ギャルと僕
僕――タケルは高校二年生の夏休み、祖母の住む田舎の家に滞在していた。 都会の喧騒を離れ、毎年この時期になると山と川と虫の音に包まれた空間に帰ってくる。
「タケルぅ〜〜〜〜〜〜〜んっ♡♡♡」
玄関をくぐるなり、全力で飛びついてきたのは、ピンク髪に派手なネイル、ショート丈のTシャツにジーンズショーパンという、田舎にはどう考えても馴染まない風貌の“ギャル”だった。
「うおっ……いきなり飛びつくなよ、ウメコ!」
「いーじゃーん♡ タケルと会うの一年ぶりなんだから、恒例のギュ〜♡っしょ♡」
そう、彼女――ウメコは、僕にだけ見える“座敷童子”だ。 僕がまだ物心つくかつかない頃から、いつもこの家にいる。
一番古い記憶は、確か僕が五歳の夏だった……と思う。
「お兄ちゃん、また来たね〜。ひさしぶり〜!」
誰に言っているのか分からず、最初は母に話していた。 でも、誰もそんな子はいないと言う。 それでも僕にだけは、彼女はずっと見えていた。
年々僕が成長するのに合わせるように、ウメコも見た目が“成長”していった。今では高校生の僕より、年上に見えるような風貌だ。
「なんでまたそんなギャルになってんだよ……」
「いや〜? タケル、都会に染まってきてるじゃん? ウメコ的に負けてられないっしょ♡」
本人いわく“進化系座敷童子”とのことだ。
祖母の家は、山と川と畑に囲まれたのどかな場所にある。 けれど、実はこの土地一帯、祖母が地主らしく、敷地の範囲が「見える山の端まで」というとんでもない広さ。
「ウメコ的には、この家ぜ〜んぶが“ウメコのテリトリー”なんだよ? でも、動くのはめんどいから、タケルのそばだけにいる♡」
要するに、僕専用らしい。
都会では全く姿を現さない。 でも田舎のこの家に来ると、全力で僕に絡んでくる。
「なぁウメコ、ずっとこの家にいたのか?」
「うんっ♡ タケルが帰ってくるって知ってたから、お部屋掃除したり、布団干したり、虫と格闘したり! ガチで準備してた☆」
「虫と格闘……?」
「クモが出たの〜! マジ無理ぃってなってウメコ泣いた! でもタケルのために頑張った♡」
うざったいようで、どこか憎めない。
時に姉のように叱ってきて、 時に親のように気を配り、 時に悪友のように僕を焚きつけ、 そして、親友のように隣に寄り添ってくれる。
「川行くっしょ? 久々の川っしょ? タケルの水着も確認済みだし!」
「……いつの間に見た」
「見たっていうか、もはや“見守ってる”♡」
こうして、にぎやかで騒がしくて、でもどこかあたたかい夏が、また始まった。
そしてこの広い家の裏には1本の梅の木がひっそりと生えていた。