俺は君を殺す、君は俺を殺せ
「あなたは気づかなければなりません」
彼女は俺に告げる。
「自分というものに気づかれなければならないのです。
私は剣を教えられます。
技術も動きも指導できますがその先に行かないければなりません。
どれほど私から習ったとしても私とあなたは違う存在。
つまりは師を完全に真似てはならず、真似をしつつ自分のものとして消化し別物にならなければいけません。
言うなれば言うことを聞いてはならない、分かりましたか?」
「はい」
答えると彼女は俺の頭を扇子でピシッと叩いた。
「いま私は聞いてはならないと言ったではありませんか。人の話を聴いていましたか? ではもう一度聞きます。言うなれば言うことを聞いてはならない、分かりましたか?」
「いいえ」
ピシッと彼女はまた俺の頭を扇子で叩いた。さっきのよりも強い。
「お師さんの言うことに反抗するとはなんたる弟子でしょうかこーの愚弟は! いつもいつも反抗してからに!」
「なんだそれ! じゃあどうすればいいんだよ!」
「そんなの私に分かるものですか!
自分で気づかないといけないと私は言いましたよね! 答えはいつもあなたの中にあります!
いちいち師匠に聞くのではありませんよ、だから愚弟なのです!」
「だったらいちいち叩くんじゃない! クソッ! ひとつお願いしますよ、今日こそ倒してやる!」
「おっ! いいですよいいですよーやる気を出して結構ですね! では本気でかかってきてください! あなたの二十年を否定してあげますからね」
俺の剣の師は十五歳になったばかりの少女であり強くて理不尽でわがままなそのまんまクソガキだった。
だけども剣の腕は誰よりも強く、俺は誰よりもそれを知っており、そうであるからこそ何よりもそれを信じていた。
「あなたは私よりもいつか強くなるのですよね」
「もちろん、頑張る」
「まぁ無理ですけどね」
「最低の師だな」
「まぁせいぜい一生無駄な努力をしてください。生涯全敗し続けるように。それもまた孝行です」
「本当に倒してやりたい!」
「その意気です! ではもう一本やりましょう! いつものように本気で私に向かってきてください。そうでないと返り討ちの気持ち良さがありませんもの」
「なんでそんなに性格が悪いんだ! 少しは性格を良くしろ!」
「性格はいいと思っていますが、まっ愚弟には相応しいと思いませんか? 弟子は師に似るのですから仕方がないのですよ! 百回やっても無駄無駄!」
焚きつけられた俺は幾度もなく挑戦してはやられ、その度に彼女よりも強くなりたいという思いに駆られる日々だった。
「さぁ今日も稽古をしましょう。愚弟よ強くなってくださいね。そうすれば私も強くなりますから一緒に強くなりましょう」
彼女の言葉に俺は頷く。俺は強くなるんだ。君よりも強くなるという願い故に俺はその師を、彼女を殺すこととなった。
「俺は……殺す」
暗黒の空間のなか金色の光が散りばめられている。
声が聞こえる。自分自身の声だ。
「俺はオヴェリア・シャナンを……」
俺はひとつの言葉のみを聞き続けている。
俺の存在の全てがそれであり祈りであるかのように。
「俺はオヴェリア・シャナンを殺す」
彼女を殺すという思いのみが俺でありそれ以外の何もかもが失われている。
自分自身の名すら思い出せないほど時が流れてしまったのか。
俺は彼女を殺さなければならない。
俺の剣の師である彼女を討たねばならない。
彼女に死をもたらさなければならない。
光を貯め込んでいるかのようなその白銀の髪を持つ剣士、まだ完成していないその身体から繰り出される卓越した技、弟子である俺はそれに挑み勝たなければならない。
俺はそうしなければならない。
何故なら……何故なら……
やがてその金色の光が消えて真の闇が訪れた。長い長い時を過ごしているという感覚のなかで俺は思う。
これは死なのではないのか? 俺は彼女を殺せずに死んだ。
ならばそれは……もう、それで……だがそれは違った。
闇のなか、新しい声が聞こえる。
「あなたは……ですね!」
闇の外から声が届いた。小さな音が徐々に大きくなっていき音から声に変わり、それから意識が甦りつつあるなかそれは言葉となっていく。
「あなたはアーダンですね!」
知らない名前が聞こえた。
ひどく懐かしい響きのする名前。
「あなたはアーダン・ヤヲですね!」
自分が誰なのかと聞いているのだ。
自分は……俺とは何か? その問われた懐かしくなる名であるのか?
俺は……思考しだすと共に闇が微かに薄らいでいく。
自分を取り巻いていた闇が、支配していた闇が、消えていく。
俺を閉じ込めていたものが消失していくということはつまり、これは……
「あなたは第一次聖戦における英雄アーダン・ヤヲに違いありませんね!」
英雄? と意味不明だと思いつつ頷くと闇はさらに明けていくものの、それでも光はまだ射しては来ない。
薄皮一枚の闇によってまだ光は届かない。名はそうであっても、まだ足りないのだ。
自分という存在がなんであるのか、名ともう一つ必要だ。だからまだ、答えられない。
「あっあなたを、女王殺しの! オヴェリア女王暗殺犯として連行します!」
そうだ、と俺はその言葉を待っていたかのように心の中で答えると、闇が瞬く間に消失していき世界に光が溢れて来る。
俺にとっての世界とはそれであると解釈と認識が重なり自分という存在が白日の下に晒される。
目蓋が自然に開かれ光によって眼前が眩み揺れながらも俺は更に理解していく。
そうか……そうなったのか。そうであるからこそ……
「はっ反論はありますか、その、犯行に対しての、なにか、弁明といったものは」
「無い」
俺は答え立ち上がり怯えている祈祷服を着た若い男に再度告げた。
怯えなくていい俺は君を傷つけたりはしない。俺が傷つけ、そして殺すのはただ一人だけ。
「俺が彼女を殺した。そうだ。問うたように俺がお前らの王であるオヴェリアちゃんを殺した」
縄で繋がれるために両手の指を組みながら俺は再度言った。
「そうであるからこそ俺はここに復活したんだ」
それはどうしてなのか?
どのような理由であるかは俺は思い出せないながらも確信をもって告げた。
どのみち俺は裁かれ死ななければならない。
生きていてはいけないのだ。
俺にその後などもとより、無い。