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崖の上から

「この程度だったのか。緩やかだな」


「もっと断崖絶壁だと思ったのにこれぐらいなんだ。ちょっとがっかり。

 まぁそれでもなかなかにきつそうではあるけどさ」


 アルマの言葉を聞きながら俺はその坂道を見つめる。


 かつて自分が命懸けで駆けた試練の場を。そしてその先にある村の遠景を見ようとする。


「見えません、よね。しかしここからでご容赦ください。あなたは村では英雄の一人であり尊敬を集めています。

 ですから遠くから見るにとどめていただきたく」


 ラムザの言葉に俺は首を振った。


「謝ることはない。俺はもとから村によるつもりなんてなかったんだ。むしろ断ったのだが、

 二人がこの坂を見たいというから立ち寄ったに過ぎないことだし」


 俺達三人は国境沿い地域である俺の故郷であるエバンスを訪れている。


「見たくはないのですか?」


「見たくはない。というか会わせる顔はないし、俺が敬せられているのはもっと見たくはない。

 二人の気が済んだら先に行こう。ここは俺がいていい場所じゃない」


「いや、村に立ち寄れないのはいいにしても、もうちょっとここにいない? あのさ、この坂を登って良い? なんだか私も出来そうだしやってみたいんだけど」


「駄目」


 アルマの言葉を俺は言下に断った。


「戦士になる覚悟のあるものが自らを試すところだ。無関係者と既に戦士であるものは入ってはならない。

 だから俺は入れないしお前も駄目」


「あっそう、分かった。でもさぁなによ自分はもう関係ないみたいなことを言ってさ、すごく大切にしてるじゃない。

 思い入れがある場所だから踏み入れて欲しくないってことでしょ?」


「むっ……」


「本当はここに帰りたいんじゃないの? 御婆様によく地元の話をしていたみたいだしさ」


 アルマの笑みに俺は背を向ける。その顔でそういうことを言われるのが特に気に喰わなかった。


「いや、帰らない。ラムザが言ったようにもしも正体がバレたら面倒だし、それにまだ知り合いがいるかもしれない」


「あんたの実年齢ならまだ生きている御老人はいるでしょうけどさぁ、顔とか覚えているのかな?」


「……覚えていると思うぞ」


「そうなの~ずいぶんと自信がお有りなようね。でも記憶頼みでしょ? 

 五十年も会わなかったらすっかり忘れちゃうと思うけど。私なんかひと月前に会った人の顔をすぐにわすれちゃってさ」


「記憶の中はいつでも若い時のままなんだよ」


「おや、観光の方か? 若いのにこんなところでねぇ」


 突然かけられた声を背中越しで聞いた声に俺は心が震えた。


 老婆のその声がいくぶんぼやけていても、遅くなっていても、それでも頭の中の記憶がそれが誰なのかを甦らせてくる。


 つまりこの声の持ち主は村の知り合いどころかそれは親族であり……


「あっこんにちは。実は私達エバンスの英雄であるアレクとノイスの歴史の実地調査、もとい聖地巡礼をしていまして。ここがかの有名な戦士の試練の崖なのですよね」


 アルマの声が外向きな良家のお嬢様みたいな……事実そうなのだが……に変わっていて俺はそこにも戦慄を覚える。オヴェリアちゃんにあまりにもそっくりすぎた。


「おお、そうですよ。わざわざここまでいらっしゃるとはよほどお好きなのでしょうね。彼らも喜ぶことで。

 ですがね、残念なことを申しますが、この崖は去年に大雨による崖崩れが起こってしまって元の形とはガラッと違っているのですよ」


「ああ、そうなのですか。道理でちょっと緩やかだなぁと思いました。

 あのアレクとノイスが苦労した試練にしては、と思っていたいましたので残念ですが安心しました。

 あの二人が達成した試練ですからもっと艱難辛苦なものでないといけませんよね」


 アルマの言葉にその老婆は笑う。その笑い声に俺は目蓋を閉じる。


 そうか笑い声もまた変わらないものだと。


「ふふふっそうですね。あたしもそう思っておってな、近々修復工事が始まるとのことだから期待しておるんだ。

 あの二人の伝説のはじまりの地だからな、お若い人をがっかりさせないぐらいのものにし直さなければならぬよな」


「あっあのすみません。それは結構なのですが二人と言われますが、もう一人いますよね。」


 ラムザが言った。


「はいはいおりますよそれは」


「えっ? 誰かいたっけ? いったい誰のことかしら!?」


 いっさいの反論を退けるような声をアルマが発するのを俺は背中で受け止めた。


 なにかに気付いたのかと俺は観念した。こいつはその邪悪な勘の良さと底意地の悪さで以って、自分がいま振り返らないことで何かを察したのだろう。


 だからこその挑発と掘り起こそうとするその意思。過去という地面を掘りあてるための工作。


「おいおいアルマ、あのさぁ」


「……あの、お二人さん? お二人さんはお二人さんなのか?」


「どうしました御婆さん? お二人さんって、はい私達は二人ですけど。ねぇラムザ? そうでしょ? 

 夫婦水入らずでの二人っきりの旅行中ですがそれ以外になにか見えます? ちなみに三人目はまだ出来ていませんよ」


 そう言いなさいと言外の意思へと追求する声の響きがすると、ラムザもそれを理解してきたのか答える。


「うっうん、そうだね。僕たち二人は第一次聖戦におけるエバンスの三戦士の事跡を追っているのです。

 ここはかの有名なアレクにノイス、それとアーダンの旅立ちの地として有名でして」


「だからさーラムザ! 私はいつも言っているでしょ? その三人目のなんたらは後付けだってさ! なんかいつの間にか紛れ込んじゃったのよそれが。

 あるでしょ? 書類の中に間違えて挟まれたなにかとそれは一緒。

 本当はエバンスの戦士は二人なのに、どういったことか三人目が追加されたって」


「いや、お前はね、そうやって興味のない戦士についていないことにする態度はちょっと」


「だってさぁ、怪しいじゃないのそやつ。なんだか存在が嘘っぽくてさ、あっごめんなさい御婆さん。

 私は決して御婆さんが嘘を吐いていると言っているのではなくてね、なんかこう国の陰謀みたいな力が働いていると感じてさ、他国のものからするとなんか怪しくてさ」


「……ここには二人しかおらない」


「うん? 御婆さんをいれましたら三人ですが、はて? どういたしましたか? 他に誰かいるのですか?」


 辺りをきょろきょろとわざとらしくうかがっているであろうアルマの邪悪な顔を想像しながら俺は動かぬように耐えた。


 村人に実在していることを気づかれてはならない、ましてやこの……この人にだけにはどうしても。


「……そうか、今日はあの日であったからな。そういうこともあるか。こんな若い人達が訪ねて来てくれたから、きっとあいつはそれを見たくなって……怪しい、かそうだね、あたしも、怪しいと思うよ。

 あれが、そんな戦士だったはずがないからさ」

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