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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「黒」の魔法少女少年 〜伝説のステッキを全部壊します〜

作者: 星見守灯也

 寒空の下、街行く人たちは、ほとんどがハートやリボンの魔法少女グッズを身につけている。それは魔法少女に救われた感謝であったり、魔法少女が助けてくれるための目印だったり、あるいは魔法少女を応援する証であったりするのだろう。


 ここは大倭國おおやまとこくの首都、秋津野あきつの豊京ぶきょう。第三次大戦乱から十年、いったん落ち着いたかにみえたこの街だが、最近では人買いや人(さら)い、違法・脱法変身ステッキの売買がまかり通っていた。






「おい、更夜コウヤ。なんか来たぞ」

「け、こんなチビガキが『伝説のステッキ』の契約者……ね」


 肩をぶつけてくるなり、ずいぶんな調子で男が吐き捨てた。男は十人に聞けば十二人が「ガラの悪い」と形容するような格好をして、十六、七の少年を見下した。立襟の学生服を着たその少年は、そっと長いコートの上から懐を押さえる。


 大きな大福餅のような……もといジャンガリアンハムスターのようなマスコットが少年の肩の上で男を威嚇いかくしている。そのマスコットに「更夜こうや」と呼ばれた少年は男から目を離さず、足を肩幅に開いて身構えた。


「一応、聞いといてやるぜ、おチビちゃん。それ、置いて逃げる気は?」


 無言。


「そうかい」


 男は尻のポケットからライブで振られるようなペンライトをとり出した。鮮やかなピンク色、取っ手につけられた大きなハートがかわいらしい。男がそれを天に掲げ、心力しんりきを込める。見る間にそれはキラキラと輝き出した。あふれる光は花火のように男の体を覆い、その形を作っていく。



「光り輝け! 誰よりも強い、俺のハイパーファンシーユメかわヂカラ!」

「ちッ……こンの、違法か脱法か知らんがエセ魔法少女がッ……!」


 マスコットが毛を逆立ててうなる。まばゆい光が収束した時、男はフリフリのレースとラメとビーズとハートのビジューが散りばめられたスカートを纏っていた。手にはゴツいピンクの自動拳銃オートマチック、変身ステッキが変化したものだ。側面はハートやクリスタルガラスでデコられている。


「……人違いじゃございませんかねェ?」

「どうもそうではないようだね、モッチー」

「こっちも『伝説』と同じ力を持つステッキを持ってんだ。どうだ? 見たいだろ? オレ様のハートをよぉ?」


 クラッカーのような軽い音。きらめく火花。そのファンシーさの向こうで、通りすがりの人の胸が撃ちぬかれ、ぱっと血が舞い散ると、その体がゆっくり地面に倒れていく。二人、三人と撃たれて、四人目の腕が吹っ飛んだところで男は振り返った。


「どうだぁ?」

「ちッ……後先考えねェバカがよォ……」


 マスコットのモッチーが吐き捨てた。白昼堂々の事件を、通行人は遠巻きに見ている。「魔法少女だ……」「まさかホンモノの……魔法少女だって?」「え、マジで? あれ、違法じゃないの?」「違法に決まってるだろ、あんなの。誰か警邏隊けいらたいを……」。


 世は大魔法少女時代である。老若男女は例外なく「魔法少女」に憧れる。内務省なかつかさしょうの調査によると、現在、三千人に一人がなんらかの――つまり合法、違法関係なく――魔法少女であるらしい。


 十年前、長く続いた第三次大戦乱を平和に導いたのは、五色のステッキを持つ五人の魔法少女だった。今もなお人々の魔法少女への敬意は強く、グッズで魔法少女になりきるのは当たり前、時には「違法」「脱法」の変身ステッキを作り、実際に魔法少女に変身する人も少なくなかった。


 そう、ここにいるのは魔法少女。違法か脱法かはともかく、最近流通している「悪質な」ステッキを使うやつだ。ビルの谷間に短いスカートがたなびく。季節は冬。寒さなど感じないのもこの変身の力だろう。あるいは――彼はもう、寒さに気づかないくらい熱狂しているのかもしれない。体にあふれる魔法少女の力に。


「さあ、おチビちゃん、見せてみろよ! 『伝説の変身ステッキ』の力を……!」


 更夜は懐からステッキを抜いた。それは黒く夜空のように光るステッキだった。黒に星や雪みたいなラメがきらめいている。


「なんだその色……俺は知らねぇぞ!?」

「これが『伝説のステッキ』だと言ったな」


 更夜は走る。音もなく一息に駆ける。


「こいつはそうじゃない――漆黒の夜がここに降り立つ、星空のキラメキチェンジ!」


 変身中の光をまとったままアスファルトを蹴り、回転する勢いのまま男の顔面に拳を入れた。鼻っ面をぶん殴られた男は吹っ飛びながらも、更夜を見ずに銃を乱射する。更夜は男の体をさらに蹴飛ばしながら宙返りをし、後ろ手に腰の剣鉈けんなたを抜くいた。銃から放たれる光を全て斬って打ち落とす。……たしかに魔力は異様に高い。


「やっぱ、おかしいよなァ。こンな魔力が出るなんてよォ……」


 モッチーが更夜の肩の上で疑問を漏らした。ステッキは使い手の心力を魔力に変えるものだが、この男の心力はそう高いようには見えない。このステッキ、またそれが変じた武器は心力を魔力に変える装置である。……というのは因果が逆で、心力を込めることでステッキによって生まれたエネルギーを魔力と呼ぶようになったのが正しい。


 それはともかく。


「名乗りもあげず殴るなんて、ヒキョーだろがあ!」


 地面を転がりながらも、男は立ち上がった。銃を構え、更夜に向ける。更夜は避けようともしなかった。黒の短いスカートをひるがえし、走る。リボンを留めるビジューがきらりと光った。


「卑怯もクソもあるか」


 更夜は走って大きく飛び込み、光弾を避けた。一刀。三日月形の剣鉈けんなたで、男の腕を切り上げる。銃を握ったままの右手が飛んだ。血飛沫が地面に散る。


「そんな……っ……!」


 黒の魔法少女はためらうことなく、男の懐に入り、その腹を蹴り上げた。男の身体が宙に浮き、さらに半回転の回し蹴りによって地面に叩きつけられる。


「俺は魔法少女ノクス⭐︎テネブラエ。黒夜の魔法少女だ。……覚えなくていい」


 地に伏した男の背中を踏みつける更夜。剣鉈を男の首元に降ろし、ゆっくりと押しつけた。地面に転がった銃は、もとのステッキの形に戻っている。男の衣装もぼんやりと光の欠片が剥がれつつある。


「宣言しろ」

「お、お、オレはぁ……っ! 魔法少女を……」


 そこまで言いかけて、男はわめく。


「やめたくない、やめたくないんだ! ずっとキラキラしていたい! フリルのついたスカートをはいて、レースとリボンをつけて……! ハートたくさんの……」


 更夜は踏む足に力を込める。


「人のものを奪って、人を傷つけて、おまえはキラキラできるのか」

「……っ。俺は……『魔法少女』を、やめます」


 その瞬間、ペンライトの光が消えていく。かわいらしい衣装もふっと消えてしまった。


 更夜はそのペンライトを拾い上げて、ためらうことなくへし折った。キラキラと砂粒のような虹色の光がこぼれる。虹色の光は地面に落ちるまえに色をなくした。灰のように空気に紛れて消えていく。モッチーが短い手でその粉に触れた。


「やーッぱこれ、虹雫石こうだせきだわ。最近増えてるヤツ」

「くそ……っ……! オレは……オレは……」


 一方、男はへたり込んで、地面を殴りつけていた。


「あいつ、『まだ使いこなせてない』って……言ったじゃないか……」

「あいつ? へェ、なになに、もっと聞かせて?」


 ちょこんと降りたモッチーが、男の爪と指の間に自分の鋭い爪を差し込んだ。ひっと男が息をのむ。


「知らねえ! 知らんやつにステッキ渡されて――これは『伝説』と同じチカラが出せるって……」

「ほー、そンで?」


 手の上の空間がずんと重くなったように男は感じた。手が押さえつけられ、ピシリと地面にヒビ割れが生まれた。じりじりとモッチーの細く鋭い爪が入ってくる。


「そいつも『伝説のステッキ』持ってて……! 『未熟な奴が持ってるのがもったいない』……って言ってたから……っ……」


 その瞬間、男の喉がひくりと跳ね、そして動きが止まった。男の首が凍っていた。そう更夜が認識した瞬間、氷が弾けるように砕け散る。ごろりと首から上が傾いて、どんと地面に落ちて転がった。






「やはり、例のステッキのようだな、更夜少年」


 更夜の背後から声がかかった。そこには「魔法少女」が二人立っている。ひとりは女、もうひとりは男だ。


蝶咲ちょうさきさん、と……」

「こっちは中邏卒ちゅうらそつ心炉こころだ。信頼できるやつだから、気にしなくていい」

「いや、おッそいなあ!? カメちゃんかァ!」


 するりと変身を解いた更夜の足元で、モッチーがびたんびたんと跳ねた。


「やめなよ、モチ太郎」

「それは失礼。これでも大急ぎだ。あとカメは意外に速い」


 彼らは大倭國、警保寮けいほりょうの魔法少女警邏隊(けいらたい)だ。蝶咲ちょうさき邏卒長らそつちょうである。第三次大戦乱後に組織された集団で、以前の警察と職務はほぼ一致する。


 大きく異なるところといえば、何よりこの魔法少女隊の存在だろう。正規の魔法少女ステッキと契約した人間で編成されている。正規の魔法少女ステッキとは使い手の心力のみを使って変身させるものである。


「さすがは『黒』の魔法少女。契約から半年でここまでやるとは」

「……どうも」


 彼女は「黒の魔法少女」の正体を知る人間だ。


 第三次大戦乱を終わらせた魔法少女は五人。それぞれ「赤」「橙」「黄」「緑」「青」のステッキと契約していた。これが現在では『伝説』と謳われている魔法少女とステッキだ。しかしこの他に「白」と「黒」のステッキが存在することを知るものは少ない。これは「五色」のステッキを作る前の試作品――実戦には使われずにお蔵入りになったとされる。


「やつの心力は大したものではなかった。けれども魔力量は警邏隊けいらたいに劣らない。つまり――」


 モッチーは更夜の肩にぴょんと飛び乗る。蝶咲がそっと折れたステッキを受け取って、淡く消えかけている虹色を見た。


「これも虹雫石……『伝説』と同じ製法だということ」


 すっと更夜の表情が固くなった。


「先日捕まえたやつを拷も……うん、尋問したところ、話すやいなや喉が凍って砕けた。そう、ちょうどそこの男のように。まあ、何人かの証言を合わせたところ、おおよその場所は割れた。しかし報告してきた部下は戻らずだ」


 モッチーが横に転がった死体を目で指して言う。


「こいつが言うには、『伝説』が絡ンでるらしいけど」

「どうも誘われている気がするな。……どうする? 少年」

「行きます」


 即答だった。


「はァー、やっぱそうですよねェ……」


 モッチーが短い手で頭を抱えた。一方、蝶咲はくくくと笑ってうなずく。


「助かる。こちらに『伝説』への対抗手段がない以上、頼る他はない。……更夜少年、できるだけの援護はする。頼めるか?」

「俺は――誰がなにを言おうと、あのステッキを全部折るだけです」






 ここは夜の郊外。塀のむこうに大きな建物が見えるが、近づきすぎないよう影に車を停めた。


「この研究所だ。大戦乱中に放棄と記録されているが、人買いや人攫いが入って行ったところを見ている」

「『悪質な変身ステッキ』の製造元というわけですね」


 ここにいるのは更夜とモッチー、蝶咲と心炉だけだ。


「『できるだけの援護はする』ッて、二人だけかィ!」

警保寮けいほりょうの上に、きな臭い動きがあってな。この件と関連しているかはわからないが……」


 蝶咲は言い淀んで、それから説明した。


「心炉が警備を散らす。少年と私が深部に突入する」

「その後は?」

「臨機応変にやる」

「おィ」


 それを計画と言っていいのかとモッチーがうめいた。だからといって、いまさら警保寮の内部事情に首を突っ込む気もなかった。古巣といえど、関係を切ってから長い。半年前は一度力を貸したが、もうゴタゴタに巻き込まれるのはごめんだった。


「まあ、わざわざ下っ端に中途半端に喋らせたんだ。あっちのほうから出てくるだろう」

「同意です」

「『伝説』があるとすれば勝ち目はあんまりない。証拠だけ集めて逃げることを考えておけ」






 キラキラと紅色のラメが舞う霧から侵入は始まった。霧は見張りや行き交う職員の目をくらませてくれる。


「心炉がごまかしている間に行くぞ」

「目当てがあるんですか?」

「人攫いが出入りしていた部分があってな」


 蝶咲が開けた厚いドアは、厚い壁の、冷凍倉庫のようなところに繋がっていた。


「これは……」

「わざわざ言わンでもわかる」


 モッチーが嫌な顔で答える。死体だった。手足が潰れているもの。胸から腹が大きく開かれているもの。下顎がないもの。ありとあらゆる《《死にかた》》をした死体があった。その多くは何か内側からズタズタにされたような傷をもっている。


「……!」


 ひくりと動いたのは皮膚が黒くなった……人間だ。下半身がなく、冷凍された魚のように断面が見えていた。更夜はステッキだけを剣鉈に変え、すっぱりとその首を落とした。なかまで凍っていて、血さえ出なかった。


「私がやる……って言っても聞かなかっただろうね、君は」


 背後から蝶咲がつぶやいた。楽にしてやりたいのはわかるが、彼が背負わなくてもいいことだろうと彼女は思う。そのために彼女たちが来たのに。


「生きているものはもういない。ここは廃棄のための仮置き場だろう」


 その時、放送らしき声が響いた。男の声だ。


星宮ほしみや更夜こうやくん。そこのドアを開けて中に入ってきてくれないか? ひとりでだ」


 静かだが、反論を許さない口調だった。罠だろうと口に出さずに確認する。


「……ここは私に任せてくれ。更夜少年は先に進むといい」






「魔法少女、ねェ。第三次大戦乱以前、女の子供のみがフリフリのスカートをはいていた時代の名残だ。男も女も皆、魔法少女になれば、そのうち消える言葉だと思ったが、そうでもねェな。『少女』という言葉が全人類を指すようになるのも遠かねェのか?」

「……モチノ介は知ってるの? その頃のこと」

「知ってるわきャあるかい。オレは大戦乱中の生まれですー」


 そんなことを話しながら通路を進むと、少し広い空間があった。大きな窓があり、青く淡く光っていた。ガラスの向こうにはずらっと並んだ透明の筒があり、その内側から青色の光がかがやいている。


「こんなに虹雫石こうだせきが……」


 虹雫石。それは人間のもつ心力を固めて精製したものだ。当然、一般人ひとりから取れる心力は少量であるし、体から取り出せるものではない。それを無理矢理、体外に形として出すには――まあ、さっきの光景、ということだ。ここにある虹雫石を作るのに、どれだけの人間の犠牲が必要か。


「やあ、星宮更夜くん。はじめまして。おれは滄氷そうひ伊純いずみ。ここの責任者で、『青』のステッキの契約者です」


 静かに歩み寄ってきたのは背の高い長髪の男。その肩の上には赤い鯉が浮かんでいる。


滄氷そうひ、おまえが……」


 モッチーが驚いた声をあげて、それから更夜の視線に気づく。モッチーは嫌そうに吐き捨てた。


「滄氷は大戦乱で『青』の魔法少女の部下だったヤツだ。今更、なにをたくらンでいる……?」

「紹介ありがとう、望月もちづき先輩。今更ではありません、おれはずっと『青』がこの手に落ちることを願っていたのですから」


 更夜が目だけで責める。十年前、大戦乱をおさめたという「青」の魔法少女の関係者が、なぜまた虹雫石を生み出し、魔法少女を生み出し、世の中を混乱させようとしているのだろう。


「望月だってわかっているだろう? あの大戦乱では多くの犠牲者が出た。しかし十年! たった十年で人はそれを忘れようとしている! あの尊い犠牲を忘れないため、この『伝説』は再び使われなければならないのです」


 心底悲しげに、今にも涙をこぼしそうに男は語った。


「更夜くん、それがあなたのお姉さんの慰めにもなるでしょう?」


 更夜の姉は十二年前、自ら進んで『伝説の変身ステッキ』に、つまりそれに使われている虹雫石になった。更夜が大戦乱を生き延びる保護を得るために人柱になったのだ。


 半年前、更夜が「伝説」のステッキが納められた神社に手を合わせていた時。何者かが納められた七本のステッキを強奪しようとした。爆発によって本殿は地下施設ごと吹っ飛んだ。がれきにうもれた更夜に手が伸ばされる。「このステッキを取れ。オレがマスコットになるから」。それが始まりだった。


 それから更夜は「黒」の魔法少女になった。姉が、姉から作られたステッキが悪用されるのを防ぐために。全ての「伝説」のステッキを葬り去るために。


「――御託はいい。おまえはなにがしたい?」

「変身ステッキでみんながフリフリキラキラの魔法少女になれる……それはすばらしい未来だと思いませんか?」

「人は魔法少女ステッキを悪事にも使うことができる。乱世を終わらせるためやむを得ず使われたが――本来、ない方がいいものだ。『魔法少女』は人の夢と希望のなかにあればいい」


 滄氷はふふふと笑った。


「で、その夢と希望の魔法少女が、人を殺すのですか?」

「俺もこのステッキも、必要なくなればそれでいい」






 滄氷は胸ポケットから青のステッキを取り出した。それは透明に青いインクが入った万年筆に似ていた。それを高く掲げ、滄氷は告げる。この「青」のステッキの契約者は自分であると。


「人間、わかりあえないことはないのです。無限のブルーウォーターチャージ! ウルトラキュートチェンジ!」


 青く光る波と魚が滄氷の身を包む。キラキラとした水を纏って現れたのは青の衣装に身を包んだ魔法少女だ。青くかがやくスカート、その下の水飛沫のような白いレース。


「キューティーでハッピーな魔法少女アクア⭐︎スティーリア! あなたに教えて差し上げましょう!」


 手にした「青」のステッキは戦棍メイスへと形を変えた。その先が凍りつき、巨大な氷塊になる。まるで大きく重たげなハンマーだ。


「行け! 魔法少女たちよ!」


 滄氷の背後からぞろぞろと人が出てきた。それぞれ魔法少女の衣装を着て、刀や槍を手にしている。例の虹雫石を使った魔法少女だろう。彼らはいっせいに更夜に飛びかかった。彼らの目はどこかぼんやりとしている。


「あちゃア、あれ、洗脳されてるじゃんか」

「洗脳?」

「そう、あいつらのステッキに自分の『心力』を込めといて、逆流させたんだろ。知らンけど!」


 更夜はかかってきた刀を剣鉈で全て打ち落とした。突き出される槍をさばいて蹴りを入れる。


「なるほど……」

「さすがです。望月もちづき輪太郎(りんたろう)。あなたは昔から優秀でしたよ」

「けッ。オレは昔っからおまえのことが嫌いだったよ!」

「かわいらしいマスコットのわりに、うるさいですね?」

「オレが好きでなってんだよ! クソがァ!」


 次々と魔法少女を薙ぎ倒すが、更夜の動きが押さえられる。赤い鯉が消え、パンツスーツの女性が現れた。彼女が手をかざすだけで衝撃が飛ぶ。とっさに気絶させたひとりの魔法少女をつかんで盾にし、飛び退いて距離をとった更夜。


「モッチー、そっち頼む」

「あいよ」


 大きめの大福餅はうにょりとよじれ、人型を作った。背が高く、ガタイのいい男だ。和柄シャツのその人間態は、お団子ハーフアップにした銀髪を揺らして壁を蹴った。天井に吸い付くように降りて、そこからスーツの女性に飛び掛かる。また衝撃波。望月は軽くかわし、距離を詰める。女の顔面をとった。そのまま壁に叩きつける。


一砂魚いさな、そいつは手加減なしでいい」


 壁から衝撃が飛んだ。望月はもろに食らって思わず手を離す。一砂魚と呼ばれた女が起き上がる。望月がにやりと笑い、そこにいた魔法少女をつかんで一砂魚に投げ飛ばした。






「星宮更夜、覚悟してるのだね? 全人類からフリフリのスカートを取り上げることを」

「『魔法のステッキ』などなくとも、人類はかわいいフリフリのスカートをはけるし『魔法少女』になれる。……俺はそう信じてる」


 更夜はまっすぐに滄氷を見すえる。


「おまえが『伝説』だろうと関係ない。そのステッキを――破壊する」

「はは、おれにはこれだけの虹雫石がある。負けはない」


 滄氷は手を大きく広げてみせた。窓の向こうの虹雫石が青く強く光り出す。


「ステッキと同調させる、外付けの虹雫石というわけか」


 更夜は剣鉈の形を変え、長柄の偃月刀えんげつとうを振るう。滄氷も氷の塊のついた戦棍を振り回して殴りつけてくる。重い。更夜は踏み込みきれずに下がってしまう。足元には氷が広がり、踏ん張りがきかずに滑る。その隙に、氷の魚が飛んできて冷気で攻撃してくる。闇のリボンで振り払うが、払いきれずに更夜の体が氷に覆われていく。


 虹雫石のせいで出力がまるで違う。――これは、遊ばれている。


「さあさあ、どうしました? 手も足も出ませんね? あのうるさい警邏隊も、そろそろ捕まったことでしょう」


 その言葉で気づいた。滄氷の垂れ流す冷気……つまり魔力には違うものが混じっている。







 滄氷のもつ氷のメイスと、闇の偃月刀えんげつとうで打ち合う。手の内を変え、何度も叩きつけた。分厚い氷に阻まれて、ダメージが入っていないように見える。滄氷は嘲笑った。そんなことをしてもこの氷のパワーには敵わない。このまま打ち合っていれば偃月刀のほうが折れるだろう。それでも更夜はがむしゃらに叩きつける。


「はは、そんなことをしても無駄だ。これで終わりだ!」


 更夜が氷で包まれた戦棍とせりあった時、氷にピシリとヒビが入った。小さかったヒビは大きな亀裂になり、戦棍から氷が剥がれ落ちた。


「なんだと?」


 何度かに分けて更夜の「心力」を叩きつけ、精製された虹雫石に注ぎ込まれた蝶咲と心炉の心力と呼応させた。やはり滄氷の心力自体は強くない。偃月刀が直接、戦棍を殴りつけた。更夜の心力が滄氷の持つステッキに逆流を始める。


「なに!?」


 異質の力が入ってきて、一瞬乱れた滄氷の心力。


「うおおおおおおぉぉおおおおおぉ!」


 更夜は一息にメイスを弾き飛ばし、叩き割った。氷の欠片に紛れて、虹の砂がこぼれる。そのまま滄氷の腹に剣鉈を突き立てた。大ぶりに横に薙ぐ。赤い血が噴き出し、一面の氷が一気に溶けていく。虹雫石の力こそ大きかったが、滄氷自身は大したものではなかった。


 他の魔法少女たちも変身が解けていた。もっともほとんどが望月によって戦闘不能にされていたが。一砂魚いさなも魚の形にもどり、床でぴちぴちとしているのを望月が踏みつけた。むこうから蝶咲と心炉が走ってくる。


「無事だったか、少年!」

「ありがとうございます」

「あの筒に、なんとか内側から自壊させられないかと思い、力を込めたのだが……」

「助かりました」

「そうか」


 その向こうで、内臓をこぼしながら滄氷がうめく。手に「青」のステッキを握りしめて。


「あのおかたから預かったものだというのに……ふふ、自壊はしますよ。出力が不安定になっている……」


 望月が一砂魚を滄氷のところに放り投げた。滄氷は魚の形のマスコットを見もしなかった。彼が見ているのは「青」だけだ。彼には聞きたいことがたくさんあった。半年前、強奪された「青」のステッキが、なぜ彼のもとにあるのか。あの時、誰が強奪したというのか。彼なのか、それとも……。


「『伝説』を壊すのでしょう? あなたの《《それ》》も、ともに壊れましょう!」


 青い光が揺らいだかと思えば、いっそう輝きを増した。――爆発。






 大きな爆発音が何度も響いた。それがようやくおさまったころ、カランと小さながれきが落ちてきた。建物の屋根も壁もほとんど崩れ、そのなかに、大きな毛玉だけが丸くなっていた。


「ふィー、大丈夫か?」


 更夜と蝶咲、心炉はふわふわの毛玉になったモッチーの腹の下にいた。モッチーの魔力で重力を反転させ、爆発をやりすごしたのである。滄氷も一砂魚も、「青」のステッキも、跡形もなくなっていた。あたりには広く虹色の塵が舞い、どこか幻想的な風景になっている。それもまた、しだいに色をなくしていった。


「ぜーんぶ吹っ飛んじまってまァ……。更夜、よかったなァ?」

「……ああ。ひとつ、確かに壊せた」


 更夜は「黒」のステッキを握った。まだ、これには頼らなければならない。


「姉ちゃんはどの『伝説の変身ステッキ』になったか分からない。だから全部壊す。それだけだ」

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