09.ずっと傍に……
幽霊が見える高校生、辻本不由美は同級生に誘われて旧校舎に肝試しに行く。そこで出会ったのは自殺した女生徒だった……
私、辻本不由美は小さい頃から幽霊が見えた。
それも生きている人と変わらないようだった。クリアに見えるせいで話しかけたら幽霊だったということも多々あった。そんな私を両親は薄気味がったし、弟はあからさまに嫌悪した。だから友人には言わずに黙って言おうと心に誓った。
家族から逃げ出すように、全寮制の高校に入学したのはそのためだった。
戦後すぐに創立された、由緒正しい学校は私が入学したときには新校舎になっていた。以前の旧校舎は三十年前に建てられたと聞いて驚いたものだ。冷暖房が完備された環境は理想的と言ってもいい。先輩たちは羨ましいと言ってくれたのも優越感があった。
ある日、友達の一人が旧校舎を探検しようと言い出した。
はっきり言って嫌だったが、周りが行こうよとテンション高めだったので、断りづらかった。それにこれがきっかけでハブられてしまうのも嫌だった。
旧校舎には五人で行くことになった。部活が終わって夕食を食べ終えた自由時間に寮母さんに黙って向かう。
鍵のかかっていない扉を開けて、薄暗い廊下を歩くとコツコツ音が立つ。みんなおっかなびっくり歩いていく。
「ねえねえ。五年前に一人、自殺したの聞いたことある?」
お喋りな恵子がろくでもない話題をする。
他の三人がやめてよと言うのに「だって先輩から聞いたんだもん」と口を尖らせる。
「だから新校舎に建て替えられたんだって」
そのとき、すぐ近くの教室から物音がした……気がした。
口の中がからからと乾いていく。
恵子もみんなも黙ってしまう。
「……もう、帰ろっか」
恵子の言葉に私たちは頷いた。
早足で来た道を帰る――また物音。それもさっきより大きい。
みんなが悲鳴を上げる中、私は、見た。
全身が血まみれの、女の子が立っていた。
頭から大量の血が噴き出ている。脳髄も見えている。頭から落ちたのかもしれない。制服が痛々しく血に染まっている。顔色も悪かった。せっかくのロングヘアーが台無し――
私たちは駆け出して、旧校舎から出た。
荒い呼吸の中、ちゃんと全員いるか確認する。
六人いた。
幽霊の女の子も、一緒に憑いてきた。
「こ、怖かったねえ。寮母さんにバレる前に帰ろうよ」
恵子の言葉で全員寮へ向かう。
女の子は私の傍にずっといた。
離れてほしかった――
寮の私の部屋でも幽霊はずっと傍にいた。
学校の寮は個人部屋で狭いけどプライベートは確保できた。
だけど、幽霊と同居するとは思わなかった。
「あのう。ここにいないでほしいんですけど」
拒絶を示すと、女の子は恐い顔になった。
幽霊だけに恨めしい顔だ。
私はため息をついて「名前、分かりますか?」と訊ねる。
『細川……明美……』
どうやらコミュニケーションは取れるようだった。
私は「どうやったら成仏するんですか?」と訊いてみる。
『分からない……大切な人、いた気がする』
「それは、家族ですか? それとも恋人ですか?」
『そうかも、しれない……』
どうも要領を得ない。
頭を打っているせいだからだろうか?
私はどっと疲れが来てしまったので寝ることにした。
幽霊が近くにいるのに寝られるかどうか。不安だったけど勉強疲れもあってすぐに寝られた。
幽霊の視線がずっと私の顔にあるのは分かっていた。
それからずっと、幽霊――明美さんは私の傍にいた。
授業中も休み時間も試験中も昼休みも部活中も放課後もずっと傍にいた。
血をだらだら流し続ける明美さんは見た目も幽霊そのものだったけど。
次第に気にならなくなる私がいた。
そして夏が過ぎ秋が過ぎ冬が過ぎて、春になった。
一年間、ずっと傍にいた明美さんとの生活に慣れた頃、担任の先生が「今日は皆にお知らせがある」と言う。
「教育実習生が来ることになった。しばらくは授業のお手伝いをしてもらうことになる。そのうち授業もやるだろう」
隣の恵子が「教育実習生、この学校の卒業生だって」と小声で教えてくれた。
「そうなんだ。どんな人だろう」
「噂だとかなり格好いい人らしいよ」
そういう情報はよく耳に入るらしい。
どこで仕入れているのかは不明だ。
「初めまして。今日からお世話になります。秋上はじめです」
そう自己紹介したのは、まだ若い男の人だった。
確かに恵子の言うとおり格好いい――
「うん? どうした辻本?」
担任が目敏く私の動揺に気づく。
そう。私は動揺していた――明美さんが号泣していたから。
顔を手で覆って、しゃがみこんで泣いている。
「え、えっと。お腹が痛くて。トイレ行ってきます」
「そうか。痛むようなら保健室に行けよ」
私は早歩きでトイレに向かう。
明美さんは泣きじゃくりながらついて来た。
「どうしたの? なんで泣いているの?」
トイレの個室でひそひそと明美さんと話す。
しばらく泣いていて、それからようやく話してくれた。
『思い出したの。あの人、私の彼氏だった人』
「彼氏? それって思い出せない大切な人のこと?」
『うん。ずっと一緒にいたいと思っていた人』
偶然なんだろうか?
教育実習は母校でやることが多いから……いや、そんなことはどうでもいい。
私は「どうする? あなたのこと、秋上先生に話す?」と訊ねる。
『少し待って。いろいろ思い出してきた』
結局、その日は秋上先生には話せなかった。
代わりに次から次へと思い出があふれてくる明美さんと話すことになった。
優しかった秋上先生との思い出。初めて出会ったときのこととか。もらったプレゼントのこととか。一緒に出掛けたデートスポットとか。いろんなことを聞いた。
『幸せだったはずなのに、どうして私は死んでしまったのだろう?』
不思議そうに言う明美さん。
私も疑問に思った。自殺する理由が見当たらないのだ。
それに記憶が甦っても、肝心の自殺した時を思い出していない。
「よく分からないけど……秋上先生と話せば分かるよ」
何の根拠もない言葉だったけど、明美さんは嬉しそうに微笑んだ。
そして翌日の放課後。
少し疲れている秋上先生が廊下で休んでいるのを見つけて「秋上先生、ちょっといいですか?」と声をかける。
「うん? ああ。辻本さんか。どうしたの?」
生徒の名前をもう覚えているようで、頭良いなあと思いつつ「お話があります」と言う。
「細川明美さんについてなんですけど……」
「……誰から聞いたの?」
明るい笑顔から一転して、恐い顔になった秋上先生。
私はおかしいなと思いつつ「誰からは……ちょっと言えません……」と答える。
「そうなの? じゃあ訊きたいことってなに?」
「明美さんが、本当に自殺だったのかなって。その、自殺する理由が分からないというか……」
曖昧な言い方になってしまったのは否めない。
だけど秋上先生はしばらくじっと私を見つめて「ここで話せないな」と言う。
「旧校舎に行こう。あそこなら説明できるから」
「えっ……は、はい」
私は秋上先生の後ろに続いて歩く。
旧校舎は相変わらず鍵が付いていなかった。
「先に入ってくれる?」
「はい、分かりました」
中に入った。
そこで記憶が途絶えた。
目覚めると私は教室の中にいた。
両手両足を縛られていた。身動きが取れない。
その事実に気づいた私は「いやああああ!?」と悲鳴を上げてしまった。
「騒いだって誰も来ないよ……」
目の前に秋上先生が立っていた。
暗い表情で私を見下ろしている。
「せ、先生! どうしてこんなのこと――」
「君が明美の自殺を疑っているからさ。誰に吹き込まれたのか聞かないとね」
意味が分からない。
秋上先生は「久しぶりに人を殺すなあ」ととろけた表情になった。
「初めは小動物からだった。殺すのが楽しくなってさ。だけど人間を殺すのは躊躇したね」
「ま、まさか。明美さんは自殺じゃあ――」
「僕が殺した。自殺に見せかけてね」
楽しげに語る秋上先生の様子を見て――私は心底怯えた。
そんな理由で恋人を殺すなんて!
「明美が悪いんだよ。僕の趣味を知って止めようとしたんだから」
「そ、そんな理由で……」
「それより、誰から聞いたの? 教えてくれれば楽に殺してあげる」
私は――明美さんを見た。
俯いていて表情が見えなかった。
「あ、明美さんから聞いた……」
「……ふざけているのかな?」
「ほ、本当なんです。わ、私は――幽霊が見える」
私は昨日聞いた明美さんの思い出を秋上先生に言う。
言葉が途切れたら殺されるかもしれない。
だからなるだけ早口で話した。
秋上先生の顔が歪んでいく。
汗もかいてきている。
「ば、馬鹿な。それじゃ、明美は――今、どこにいる?」
私は答えた。
「せ、先生の傍に、いる……」
その瞬間、秋上先生の首に明美さんの手がかかった。
ぎゅうと絞めていく。秋上先生は首に手をかけるけど触れない。
「く、苦しい……助けて……!」
そして気絶してしまう。
それから明美さんは私に近づいて縄を解いてくれた。
『早く行って』
「あ、明美さんはどうするの?」
『…………』
答えてくれなかった。
私は急いで旧校舎から出た。
先生に伝えるためだ。
その後、警察が来ていろいろと聞かれることになった。
だけど、説明できることは少なかった。
秋上先生が私を殺そうとしたとき、急に倒れたと嘘をついた。
だって幽霊が助けてくれたとは言えないから。
警察の人は納得しなかったけど、私は一応被害者だから、打ち切ってくれた。
しばらく学校を休むことになった。
実家に帰るのもあれなので、寮にいると恵子や友達がやってきて慰めてくれた。
それでも真実は誰にも言えなかった。
それから数か月後。
私は秋上先生の裁判で証言することになった。
検察からの依頼だった。
学校の先生は止めたけど、私は気になることがあったので証言しに法廷に立った。
裁判官の質問に答えつつ、横目で秋上先生を見た。
「どうか、なさいましたか?」
「いいえ。なんでもありません……」
憔悴している秋上先生。
その隣に寄り添うように、あるいは監視するように。
明美さんは――いた。
ずっと傍に……
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