ギャルの願い
夏休みも、いよいよ終盤。
この日は朝から雲が広がっていたが、午後になると晴れ間がのぞき、空気もすこし涼しくなった。僕とウメコは、婆ちゃんの家の裏手から続く山道を散歩していた。
「見て見て、あれハートに見えない? あの雲~♡」
「え、どれ?」
「ほらほら、あの右のほう。……って、あ~っ、もう形変わっちゃった~!」
「あれをハートって言い張るの、ウメコぐらいだよ……」
笑いながら、僕はゆるい山道を登っていく。景色はすっかり見慣れた田舎の風景。けれど、ウメコと一緒だと、なんだか全部がちょっとだけ特別に見える。
でも、その時だった。
「……うっ」
僕は立ち止まり、腹を軽く押さえる。来た……。昼に食べた冷たい素麺とスイカが効いたらしい。
「タケル? どうしたの? 体調わる?」
「いや、ちょっと……ごめん。トイレ行きたくなってきた」
「え、ええっ!? トイレなんてここにないじゃん!」
「だから、林の中に入ってくる。……ウメコは、ここで待ってて。マジで覗くなよ?」
「……えぇ〜〜、じゃあさ、こうしよ? ウメコ、木の陰に隠れて目つぶってるから♡」
「それじゃ意味ねぇよ!」
「冗談だってば〜♡ はいはい、分かった。待っててあげるから、早くね〜?」
彼女が不満そうに唇を尖らせるのを見ながら、僕は軽く手を振って、林の奥へと踏み込んだ。
——そして、その直後だった。
地面が突然ずるりと崩れ、足元が一気に傾いた。
「うわっ――!!」
踏み込んだ先は、昨夜の雨でぬかるんだ獣道だったらしい。土が崩れ、僕の身体は斜面を滑るようにして転がり落ちていく。
目の前がぐるぐると回る。枝が頬をかすめ、足が石にぶつかり、何度も身体を打ちつけた。
そして――
「っ……!」
鈍い音とともに、背中に衝撃が走った。
息が詰まり、世界がぼやける。
耳鳴りの中で、何かが遠ざかっていくような感覚があった。
---
「……タケル……?」
遠くから声が聞こえた。
「タケルっ!! 返事してっ!!」
――ウメコの声だ。
駆け寄ってくる音。枝をかきわけ、土を蹴って、必死に僕を探す足音。
「やだ……やだやだやだっ!! どこなの、タケル!? タケルぅっ!!!」
まぶたの隙間から、霞んだ空が見える。
ウメコが、泣いていた。
いつも明るくて、うざくて、元気で、絶対に泣かないギャル座敷童子が――
「お願い……お願いだから……っ」
僕の手を取ると、ウメコは、何かを唱え始めた。
その声は、まるで祈りのようだった。
その言葉は、きっと、この世のものではなかった。
暖かい光が、掌から広がっていく。
その光はウメコからタケルへと---
「ウメコ……」
「大丈夫、大丈夫だよ……。ウメコが……守るから……絶対、離れないって、言ったじゃん……っ」
ウメコの顔が滲んで、僕はそこで、意識を手放した。
---
一時覚ましたとき、僕は祖母の家の布団の中だった。
手を握っていたのは、ウメコじゃなかった。婆ちゃんだった。
けれど、視線をあげた先、窓際から見える裏庭の梅の木の枝先で、風が吹いたように、何かがふわりと揺れた。
--ウメコは、タケルの中で生き続けるよ。だから大丈夫。また、会えるから。
そう、聞こえた気がした。




