


「どうした、エレーナ。何かあったのか?」


「ううん…違うの。まだ身体が怠くて…」


「大丈夫か?来ない方が良かったんじゃ…」


「大丈夫。お姉様のドレスを私も選びたいから。」


「そうか…!エレーナならきっとセレンに似合うドレスを選んでくれるだろうなぁ…」


「もちろん…!セレンお姉様の妹だもの…!」


自然と会話は出来ていた…はず。

でも、やっぱりズキズキと胸が傷んでいた。

私のこの感情を知っているのは隣にいるランスだけ。そんなランスは今、こんな私をどう思っているのだろうか…惨めだと思われている気がする。成長していくにつれて口が悪く冷たくなっていったランス。

そんな彼なら惨めだと思われ、そう言われそうだ。


そうこうしているうちにお店へ着いた。

私たちはお店に入り、店内に並べられた沢山のドレスを眺めた。大体百着近くはあるだろうか。華やかなものからシンプルな物まで幅広い。これだけあるなら選ぶ時間はかかるはず。


「エレーナ。あなたは自分のを選んできなさい。」


「…どうして…。私もお姉様のドレスを選びたい。」


「ダメ。私は自分で選ぶから。それにゲイルも選んでくれるから…ね?」


お姉様に言われたら仕方ない。

多分、ゲイルと二人になりたかったんだろう。


「…分かった…選んでくるね…。」


「うん。一着は着て帰るからね。」


「分かった…」


一着は着て帰るって…

だからお姉様は三着って言ったんだね。

着て帰るから。それはそうか。

式とパーティーだけなら二着でいいし、それに家には何着かドレスはあるから。


「おい、エレーナ。行くぞ。」


「う、うん。」


ランス…背が高くなったなぁ…

三年前ぐらいまではまだゲイルの方が背が高かったのに…今ではゲイルよりも背が高い…

180cm以上はある気がする…

それに体格も違う。

ゲイルはやっぱり剣術をしているからよく鍛えてて筋肉がある。割と服で隠れているものの最近は少し隠れてない気もする。それとは反対でランスは鍛えることはたまにしかしてないらしく、細い。筋肉があるのはあるけれど全く気づかれないタイプ。幼馴染だから分かるんだね。そんな小さな変化にも。


私はドレスを眺めた。

どれがいいかな…

どれが私に似合うんだろう…

私にドレスなんて似合うのかな…

なぜか自身が無くなっていく。

失恋したからかな。

もうどうしようもないのにね…

分かってるよ…そんなこと。


「エレーナ、選ばないのか。」


「…ねえ、ランス。私にドレスなんて似合うのかな…」


なんでそんなことをランスに聞いたんだろうか。私には分からない。ただ自然と口にしてた。


「全部似合うだろ…。お前なら。」


「……。ありがとう…」


彼のその言葉にランスの顔を見た。

だけどその表情はなにも変わらない。

これがもし、私に恋してくれてる人なら…

きっと顔を赤らめて言ってくれたんだろうか…


私がそんな質問をしたのは自分を慰めてほしかったのかもしれない。自信の無くした私を元に戻してほしかったのかもしれない。これは私の身勝手な質問で、それにわざわざ答えてくれたランスは最近冷たくても心は温かい。ランスが温かい人間だなんてずっと昔から知ってる。今更だったね。それを知らずに他の女性たちはみんな顔と真面目な性格なだけでランスを好きだと言ってる。


もっとちゃんと見てほしい。

ランスのことを。


「…お前、辛いんだろ。」


「…なにが。」


「なにがって。あの二人のことだよ。お前、兄様のことが…」


「やめて…」


私はついそう言っていた。

「やめて」

これが私の最大の答えだった。


「…悪い。」


「…いいの。気にしないで。」


私はまた目線をドレスに戻す。

どれが良いんだろう…


「エレーナ。」


「どうしたの?」


顔を向けランスを見る。

すると一つ言われた。


「式とパーティーで着るドレスを俺に選ばせてくれないか…?」


「ランスに…?」


「ああ。」


断る意味が何も見つからなかった。

どうせ私は自分では見つけられないだろう。

だから私は素直にランスに任せることにした。


「じゃあ…お願い。」


「選んでくる。」


私のそばからランスは離れドレスを選びに行った。どんなドレスを選んでくれるのだろうか。少し気になる。きっとランスのことだから真面目に私に似合うドレスをちゃんと選ぶはず。ランスのセンスは分からないけれど、彼の選ぶドレスなら着たいかも…なんて思った。


私は一着、着て帰るドレスを選ばないとね。

そんな私の目に入ったドレスが一着あった。

私の目からそのドレスが離れない。

魅力されていくの…

そのドレスに。

そしてそれとセットになった靴に…


私はこの一着のドレスと靴を買うことにした。


「ランス、私、決まったから。着てくるね。」


「ああ。分かった。」


私はそれだけ伝え選んだドレスと靴を手に取る。そしてそれを手に取れば試着室へ入った。


試着室の鏡を見ながら考える。

このドレスでいいのだろうか。

私に似合うだろうか。ただ不安だった。

だけど、私が決めたものだから…

後悔はしない…


それにこのドレスを選んだのは大きな意味があるから…


私はその着ていたドレスを脱ぎ、選んだドレスに袖を通した。そして選んだ靴を履いた。


「似合ってる…のかな…?」


似合ってるのか、似合ってないのかなんて自分では分からない。だけど、そんなことよりこのドレスを選んだ意味が重要だから。


「エレーナ!選んだのでしょ?着たなら、早く出てきて見せて!」


私はお姉様に言われた通り試着室から出た。

すると、そのドレスを見たお姉様たちは目を見開いていた。


「エレーナ…なんで…なんで…黒のドレスなんて…しかも黒いヒールの靴…」


「どうしたんだ…エレーナ…」


お姉様もゲイルも私を心配している。

何か心を病んだんだろうか、やっぱり体調が良くないのだろうか。そう考えているんだろう。

でも、ランスは何も言わなかった。

見たときは目を見開いていたものの、すぐにいつも通りのランスに戻った。


それに…私はこのドレスを選んだ理由がある。

大きな理由が。


「私は黒が好きなの…何かがあったわけじゃないから。心配しないで…!」


そう言って笑えば、なんとか納得してくれた二人。


お姉様、ゲイル。ごめんなさい。

このドレスを選んだ本当の意味は言えないの。

だってこのドレスを選んだのは二人のためだから。


ゲイルへのこの想い。

この全てを永遠に秘密にするために。

その意味を込めて選んだの。


こんなの言えるわけないじゃない。

二人のためだから…


お姉様もどうやら決めたらしい。

試着室から出てきたお姉様はすごく綺麗だった。

薄いピンク色のドレス。袖はレースで透けていてお姉様の白い肌がそのドレスによく合っている。靴は白のヒール。ドレスとの相性もピッタリ。

ほんと…私とは大違いのドレスだ。


私たちは会計を済ませ、店を出れば馬車へ乗り家に帰った。どうやら式とパーティーは一週間後らしい。

一週間なんてすぐだ…そうすれば、もうゲイルはお姉様のもので、お姉様はゲイルのものだ…この複雑な感情もあと一週間で終わりだ……


そして馬車を降りる前、ランスに言われたの。


「…一週間後。お前に話しがある。パーティーではリボンの付いたドレスを着ろよ。」


「……?分かった……」


リボンの付いたドレスか…

私に似合うのかな…そんな可愛らしいドレス。

私はランスがどんなドレスを選んだのか当日まで見ないことにした。


どこか楽しみだったから。

私のために選んでくれたドレスが。

私のためにランスが悩んでくれたから。


それまでの毎日はいつもとあまり変わらなかった。

お姉様とお茶をしたり、ゲイルとランスの四人でどこか遠くの街へ出かけたり。色んなことをした。


そんな楽しいことをしていると時間が過ぎるのは早いもので、ついに当日の日を迎えた。


隠した私の複雑な感情は今日で終わり。

そして、また新たな恋をする。

しなければならないと思う。

でないと、忘れられそうにないから。


馬車に乗り、会場へ向かえば綺麗で豪華に飾られた広い屋敷。そこはゲイルが持つ別荘。そしてここでお姉様たちは式を上げ、パーティーを行う。


「エレーナ。」


「ランス。」


いつもよりも整えられた髪。

綺麗でスタイルの良いランスに似合った服。

その姿を見れば女性の誰もが目を奪われるのは間違いないだろう。


「…大丈夫か。」


「うん…大丈夫だよ。」


ランスの「大丈夫か。」という言葉は私のゲイルへの恋心を知っているから出た言葉。

私は大丈夫。

きっと忘れられるから。

お姉様とゲイルの幸せそうな姿を見れば。


「ドレス、似合ってる。気に入ったか?」


「…ありがとう。すごく気に入った。」


式の参列者として着るドレスはブルードレス。

綺麗な青色だけど目立たぬように暗い色でもある。着る前は私には似合わないと思っていた。だけど、着てみればすごく落ち着いて、自分でも似合ってると思った。


ランスも似合ってるって言ってくれたし…この感覚は間違いではなかった。


「ランスも。その服よく似合ってるよ。」


「ありがとう。」


少しも表情を変えないけれど、口元は少し笑ってる気がした。


「エレーナ、式が始まりそうだ。」


「う、うん。」


私たちは自分たちの居るべき場所に行った。

私はロデスティア家の用意された席へ。

ランスはアルディク公爵家の席へ。


そして式は始まる。

二人の入場から始まり、夫婦としての誓い。

そして、最後に行われる誓いのキスまで。

流れるように時間が過ぎていった。


午後14時から行われた式が三時間ほどあり、それが終われば、一時間後の午後18時からパーティーが行われる。それまでの間、お色直しの時間だ。


私はお姉様とは別の部屋でお色直しをする。

パーティーで着るドレスもランスが選んでくれたもの。そのドレスを見れば驚いた。


淡いピンク色のドレスだったのだから。


この前お姉様が着て帰ったドレスよりも少し色が濃くて、腕のところはレースではなくただ透けているだけ。そして背中側、腰の辺りには大きなリボンが付いている。


この色はお姉様によく似合う色だと思う。

私に似合うのかな。

どちらかといえば、私は暗い色の方が似合っている気がする。このブルードレスのように。


でも、ランスが私に似合うと思って選んだドレスだから。ずっと一緒にいた幼馴染が選んでくれたのなら似合うのかもしれない。


私は今着ているドレスを脱ぎ、淡いピンクのドレスに袖を通した。着てみたけれど私に似合っているかなんてよく分からない。しっくりこないから。


(そろそろ時間…行かないと…)


扉を開ければ目の前に立っていたのはランスだった。


「どうしたの?そんなところで。」


「なんでもない。それより、そのドレスも似合ってる。」


「…ありがとう。ランスは意外とセンスがあるんだね。」


「意外とは失礼だ。お前に似合うものぐらい分かる。」


「そうなの?」


「ああ、当たり前だ。」


ずっと一緒にいればそういうのも分かるんだ…

私は何も分からないのに…

なんて…考えは早く捨てよう。


式をした会場へ戻ればパーティー用に机などは端に置かれ広くなっている。流れる音楽はクラシックでゆったりとしている。お姉様のところに行けばドレスに目がいった。


私はお姉様がどんなドレスを選んだか知らない。式のドレスは無難な白だとは分かっていたけれど、パーティーのドレスは予想できなかった。だけど、見れば驚いた。


その色は真っ赤なドレスだった。

情熱の赤…幸福という意味も持つと聞いたことがある……


お姉様はゲイルとの幸せをこのドレスに込めたのだろうか。私が感情を隠すためにブラックドレスを選んだときのように……。

そんなことは私には分からない。

私はお姉様じゃないから。

だけど、お姉様が本当に幸せそうなのは見ていれば分かる。笑った顔も、少し嬉しさからか潤んだ目も。全て幸せから来ているものだとよく分かる。


「エレーナ…!」


「お姉様、そのドレスよく似合ってる。おめでとう…!お姉様…!」


「…エレーナも。よく似合っているわ。そのドレス…。それと、ありがとう。祝福してくれて…!」


「もちろん、私のお姉様の結婚なのだから!ふふっ…!」


上手く偽れてるでしょ…

これならバレない。

そしてこのパーティーが終わればこの想いは全て消えていく。


「ゲイル様、おめでとうございます。」


「エレーナ。やめてくれよ…まるで他人のようじゃないか…」


「ふふっ…ごめんなさい。ゲイル、おめでとう。お姉様をよろしくね…悲しませたりなんかしたら、私が許さないから!」


「ああ、当たり前だ。必ず幸せにするよ。」


そう言ってゲイルは笑った。

この笑顔をお姉様はずっと見れるんだね。

だけど羨ましいとは思わない。

ただただお姉様はゲイルとなら幸せになれそうだと心の底からそう思った。


もしかしたら私の中でだんだんとこの現実を受け入れられているのかもしれない。


時間は過ぎていく。パーティーが終わる直前、ゲイルは聞いてくれと言ってその言葉で会場が静かになった。ゲイルはお姉様の手を取って握り話し始めた。


「俺は幼少期の頃セレンに出会い、ずっと彼女を追い続けていた。優しさに溢れ、周囲をよく見ていて、美しくて。誰からも愛されているそんな彼女に一目惚れをした。そこから時は過ぎ、こうして彼女を妻として迎えることができた。」


お姉様の目には涙が浮かび、それはこぼれ落ちていた。


「これほど幸せなことはないだろう。セレン、君を愛してる。これから先もずっと、永遠に。」


それに応えるようにお姉様も伝えた。


「私もあなたを愛してる…!」


そう言って二人は見つめ合いキスをした。

その場は拍手で包まれ微笑ましくなる。

そしてついに、パーティーは終わりを迎えた。


「エレーナ、話がある。」


「ランス…。そうだったね。」


「ここじゃ話せない。庭へ行こう。」


私はランスの後ろへついて行き会場を出て裏にある庭へ行く。そしてランスの足が止まれば私の方へ振り返った。


「話ってどうしたの?ランス。何か悩みでもあるの?」


「…お前は、綺麗だ。」


急にどうしたの…

それに、綺麗…?私が?

お姉様と比べれば地味だと言われている私が?

ランスは何を言っているの…?


「私は綺麗なんかじゃ…」


「綺麗だ。誰よりも。セレンよりもずっと綺麗だ。」


本の読みすぎで目が悪くなったのだろうか。

私がお姉様よりも綺麗なはずがない。

そんなこと…誰一人として言う人はいないよ…


「やめてよ…そんな嘘。誰もそんなこと言わないのに…」


「嘘じゃない。俺はお前以外を綺麗だと思わない。お前は自信が無さ過ぎる。自分を下に見過ぎだ。」


確かにランスの言う通りだ。

私は自分に自信がない。

だってお姉様と比べられて生きてきたから。

だけど、それでも幸せだった。

大好きなお姉様とゲイルとランスがいたから。


「ブラックドレス。なぜあれを選んだ。」


「…あれは…。私の気持ちを隠すため…。秘密という意味を込めて選んだの。」


「…そんなことだろうとは思ったが…。」


気づかれてないとは思っていなかった。

きっと…頭のいいランスなら私がブラックドレスを選んだ理由が分かるだろうと。


「なら、今着ているピンクのドレス。その意味は分かるか?」


「ううん…分からない……。」


ピンクのドレスってどんな意味があったかな…

見たことがあるけど…

思い出せない…


そうやって悩んでいる私に近づいてくるランス。

ランスと目が合えば下ろした私の髪を左側だけ耳にかけてくる。そして、その手はそのまま私の頬へ来る。


それは一瞬の隙だった。

ランスの柔らかい唇が私の唇に重ねられたのは。


頭が真っ白になる。

全てが消え去るように…

パーティーが終わればゲイルへの想いを全て消し去り忘れる。そう決心していた。

だけどそれは忘れられそうにないと思っていたのに……。この一瞬の出来事で頭が真っ白になって、ゲイルへの想いを断ち切れた気がした。そして心の中が晴れ何も考えずに素直にちゃんとお姉様の幸せを願えると思った。


「ピンクのドレスには愛情、優しさ、女性らしさという意味がある。俺がお前にこのドレスを贈った理由はただ一つ。愛情だ。」


「…何言って…」


ランスは…私のことを…

好きだったの…?

そんな…まさか…


「信じられないだろ?」


その言葉に首を縦に振り頷く。


「なら、これからたっぷり教えてやるよ。俺が今までずっと…どれだけお前だけを好きで愛しているのかを…全部…教えてやる。」


ねえ、知ってる?

ブラックドレスには他の意味があるの。

その時は知らなくてよかったと思う。

その意味はなにかって?

それはね……


“あなた以外には染まらない”


それに私は何も知らなかった。

一番近くにいた幼馴染は執着心がすごくて独占欲もすごい。そして愛情深くて溺愛してくれるなんて。

そんなことを想像もしていなかった。


だけどそれを知るのは…

まだもう少し先の話……

初めて書いた短編小説になります。

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