ギャルの昔話
梅の木の記憶
この家には、一本の梅の木がある。
裏庭の片隅に、静かに、しかし誇らしげに枝を伸ばしているその木は、祖母の代よりも、もっとずっと前――この家が建つよりも、遥か昔からそこにあったと言われている。
昔々、この土地には何もなかった。
ただ草が生い茂り、虫が飛び交い、風が吹き抜けていくだけの、どこまでも続く原野。そんな中で、ぽつんと一本だけ、梅の木が立っていた。
時が流れ、その土地を訪れたひとりの男がいた。
土地の空気を吸い、大地に足を踏みしめ、ふと見上げた先にあったのが、その梅の木だった。
「ここに家を建てよう」
男はそう言った。
理由はなかった。ただ、この木が好きだったのだという。
それが、今の祖母の家の始まりだった。
家が建ち、家族ができ、そこにひとりの娘が生まれた。
娘は、よく笑い、よく遊ぶ子だった。特に梅の木が大好きで、季節が巡るたびに小さな手で枝を撫でたり、花の香りに顔をうずめたりしていた。
「ことしも、うめ、いっぱいなるかなぁ」
そう言って、空を見上げる娘の瞳は、梅の花よりもやわらかく、美しかったという。
けれど、娘はある年、病にかかり、やがて床に伏せてしまった。
夏が終わり、秋が来て、木枯らしが吹く頃。
布団の中で、娘はぽつりとつぶやいた。
「……もういっかい、うめ、みたかったなぁ」
そして――
家族に見守られながら、娘は静かに息を引き取った。
その翌春、誰も手入れをしていないはずの梅の木に、花が咲いた。
例年よりも、はるかに多く。どこまでも華やかに、どこまでも鮮やかに。
人々はそれを「娘の想いが咲かせたものだ」と噂した。
それからというもの、この家では、ふとした時に気配を感じるようになったという。
廊下を走るような音、どこからか聞こえる笑い声、畳の上に残る小さな足跡。
最初は誰もが戸惑ったが、やがてそれが「悪さをしない、ちいさな神さま」なのだと信じられるようになった。
やがて、その存在は“座敷童子”と呼ばれた。
そして時代は流れ――
タケルがこの家を訪れたあの夏の日。
ウメコは、そこにいた。
明るく、元気で、どこか寂しげで、だけど楽しそうな笑顔で。
本人は多くを語らないが、裏庭の梅の木の下に座ると、時々、ぽつりとつぶやく。
「昔ね、ずっとここにいた女の子がいたんだって」
「梅の実がなるの、楽しみにしてたんだって」
それは、まるで他人事のようで、どこか懐かしむようで、ちょっぴり涙ぐんでいるようでもあった。
――でも今は。
タケルと出会った。
ウメコを見つけてくれた。
今までの孤独を払拭するように彼との時間を過ごした。
大好きな彼と、2人の時間を。
そして……。
裏庭の梅は、今年も静かに、枝を広げていた。
まるで、そこに宿る誰かの記憶を、そっと守るように。
いつまでも、いつまでも。
いつか継承されるその時まで---
種は、蒔かれた。




