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アイと私は、あのプールでの一件以来、学校でも堂々と一緒にいるようになった。そのことを、陰でとやかく言う人たちもいた。あぶれ者の私とアイがデキてるんじゃないかって、不埒な噂まで飛び交った。それでも私は、アイと一緒に行動することをやめない。移動教室の時も、登下校も、アイの隣を歩く私。クラスの垣根を超えれば、まだ学校中の生徒から人気者であるアイは、その後も告白をされ続けた。その度に、罪悪感に塗れながら断り続けるアイのことを、私はいつも隣で励ましている。
アイと私は二人とも電車通学なので、最寄駅まで並んで歩く。その道中に、お墓があるのだけれど、アイは時々お墓の方を見てぼんやりと目を細めることがあった。
「アイどうしたの?」
「ううん。ちょっとね。ここに、おじいちゃんとおばあちゃんが眠ってるから」
「そうなんだ」
アイは転校生なのに、祖父母がこのお墓に眠っているということは、もともとのルーツはこの街にあるのかもしれない。確か、親戚の家で暮らしているって言っていたし。そんなことを考えていると、アイがすぐに「ねえ、駅前のクレープ食べない?」と誘ってくれて、私はお墓のことなんてすぐに頭から抜け落ちた。
私がアイのそばにいることで、私へのやっかみは以前よりもうんと増した。
「あの子、ずっとアイと一緒にいるけど何様のつもり?」
「一組でハブられてるんだって。だからアイに近づこうなんておこがましいよね」
私は、周囲からの声に耳を塞ぎ、自分と、アイだけの世界に浸っていた。現実逃避だと思われても仕方がない。だって、私はあの教室の中では息ができない。アイの隣にいる時しか、私は私でいられないから——。
アイと常に一緒にいるようになってから、さらに一ヶ月の時が流れた。
7月、始まりかけた蝉の合唱が、教室の窓の外でゆらめく陽炎をつくりだしているみたいに、ぐわんぐわんとうるさいくらいに響いていた。
「ねえ、話があるんだけど」
キツイ目をした美雪と蘭が、私の席の前に立ちはだかる。昼休みに、お弁当を食べようとしている時だった。
この日、アイは家の用事で学校を休んでいて、私は教室で一人、なりを潜めていた。
プールで私の足を引っ張った美雪は生徒指導を受け、一時停学処分を受けた。でも、その停学期間も一週間前に終わり、私は再び美雪の監視下にいる。
「なに?」
美雪や蘭とはできる限り会話をしたくない。そんな気持ちが声に滲み出て、暗い影が落ちる。
「あんたさあ、私がプールで足引っ張ったこと、先生にチクったでしょ?」
「まじで最低! なんで自分が足攣ったのを美雪のせいにするの?」
バン、と美雪が私の机に手をついて、衝撃でお弁当が床に落下した。運悪く、反対向きで。お弁当の中の具材が、べちゃりと飛び散った。
何が起こったんだと、教室に残っていた人たちがこちらを振り返る。ああ、またやってるよ。あいつらか、とげんなりしたような表情がたくさん浮かんでいる。私はそんな彼らの顔さえ、見えないふりをした。
「……っ」
悔しくて、私は強く唇を噛み締める。
美雪たちに言い返せない自分に腹が立って、情けなくって、反吐が出そうだ。
こんな時、アイがそばにいてくれたら立ち向かう勇気が出たのかもしれない。けれど今日の私は一人だ。一人の私は、あまりにも脆く、弱い。
私は、口の中に広がる血の味を感じながら、床に転がったお弁当箱を拾って、素手でおかずを拾い始めた。