ギャルはやる気ゼロ
縁側の風鈴が、ちりんと鳴る。
夏の午後、僕は祖母の家の縁側に座って、蝉の声を聞きながらぼんやりしていた。となりでは、ウメコが僕の膝の上を当然のように占領して、ごろりと寝転んでいる。
座敷童子といえば、幸福をもたらす存在だ。だがウメコは――
「だっる〜〜〜、なんかそういうの疲れるくね?」
「お前……それ仕事放棄だろ」
「いやいや、ウメコ的には、仕事って感覚じゃなくて〜、タケルがいれば満足っしょ?」
「それって、僕のところにだけ幸福くるってこと?」
「そう♡ タケルだけには運命的ハッピーをプレゼント中〜♪」
勝手に範囲限定の幸運を発動中らしい。
祖母の土地は広大で、ウメコいわく「見える山の全部が婆ちゃんの土地」だそうだ。おまけに、土地神レベルに気ままな彼女は、基本的に僕の半径2メートル以内に滞在。
「つまりウメコは、この家の“主”とかじゃなくて、タケル専属の“座敷ギャル”ってこと☆」
なんだそれ。
「……なあ、重いんだけど」
「うっそ〜♡ タケルの膝、ふかふかで極上じゃん♡」
本当のことを言えば、重くはない。むしろ心地よいくらい。
「村のばあちゃんたちが言ってたよ。最近不景気でこまったねぇ……なにか良いことでもあればいいのに、ってさ」
「ふぅ〜ん?」
ウメコはだらしなく口を開けながら、やる気のない声を出す。
「もしかしてだけど……お前、ここ数年まともに仕事してない?」
「うーん……正解っ♡」
やっぱりか。
「タケルがいない時期は、なんかモチベ上がらなくて〜。ていうか、“村の幸運”とか正直どうでもいいっしょ? そもそも私、本来家に幸運をもたらすもんだし。
ウメコは、タケル限定でがんばるタイプ♡」
そう、ウメコの“幸運パワー”は、本当にここ数年ほぼ僕にしか作用していないらしい。
「つまり……お前の幸運って、僕の周囲にしか効果ないのか?」
「ぶっちゃけね〜。昔は範囲広かったんだけど、今は“タケルの1メートル以内”限定で発動する仕様☆」
「それ、座敷童子って言えるのか……?」
「“タケル専属・幸運の女神(ギャルver.)”って呼んでもいいよ?♡」
「どっちかって言うと、自由に生きてる妖怪だな」
ウメコはあくびをしながら、僕の膝を枕に縁側に寝転んで腕を伸ばした。
僕の頭の中では、昔祖母が話してくれた“座敷童子の伝説”がよぎっていた。
家に住みつき、見守り、幸運をもたらす存在。
でも、ウメコは違った。
「ウメコは“この家”じゃなくて、“タケル”に住みついたからね〜♡」
「……寄生虫かお前は」
「違うもんっ、恋する妖怪なの♡」
……もういい。何を言っても通じない気がする。
それでも、こんなウメコがいる日常は、悪くないと思ってしまうのだった。