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「えー今日は二人でペアをつくって、お互いの泳ぎ方を指摘し合う授業だ。みんな、誰でもいいからペアをつくって」


 アイと初めて言葉を交わしてから二週間が経った。

 私は、プールサイドの端っこに立っているアイの姿を、ぼんやりと眺めていた。

 ……やっぱりアイは、きれいだ。

 もともと、色素の薄い髪の毛が太陽の光に反射して宝石みたいにキラキラと輝いている。艶のある光の輪が、アイの髪の表面に浮かぶ。パサついた髪の毛をした私とは正反対だ。

 あの日からアイとは、昼休みや放課後に少し話をしている。というのも、アイも最近クラスで一人になることが多いからだ。きっと、美雪や蘭が、周りのクラスメイトたちにアイに関わらないように指令を出しているに違いない。アイは美雪たちに正論をぶつけていたから、それが気に食わなかったんだろう。

 アイと少し話ができるようになったとはいえ、あまり深い会話はできていない。挨拶とか、今アイがハマってるアニメの話とか、その程度だ。

 今日は今年初めての水泳の授業の日。梅雨の時期なので雨になることも多いけれど、幸い晴れだった。普段の体育は男女別で授業をするのだが、水泳だけは別だ。何しろ、プールが学校に一つしかないから。


「ねえ、なんでこの歳になって男子と一緒なのお?」


 不満気な美雪の声が、プールサイドに響き渡る。そう言いつつも、男子と一緒に水泳をできることが嬉しいのか、頬を染めて男子の方を見ている。男子も男子で、下心がばれないようにこちら側を見ているのが分かった。


「はい、文句はあとで聞くからなー。さっさとペアつくれ」


 体育の先生が美雪の文句を軽く流し、生徒たちに二人組になるように促す。

 女子は文句を垂れ流しながらも、楽しそうにペアを組み始めた。男子も、仲の良いメンバー同士がペアになる。

 当然、私は誰ともペアをつくることができなかった。目の前で次々と繰り広げられるペア決めに、置いてきぼりをくらったように、その場で立ち尽くす。


「あー、織部は、雨宮(あまみや)とペアでもいいか?」


 先生が、ペアづくりであぶれた私と、アイの苗字を告げる。


「え? あ、はい」


 アイが、私と同じようにペアをつくれていないことに今気がついた私は、アイの方に視線を向ける。アイは私を見て、ゆっくりと微笑んだ。

 アイのそばに進むと、クラスメイトたちが私たちをじっと見ていた。でも私は、そんな彼らの視線には気づかないふりをして、アイだけを求める。

 アイがいれば、私は一人にならない。

 その事実が、教室の中で凍りついていた私の孤独心を溶かしていく。


「よろしくね、彩葉」


「こちらこそ、よろしくアイ」


 私たちが人知れず仲良くしていることを、みんなは知らないだろう。私もアイも、二人だけの居場所をつくった。この密やかな関係は、誰にも侵されたくない。


「じゃあ、二人組で泳ぎの練習をするぞー。片方がクロールをして、もう片方がその様子を見る。お互いに同じことをして、良かったところと改善すべきところをアドバイスして」


 先生の指示通りに、クラスの半分の生徒がプールへと身体を浸す。


「先に私からでいいかな?」


「うん、いいよ」


 私はアイの了承を得てから、プールへと入った。蒸し暑い季節とはいえ、プールの水は冷たくて、ぶるりと身体を震わせる。そんな私を見て、アイがククッと小さく笑う。


「それじゃあいくぞ。よーい、はじめっ!」


 先生の合図とともに、私を含めたクラスメイトの半分がクロールを始めた。

 水泳は小学生の頃に習っていたので、得意な方だ。

 クロールは一番基本の泳ぎ。私は、精一杯腕で水を掻いて、足で水を蹴った。

 久しぶりだったけれど、身体は泳ぎ方をしっかりと覚えている。

 しばらく順調に泳ぎを進めた。もう少しで二十五m地点に到達する。向こうのプールの壁が見えてきた。しっかり息継ぎをして、腕を動かして。大丈夫、もうすぐゴールだ——そう思ったとき、私は誰かに足をぐっと引っ張られた。


「えっ!?」


 声を上げたのは私ではない。プールサイドで私のことを見てくれていたアイだった。

 突然、何者かによって足を取られてしまった私は、バランスを崩して水の中に沈む。

 誰かに足を引っ張られた衝撃で、足がつって、思うように動かせない。

 く、苦しいっ。

 ごぼごぼと水面で空気と水を一度に吸ってしまい、水が気管に入り込む。

 どうしよう。苦しい……このままじゃ、私——。

 水の外で、クラスメイトたちがざわめく声が聞こえる。「おい、大丈夫か!」と先生が叫ぶ声も。でもそのどれもが、私をこの苦しみから救ってくれるとは思えなかった。

 私、このまま死ぬ……?

 恐怖心と共に意識が遠のいていきそうになった時、ばしゃん、と近くで水が跳ねる音が聞こえると同時に、誰かに身体を持ち上げられた。


「彩葉っ!」


 私をプールサイドまで引っ張り上げてくれたアイが、声を張り上げて私の名前を叫ぶ。

 駆けつけた先生と一緒に、何度も名前を呼んでくれた。

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