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それから数日してアイが教室の中に溶け込むようになると、アイは最初のイメージと違って朗らかでよく笑う人だと分かった。
「ねえねえ、アイって血液型何型?」
「O型」
「お前そんな質問してどうすんだよ」
「いいじゃんいいじゃん! なんでも知りたいんだって」
「なんでも聞いてくれて構わないよ」
「優し〜。あ、じゃあ好きな食べ物は? 趣味は? 恋人はいますかー?」
「好きな食べ物はオムライス。趣味はピアノ。恋人は……いないよ」
新人に興味津々のクラスメイトたちからの質問攻めにも、嫌な顔一つせずに答えていくアイ。恋人のところで一瞬眉を顰めたような気もしたが、この質問だけ突っ込んだ質問だったので、ちょっと困っただけだろう。それでもきちんと答えていて、好感度が高い。
もしかしたら自分と同類かもしれない、なんて思った少し前の自分をなじってやりたい。
やっぱり、私と気が合うはずなんてない。
あんなに綺麗な顔をしていて、見た目と名前にギャップがあって。性格だって朗らかで明るくて。
根暗で世間のブームについていけなくて、友達がいなくて、むしろみんなから嫌われてる私とは、正反対だ……。
わずかに芽生えた希望の光も、すぐに空気に溶けてしまう。この感じ。一度じゃない。今まで何度も、同じような目に遭った。アイのせいじゃないはずなのに、アイのことを少し恨めしく思う。
アイも結局、“あちら側”の人間だ。
私と人生の道を交えることなんて、この先一度だってないだろう。
目が合っただけで自分と同じだと感じたのは、私だけだ。
その証拠に、あの挨拶の時以降、アイは私と目を合わせようとしない。
運命の友達だなんて思ったのも、私の一方的な片想い。
私はその日、家に帰ると、趣味で使っているスケッチブックに、アイの絵を描き始めた。あの煌めきを身に纏うアイのことを、どうしても描きたくて。手に入らないと思ったからこそ、私だけのアイを私の掌の中に収めておきたいという、ひどく独善的な理由だった。
まず初めに鉛筆でデッサンをし、線を重ねていく。輪郭も艶のある髪の毛も、すべて記憶のまま、アイを描き出す。あの美しい瞳には、最後に光の珠を入れる。
その一つ一つの作業は、とても神経がいった。
少しでもずれてしまったら、完璧なアイの像が、私の中で壊れてしまうような気がして。
アイのことが手に入らないと分かっているからこそ、描き出すアイは特別なものにしたかった。
「アイ、私と友達になってくれないよね」
アイの絵に問いかける淋しい声は、部屋の中の静寂に溶けて消えた。
そうやって私は、アイのことを簡単に諦めた。
でも、この時の私はアイについて、ほんの1%も知らなかったのだ。
アイが二年一組に転校してきてから一ヶ月が経った。
その間、“二年一組にとっても美しい転校生がいる”という噂が学校中を駆け巡った。連日のように、噂の転校生を一目拝みたいという人波が押し寄せる。やって来る人たちは、同級生だけじゃない。一年生も三年生もいた。私は、アイがいろんな人の好奇の視線に晒されるたび、なぜか心臓が鷲掴みされるような居心地の悪さを覚えた。
だけど、そうやってアイの噂に学校中の視線が集まるたびに、クラスメイトたちの私に対する嫌がらせは少なくなっていた。アイのおかげだ。それなのに私は、いまだアイに話しかけることもできず、今でも教室で一人ぼっち。
きっとこのまま、私という存在は誰の心にも留まらない。
友達がいなくて、彩りのない人生を、私はこれからも送っていくんだろうって、諦めているんだ……——。