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推しがいなくて、SNSもやっていない私は、文字通りクラスで浮いていた。
浮いているどころか、友達は一人もいない。
だから私はいつも一人、教室で絵を描いて過ごしている。
友達なんて、この先一生できるはずがない。
友達がいなくても、私には大好きな絵があるから——なんて、割り切れるはずがなかった。
私だって、大切だと思える友達がほしい。
放課後にカラオケに行ったり、ファミレスに行ってしょうもない話をしたりする友達が。
でも、そんな私の些細な願いは、叶わないことなのかな……。
毎日、絶望感に苛まれながら教室の扉を開ける。今日は。今日こそは誰かと友達になろう。話しかけてみよう。ほら、私と同じくらい控えめなあの子なら。いつも席で本を読んでるあの子なら。大丈夫なはずだ——と精一杯勇気を振り絞ってみる。でも、どうしてもダメだ。「織部さんは空っぽ」だって、また言われないか不安で仕方がないのだ。
こうして折り合いのつかない気持ちと葛藤しながら、結局友達ができずに迎えることになった高校二年生の一学期、始業式の日。例年より満開が遅くなった桜が、校門を囲むようにして咲いていた。桜の花びらが、ふわりふわりと左右に揺れて地面に落下する。桜は、枝から落ちた後も、アルファルトの地面を桃色に染めて、とても綺麗だ。下ばかり見て歩いている私だから、散ってしまった桜の花びらに目がいってしまう。
二年一組は、一年生の時からの持ち上がりのクラスだった。
だからメンバーは変わらない。
その事実に軽くめまいを覚えながら、私は今日、教室の扉を開けた。
私を見かけた時のみんなの視線が、「なんだアイツか」とつまらなそうなものに変わる。自分に向かってくる感情が、明るいものではないのだとすぐに分かってしまう。
二年生になったって、何も変わらない。
変わらないと、思っていた。
でもこの日、私はとある人物と初めて視線を交わして、自分の中で、新しい感情が芽生えていくのを感じた。それが希望だと気づいた時、校門で散ってもなお人の心を癒すあの桜の花びらを思い出した。
その人のことを、みんな「アイ」と呼んだ。アイが自ら、そう呼んでくれていいと言ったのだ。
アイは転校生だった。黒板に書かれた「愛」という漢字が、そこだけ熱を帯びているように赤く染まっているように見える。漢字に対するただのイメージだけど。教卓の前に立っているクール系のアイとは、どこか不釣り合いだという気はした。
色素の薄い髪の毛は艶を帯び、同じく瞳も外国人のような美しいな輝きを放っている。宝石みたいだ、という言葉がこれほど似合う人物に、私はいまだかつて出会ったことがない。
軽い挨拶をして頭を下げたアイと、教室のど真ん中の席に座っていた私は自然と目が合った。あ、どうも、というようにもう一度軽く頭を下げるアイ。私は、アイにつられてぺこりとお辞儀をした。そんな私に、クラスメイトたちが奇異な目を向けているのが分かって痛かった。
でも、どうしてかアイとはシンパシーを覚えた。たったの数秒目が合っただけなのに、ずっと前から友達だった、みたいな。運命の人ならぬ、運命の友達。そんな陳腐な表現が頭の中に浮かんで、ばかなことを考えるなと、大きく首を振る。
「いって、周り見ろよ織部」
私の髪の毛が隣の男子に当たり、きつく睨まれた。
私は身をすくめて、ごめんなさいと小さく呟く。
きっとアイも同じだ。
期待なんかしない方がいい。
そう思う反面、もしかしたら、この人となら仲良くなれるかもしれないという微かな希望が胸の中で渦巻く。根拠のない自信は持つなって、最近お兄ちゃんによく言われる。ろくに練習もしていないのに自信満々で出たバスケの試合で、木っ端微塵にやられてしまったからだそう。
だけどこの時ばかりは、根拠のない自信に心救われていた。