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ある女性とタケル

――それは、始めは恋じゃなかった


大学の春。

講義棟の大きな窓から、まだ少し肌寒い風が吹き抜けていた。


あのとき、彼はひとりでいた。


周囲には友人らしい男子が何人かいて、冗談を言い合って笑っていたけれど、

その輪の中心にいるはずの彼は、どこか遠くを見ているような目をしていた。


「イケメン」だというのは、最初から誰もが口にしていた。

整った顔立ちに、物静かな物腰。

目立つけれど、決して騒がしくない。

人の輪に溶け込むようでいて、どこか輪郭の淡い彼。


(ああ、なんか……壊れそう)


最初に思ったのは、それだった。

華奢とか、儚いとか、そういう見た目のことじゃなくて。

彼の心のどこかに、ぽっかりと穴が空いているような、そんな気がした。


名前を知ったのは、それから少ししてから。

講義のグループワークで一緒になった。


「……タケルです。よろしく」


短くそう言って、彼は私の目を見た。

きれいな目だった。けれど、笑っていなかった。



最初のうちは、ただの同級生だった。

でも彼は、いつもなにかをひとりで抱えているように見えた。


遅くまで残ってレポートをやっていた日。

屋上で風に吹かれていた彼を、私は偶然見つけた。


「寒くないの?」


そう声をかけると、彼は少し驚いたようにこちらを見て、でもすぐに目をそらして、

「……昔、こういう風をよく感じてたんだ」と、小さく呟いた。


それがなんの意味か、私には分からなかったけど。

その“昔”に、彼の大事なものがあったんだろうなと、なんとなく思った。


その日から、私は彼と少しずつ話すようになった。


彼は不器用で、でも優しくて、少しだけ臆病で――

なにより、いつも人を悲しませないように気を遣っていた。


それが、どこか痛々しくて。

誰かがその肩を支えてあげなくちゃって、自然と思った。


恋じゃなかった。

最初は、ほんとにただ――支えたい、って、それだけだった。



でも、春が過ぎて、夏が来て、秋を迎えて。

彼の笑う顔を見たとき、ふと思った。


(――ああ、私、この人の笑顔が好きだ)


そして、やっと気づいた。

それが恋に変わったことに。



だから、私の恋は、始まりから「好き」じゃなかった。

でも、誰よりも“長く”この人を見つめていた。


誰よりも“ずっと”そばにいたいと願った。



後に彼は言ってくれた。


「君がいてくれて、本当に救われたんだ」


そのとき、私は泣いてしまいそうになった。


なにかを失ってきた目をしていた彼が、

今は私を見て笑ってくれている。


これから先も、彼のその笑顔を守っていきたい。


そう思った、私の“始まりの物語”だった。

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