ギャルと草刈り
「タケル、裏庭の草すごいことになってんだけどー。ばあちゃんに頼まれたでしょ? さっさと行こ行こ〜」
「はいはい……」
朝から暑い日だった。
田舎の朝は早い。祖母はすでに朝の家事を終え、今は畑で野菜の手入れ中。僕はと言えば、祖母に頼まれた裏庭の草刈りをしぶしぶ引き受けていた。
……まあ、手伝うって言ったのは僕なんだけど。
裏庭は、祖母の家の敷地の中でもあまり人が入らない場所で、背の高い草がぼうぼうと生い茂っていた。夏の太陽に照らされ、虫の羽音がそこかしこで鳴っている。
「暑……!」
「ウメコは応援係♡」
「働け」
「タケルの動く姿を見るのがいちばん幸せ♡」
「はいはい」
小型の草刈り機を持って、黙々と作業を進める。刈っても刈っても草は尽きない。汗がじっとりと首筋を伝って、Tシャツを張りつかせていく。
ふと、手を止めて顔を上げた。
そこに――一本の木があった。
堂々とした幹。太く曲がった枝。しっかりと根を張った立ち姿。
それは、梅の木だった。
背後で気配がして、振り返るとウメコが無言でこちらを見ていた。
草の間をするりと歩いてきて、梅の木の根元に近づく。
「……ここだけ、草が伸びないんだよね。前からずっとそう」
ウメコの声は、珍しく静かだった。
「タケル、この木、好き?」
「え? ああ……なんか立派だし、すごく“いる”って感じがする。なんか、守ってるみたいな……そんな気がする」
「……そっか」
ウメコは幹にそっと手を触れた。
その手つきは、まるで誰かの頭を撫でるように、やさしかった。
「この木……ね。すごく大事な場所なの。ウメコにとって」
「……?」
ウメコは続けなかった。
けれど、彼女の表情に浮かんだのは、あのいつものギャルの笑顔じゃなかった。
もっと、ずっと前からそこにあったような、遠くを懐かしむような、優しい眼差し。
「タケル。ありがとう。今日、ここ一緒に来てくれて」
「……なんでお礼?」
「ん〜♡ 特に意味はなーい! そろそろお昼ご飯っしょ? 冷やし中華っしょ?」
急にいつもの調子に戻って、ウメコは踵を返す。
でもその背中は、ほんの少し――
木漏れ日の中に溶けていくように、儚く見えた。
草刈りを終えた裏庭で、一本の梅の木が、風に枝を揺らしていた。
まるで「ありがとう」とでも言うように。
僕は、その木をしばらく見上げていた。
それが、ウメコの時間の始まりだったとは、まだ知らずに。