わたしはただの使用人!(下女の娘ですから)
ちまたに流れるある王国の噂話。
その王国にはとても大切にされている王女様がいる、と。
末の王女様はとても可憐で、国王は手中の珠とでもいうように、大切に大切に王宮の奥で育てている、と。
王女の願いは何でも叶えてあげるのだ、と。
贅沢をさせているのだ、と。
そのために国王は国を傾けてしまった、と。
◇◇◇
「ケッ」
わたしは集められた人々の一番後ろに並び、諸外国に鳴り響いている噂話を聞かされて、小さく吐き出した。
幸いにも、周りの人たちは話されることに集中しているので、わたしの毒づきには気がついていないようだった。
噂話の後には、この国の王族がいかに国民に重税を課して圧政を強いていたのかを告げられたけど、わたしの気持ち的には『今更かよ』だった。
「そういうことで、この諸悪の根源である王女がどこにいるのか知るものはいないだろうか」
そう締めくくられた言葉に、周りの人々は困惑した顔のまま、ちらちらと様子を窺っていた。
(ケッ)
と、今度は心の中で毒づくわたし。
正義の味方気取りで王国に侵攻して王宮を制圧した隣国の指揮官は、王族たちを捕縛したものの、噂に聞いていた王女の姿がどこにもないことに焦っているようだ。
一応、正義の味方の隣国の方々は王宮に攻め入ってきた時に、騎士でない王宮の使用人たちに抵抗をしなければ傷付けないと約束してくれたので、指示に従って使用人用の食堂にわたし達はいたのだけど。
ということで、今の説明はわたし達、王宮の中でも下っ端の使用人たちに言われたことだった。
わたし達は下っ端も下っ端。王宮内でも下人や下女と呼ばれる者たちだ。そう、王家の人々どころか王宮勤めの方々とも、顔を合わせることなどできない立場の者たちである。
だから、問われたことに困惑しているのである。
……けど。
「あんの、一言よろしいですじゃろか」
この国の南の地方出身の庭師のギム爺さんが、おずおずと口を開いた。寡黙な庭師で通っているけど本当はお国訛りが抜けなくて、口数を少なくしていただけだったと、前に教えてくれた。
指揮官は期待を込めて発言の許可を出した。
「わしらは王宮の中でも下っ端ですがー、そんな王女様の話は知らんですわ」
「…… …… はっ?」
数瞬動きを止めた指揮官は訝し気に聞き返した。
指揮官の様子に説明するべきだと思ったのか、ギム爺さんはまた口を開いた。
「わしらが知っとる話は、見捨てられた王女様の話ですじゃ」
「はっ? 見捨てられた?」
指揮官が茫然と繰り返した言葉にギム爺さんだけでなく、ここに居る中でわりあい古参の使用人たちが首を縦に振った。
「そうですじゃ。国王様が戯れに手を出したメイドが懐妊し、王女様をお産みになったのですが、そのメイドが産後亡くなると、後宮の片隅に捨ておいたと聞いとります。哀れに思ったメイド仲間がこっそり育てたので五歳までは育ったそうですが、王妃にその存在を知られて、部屋を追い出されたそうですじゃ。じゃが、そんな小さい子ですからの、間もなく病で亡くなったとメイドが言うておりましたのじゃ」
「そ、そんな、ばかな。王女は生きていると、国王も王妃も言っていたぞ」
指揮官は動揺しながらも視線をさ迷わせた。そして、大人の後ろに隠れるようにしていたわたしを見つけたようで、軽く目を瞠った後、ニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
「そこにいる者は、この中でも年若いではないか。その者が王女でお前達が王女を匿っていたのではないか」
「バカお言いでないよ! この子はわたしの娘さね。どこが王女に似ているというのさ!」
わたしの前にいた下働きの女性がそう言うと、わたしを隠すように両腕を広げた。指揮官は「ウッ」と言葉を詰まらせた。
「それにですねえ、おかしいと思わないんですかい。国王様の言葉に。その大切にしていたという王女様のお部屋をあなた様は検分なさったんですよね? 本当にその王女様のお部屋だとお思いになられましたんで?」
「何が言いたいのだ、お前は」
指揮官は気色ばんで、発言をした厨房の下働きの男のことを睨みつけるように言った。
「いや、こんな学のないわしらでも、おかしいと思うていることを、あなた様がお分かりにならないはずがないんですよ。いくら国王様が王女様を大切にしていたと言うても、居ない者のことをそれらしく取り繕えるわけがないんですよ。話に聞いた王女様は、確かに生きていらっしゃれば、この娘と同じくらいでした。ということは、この娘っ子くらいが着るドレスが、たくさんあるはずなんですよね。先ほどの話のとおりなら。なんせ溺愛されてそのことに調子に乗って、贅の限りを尽くしておられたようですからねえ。ですがね、王家にいる王女様方は亡くなられた王女様より、五年は早くお生まれになられていらっしゃるんですよ。まさか王家の者が発育不良ということはないでしょうから、そんなお小さいドレスがたくさんあるわけないでしょう」
指揮官はハッと表情を変えた。確かに国王たちの言葉を鵜呑みにして、ドレスのサイズなどというものに注目していなかった。
とでも、思っているのだろう。普通に噂を鵜呑みにしていれば、豪華なドレスや宝飾品がある部屋を見れば、噂の王女の部屋だと思い込んでも仕方がないことだとは、思う。
「それと、国王様が大切にしていた王女様はどのようなお姿をしていたのか、お聞きなさったんでしょうか。この娘のように亜麻色の髪に榛色の瞳をしていると言われたんでしょうか」
指揮官は下男の言葉にしばらく考えた。
確か国王は「わしと同じ金色の髪に我が王家特有のエメラルドのような輝く宝石の瞳をしている」と、言っていた。
この目の前の娘は髪の色も瞳の色も違う。
……のだが。
「魔法で色を変えることが出来るというが?」
「ハンッ」
指揮官の言葉に娘の母親と言った下女が、小ばかにしたように鼻で笑った。
「あんたさんの目は節穴なのかい。よく見てごらんよ、この子の手を。この子は七歳の時から王宮を出ることが出来なくて働きどうしだったのさ。あんのクソ王のせいで、まだ十二歳だってえのに、こんなあかぎれだらけの手にされちまった。色を変えることは出来るかもしれないけど、この働き者の手は偽ることは出来ないだろ」
「はっ? 王宮から出ることが出来なかった、だと?」
指揮官は唖然とした顔で、わたしとその前にいる女性の顔を交互に見つめた。
「そうさ。わたしも悪かったんだけど、どうしてもあの日は娘を預けることが出来なくて、仕方なく王宮に連れてきたんだよ。仕事が終わって帰ろうとしたら、なぜか娘を王宮から出すわけにはいかないと言われたのさ。はじめは理由がわからなかったさ。そのうちにどうやら王女様と勘違いされていると判って、わたしゃ言葉を尽くしてわたしの娘だと説明したさ。ちゃんと通用口の門番も、朝、わたしと一緒に娘が来たと証言してくれたのに。それなのに、クソ王は『王女を連れ出そうとしている』と言い張ったんだよ。結局、娘を王城から出すことが叶わなくなって、わたしゃ旦那と離れて、わたしも王城で暮らすことにしたのさ!」
指揮官は何も言えなくなったようで、わたしと女性とを憐れむように見てきた。
そこに部下が寄ってきて何やら耳打ちされると、一つ頷いてからわたしのそばへと歩いてきた。
「不快な思いをさせてしまい済まない。こちらの確認不足があったようだ。だが、件の王女と歳が同じくらいなのは、君だけなのだ。なので君の母の言葉ではないけど、君の身の証明のためにも、手を見せてくれないだろうか」
わたしへと左の手のひらを差し出す指揮官。わたしは女性の陰から出ると、おずおずとその手の上に自分の右手を乗せた。瞬間、ぴりっと痺れたような感じがして、急いで手を引っ込めた。それからはっとして、指揮官の顔を見あげた。
指揮官はじっとわたしの顔を見ていたようだけど、わたしと目が合うとにこりと笑った。
「どうやら姿を変えているわけではなかったようだ。重ね重ね失礼なことをした。本日はこれで各自の部屋へと戻っていい」
指揮官の言葉に、厨房の下働きの男が声をあげた。
「待ってください。それじゃあ、困ります」
「困るとは?」
「わたしらはあなた方が王宮に入ってから、何も食べていません。もうお昼の時間はとっくに過ぎています。このまま腹をすかせたまま部屋に戻されるのは困るんです」
「そういうが、まだいろいろ検分しなければならないから、厨房を好きに使わせるわけにはいかないのだが」
「そんなー。わしらはあんたさん方の言う通りにおとなしくしとりました。そんなわしらを一か所に押し込めておいて、食事をするのもだめだなどと言うとは。せめて昼食用に用意していたものくらい、食べさせてくれたっていいじゃろう」
ギム爺さんも男性に加勢するように言った。指揮官は暫し思案すると、そばに居た部下へと指示を出してから、私たちへと言った。
「それならば、厨房の包丁はいったん預からせてもらう。使いたい場合は兵士が一人につき一人、そばにつくこととする」
「はあ~。そんな、包丁を持ったくらいで、なんもできるわきゃないだろ。そんなだったら、ここにあんたらが来た時に、抵抗していただろうさ」
呆れたように言われた指揮官は、一瞬気まずそうにしたけど、表情を消して言った。
「すまないな。君たちが無抵抗でこちらの指示に従ってくれたことは判っているが、本日は我慢してほしい。まだ城内を把握していないのだ」
「はあ~。まあ、わしらは上のことはわからんですわ。あんさんらの言うことには、従うと約束しますとも。だが、最低限の食事くらいは、食べさしてほしいもんですな」
「わかった。善処しよう」
そういうと、指揮官は食堂を出て行った。
◇◇◇
食事を終えたわたし達は使用人棟の部屋へと戻った。建物のそばには、厳めしい顔をした兵士たちがいた。
わたしはわたしのことを娘と言った人と同じ部屋に入った。その前に本来の自分の部屋へと行って、着替えなどを持ち出した。
その様子をわたし達についてきた兵士が訝しそうに見ていたので、女性が睨みつけるようにしてから、吐き捨てるように言った。
「なんだい。わたしと娘が同じ部屋じゃないのがおかしいのかい。あんのクソ王がわたしの娘と認めてくれなくて、部屋を離されたのさ。クソ王が捕らえられたんなら、娘と一緒にいたっていいんだろ」
「は、はい」
兵士は気圧されたように返事をした。それから憐憫の目をわたし達へと向けてきた。
そして、女性の部屋へと入り兵士の目が無くなったところで、わたしは体の力が抜けてへたり込んだ。
女性はわたしを抱き上げると、ベッドへと座らせてくれた。部屋に置いていた水差しを持つと部屋から出て行った。何やら会話をしているのか声が聞こえてきたがすぐに遠ざかっていった。
しばらくして、水差しに水を入れて女性が戻ってきた。木のコップに水を入れると、わたしに持たせてくれた。
「よく頑張りましたね。これを飲んで気をお静めください」
「ありがとうございます」
わたしは言われたとおりに水を飲み干した。空になったコップに水を注ぐ仕草をしたので、首を横に振ってもういらないと告げた。
女性はわたしからコップを受け取ると、サイドテーブルに置き、それからわたしのそばへと座った。
肩が女性の腕に触れた。わたしは小声で話しかけた。
『先ほどはありがとうございました』
『いいえ、わたしは何もしておりませんよ』
『そんなことはないです。皆さんはわたしを庇ってくれたじゃないですか』
『何のことです? あなたは洗濯女であるわたしの娘、ラリマですよ』
そう言うと女性はにっこりと笑ってくれた。
◇◇◇
わたしは隣国の指揮官が探していた、この国の王女です。
ですが、諸外国に知れ渡っている噂とは、無関係です。
あの噂は、王家の人々が、自分たちが贅沢をしたことを誤魔化すために、流したものでした。
でも、それが自分たちの首を絞めることになったのですよね。
ギム爺さんが言っていたことは、ほとんどが真実です。
わたしの母は男爵家の令嬢でした。ですが貧乏だったこともあり、王宮へと働きに出たのです。貧乏男爵家とはいえ、爵位持ちなのでメイド(下級侍女)となれました。
母は可憐な容姿をしていました。それを好色な王に見つけられてしまったのです。
無理矢理……だったときいています。そして、妊娠がわかると後宮の一室に押し込められたそうです。
そうして生まれたのがわたしです。
実は国王には王子はいません。王妃様や側妃様との間には王女しかいないのです。なので、母が妊娠した時に期待をしたそうです。
ですが生まれたのは、またしても姫。
ということで、母は側妃どころか妾妃になることも出来ませんでした。
これは母の家の爵位のせいでもあるようです。
いいえ、国王がクズだったんです。
そうして、わたしと母は捨て置かれました。
わたしが三歳になった時に、母は決意しました。
こんな王宮から出て行ってやろうと。
それからメイド仲間と結託して、母は後宮から出ました。
といっても、王宮から出て行ったわけではありません。
下女として働き始めたのです。
昼間はメイド仲間にわたしのことを託し、夜になると戻ってきたのでした。
国王はわたしが五歳になるまで、母が後宮に居ないことに気がつきませんでした。
本当に久しぶりに母に与えた部屋に来て、母が居ないことに気がついたのです。
そうです。昼間の母は下働きをしているので、後宮には居ないのです。
母が居ないことを問われたメイドは、母は産後の肥立ちが悪く亡くなったと言いました。
国王はその言葉を信じたのです。
……どれだけ母に興味がなかったんでしょうね。
ここで、わたしのことに興味をもってくれたら、また違ったのかもしれないのだけど……。
いえ、興味は持たれたのだから、ある意味よかったのかも……。
でも、興味を持ったのは国王ではなくて、王妃でした。
国王が来た数日後、突然王妃がわたしの元へとやってきました。
そしてわたしのことを見た王妃は、国王の関心がわたしへと移ることを恐れました。
なので、また数日後にわたしの部屋へとやってきたのです。
……で、結果としては良いことをしてくれました。
それはわたしの髪と瞳の色を奪うということです。
それというのも、生まれた王女の中で、わたしだけが王家の特徴を色濃く受け継いでいたからだったのです。
わたしは王妃が連れてきた魔女によって、色を奪われました。
それと共に部屋から追い出されました。
わたしは困りましたが、そこに連絡を受けた母が来て、仕事場に連れて行ってくれました。
そこから五年、わたしは母と共に下女の仕事をして過ごしました。
わたしが十歳になった時に、母は王宮を出て行きました。
母のことを見初めてくれた人がいたのですよ。
母には幸せになって欲しかったので、説き伏せました。
母はわたしを置いていけないと言っていましたが、わたしの弟妹が欲しいという懇願にしぶしぶ折れてくれたのです。
それに、あと五年くらいすれば、わたしも大手を振って王宮から出ていけるはずでした。
さすがに十歳くらいの子供が下人の子供だったとしても、王宮から出るのは難しいものがありました。
というか、わたしの母と言ってくれた女性が言ったように、一度彼女の子供として王宮から出ようとしたことがあります。
あのクソババア王妃が、わたしが逃げ出すことを恐れたのか、門番にきつく言いおいたのです。
十歳くらいの子供を王宮から出してはならないと。
それも貴族でなくて王宮に勤める者の家族限定で。
本当にクソですか。
そんなことになっているとは知らなかったので、手を引かれてきたわたしを見た門番に止められたのでした。
一人の門番は女性とも顔なじみで、わたしの母やわたしの事情を知っていたので、同情的でした。なので、通してくれようとしたんですよ。
ですが、もう一人が融通の利かない、バカチンでした。
使用人が通る通用門の門番のくせに、王家に夢見るオオバカモノでした。
なので、わたし達はわたしが王宮からでることを、その時は諦めたのです。
というのも、わたしが十五歳になれば、大手を振って門から出ていけます。
十五歳くらいなら王宮で働くことが出来る年齢となるので、通用門から出入りしてもおかしく無くなるのです。
その時を今か今かと待っていたのです。わたしは。
が、そこまで待たずに愚かな王家の人々のおかげで、この国は終わるようです。
◇◇◇
愚かな王により圧政を強いられていると、逃げ出してきた人々から訴えられた隣国は、日に日に増える難民に頭を抱えることとなった。
それは一国にとどまらず、近隣諸国すべてに難民が押し寄せたのだ。
もともとこの国はこの辺の中では大国だった。
この国が揺らぐということは、周りの小国で受け入れるにしても、限度というものがある。
そうして周辺国は団結すると、連合してこの国へと攻め入った。
ところがこの国に入ってから、抵抗という抵抗にあわなかったのである。
領民どころか領主である貴族まで痩せ細っている有様だった。
王都につくと、門は固く閉じられていたが、連合軍の名乗りを聞いた王都民により、門が開かれることとなった。それでも地方よりはまだましな人々に迎えられて、連合軍の兵士たちはあっさりと王城へと辿り着いた。
城門は閉ざされることはなく、粛々と連合軍を受け入れた。
騒がしかったのは、王族が居住する場の鎮圧のときだけだった。
みっともなく泣き喚き、しまいには末の王女の希望を叶えたために、財政がひっ迫したのだと言い出した。
だが、その末の王女の姿が見つからず、連合軍は王城内を捜索した。見つかったのは末の王女と同じ年くらいの下女だった。その下女が姿を変えた王女だと思ったのだが……。
数日かけて調べてみれば、その王女は七年前に亡くなっていたという事実が出てきた。
それどころか、その王女の身代わりにさせようと、下女の娘を王宮から出さずに留め置いていたことも発覚した。
そのことを聞かされた王妃は「そんなはずはない」と言ったのだが、下女の娘と対面させたら、王家の特徴を何も持たない平凡な娘だったことで「それではやはり亡くなっていたのね」と呟いたそうだ。
王族は極刑に処されるだろうと思われていたが、王族は貴重な魔法の担い手ということと、魔力量が多いということから、死ぬまで動力として魔力を供給することが決まった。
王国は分割されて、近隣諸国に併合された。
そして、王宮に勤めていた下男下女たちは家族のもとに向かい、一人として王宮に再度勤めようとしなかった。
王家の生贄にされかけた少女は、母親と共に親戚の家に身を寄せたと記録に残っている。
◇◇◇
王国が無くなって一年が経ちました。
私はいま、とっても幸せです。
私には弟と妹がいます。双子です。もうすぐもう一人弟か妹が生まれます。
お母さんの旦那さんになった人は、私のお父さんにもなってくれました。
王宮を出る時に母と名乗った女性の家族と、本当の親戚のように仲良くしています。
それにしてもいまだに不思議なのですが、王妃は何故私のことを見捨てられた王女ではないと言ったのでしょうか。
顔を合わせることになった時には、私が王女であるとバレてしまうのだろうと、観念したものです。
ですが、私の顔を不思議そうに見て「こんな平凡な娘ではないわ。それではやはり亡くなっていたのね」と言われたのです。
自分たちがした理不尽な仕打ちを反省したのでしょうか。
それとも、本当に私のことがわからなかったのでしょうか。
いまとなっては謎ですが、私が自由に生きることを与えてくれたのは、王妃のおかげだと思っています。
だから……といって、された仕打ちを忘れるわけはないんですけどね。
最近、金物屋の息子のジョンが、私にとても優しくしてくれます。
ちょっといい雰囲気なるものに、なっているらしいです。
私には恋愛はまだ分かりませんが、このまま下町で生きていきたいと思います。
というわけで、国王、王妃、王女たち。私たちが幸せに暮らすためにも、一生魔力を捧げてくださいね。
◇◇◇
元凶とされた王女のことは強欲な王族の犠牲者として、周辺諸国に周知された。
それと共に王女と同じ年くらいの平民の少女が、不当に王城から出ることが出来なかったことも知らされ、元王族たちは非難された。
そうして愚かな亡国へと導いた王族の話として、後世に伝わっていくはずだった。
が、連合軍の指揮官をしていたある国の王弟が、事後処理がほぼ片づいた時にぽつりと漏らした言葉が、当時の秘書官の日記に残されていたのが、その秘書官が亡くなった後に発見されたことにより、物議を醸しだすことになった。
それは……。
『あの王家に王女の身代わりをさせられそうになった少女だが、とても可愛らしい顔をしていたな。母親という女性とはあまり似ていなかったが、王宮を辞する時に迎えに来た叔母にとても良く似ていただろう。祖父母と孫、曽祖父母と子供と、世代が離れて似ることがあるというから、珍しいことではないんだろうな』
『珍しいこともありますね。そんなにもあの少女が気にかかるのですか』
『気にかかるというか……たぶん、一人だけ幼かったからだと思うのだ』
そう王弟殿下は言われたが、何やら思案なさっていらっしゃった。私は黙って王弟殿下を見つめていた。私の視線に気がついた殿下は苦笑のようなものを浮かべた。
『ははっ、本当のことを言おう。最初に王家の噂のまま信じて、彼女を王女だと思ってみた時に可愛いと思ったのだよ。それが王家の生贄とされそうな王女だと知って、彼女のことを助けたいと思ったのだ』
『ということは、あの食堂で話を聞いた時は、まだ彼女が王女だと思っていたのですか』
『そうだ。あそこにいた者たちは、彼女のことを庇おうとしていたからな。今なら解るが、私もとんだ色眼鏡で見ていたものだった』
『へえ~。珍しいですね、王弟殿下にしては』
『もちろん下心もあったとも。彼女を助けて彼女を王位につけて、自分はその王配に収まろうと思ったのさ』
『えっ? 殿下?』
『意外かい。でもそうでもしなければ、私がどこかの国の王になることなどできないだろう』
『ええっ~? 殿下って、野心を持っていたんですか~。国王様を倒して自分が王位につこうだなんて』
『おい、こら。誤解するなよ。私は兄上を押しのけて王位が欲しいと思ったことはないぞ。兄上は素晴らしいからな。だが、それでも、自分が王になれるとしたら、どのようなことが出来るだろうと、考えたことがあったのさ。だから、夢を見たのだろうな』
『夢ですか』
『ああ。冷遇されたどころか、冤罪を着せられて生贄とされそうな王女を助けて、王女を王位につけて自分が王配になれば……兄上と同じ位置に立てるのではないかと、な』
『国王陛下と同じ位置……』
『それも、彼女を迎えに来た叔母を見て、霧散したがな』
『はあ~? えっ? そこまで疑っていたんですかー!』
『いや、疑うのではなくて、夢想していただけだ』
私は残念なものを見る目で殿下のことを見た。
『……殿下、言ってもいいですか?』
『なんだ』
『一目ぼれをしたのなら、そうおっしゃればよかったのに。そんな無理矢理な理由をつけなくても、一言「愛している」と言えばよかったんですよ』
『お前……年がいくつ離れていると思うんだ』
『そんなの政略結婚では関係ないでしょう』
『政略じゃないだろう! 彼女は平民だ!』
『はっ! それこそ身分をひけらかしてそばに置いたらよかったではないですか』
『そんなことが出来るわけないだろう。彼女は五年間も王宮に囚われていたんだぞ。やっと自由になったのに、それを束縛しようなどと……』
『それならそんな顔をしないでください。縁がなかったとあきらめて、仕事に戻りましょう』
『……お前、私に冷たくないか』
『自分のヘタレを棚に上げている人に、何を言えと?』
『ぐっ』
『ヘタレと言われたくなければ、あの少女のところに行って、告白してきたらどうですか』
『告白―。そ、そんなこと、出来るわけが……』
『じゃあ、すっきり、きっぱり諦めましょうか』
『やはり何も言わずに諦めることは……』(ぼそっと小声)
『じゃあ、今すぐに行ってきましょう』
『はっ? 行くってどこへ?』
『少女の家にですよ。そしてはっきり告白して連れてきてください!』
『連れて……って』
『さあさあ、思い立ったが吉日という言葉があるそうですよ。さあ~、ちゃっちゃっか告白してきましょう』
『どこの言葉だ、それは!』
『なんでも遥か東方の国の言葉だそうです』
『そうか……』
『で、行くんですか、行かないんですか?』
『その、だな……彼女はどこに行ったのだろう……な?』
『はあ~? 聞いてないんですか!』
『聞けるわけがないだろう』
殿下の言葉に頭痛を覚えてこめかみを押さえた私は、王宮に勤めていた者たちがどこに向かうのかを聞き取ったものがあったはずと思い出した。
『確か、身を寄せた先を控えたものがあったはずです。それから探しますから、少女の名前を教えてください』
『名前……なんというのだろう』
『……ええい! 不甲斐ないにもほどがあるわー』
結局、それらしい名前に目星をつけて会いに行ったのだけど、全然違う人だった。
他の名前の人にも会いに行ったのだが、やはり違う人物だった。
探し方が悪かったのか、少女を見つけることは出来なかった。
この日記から歴史家たちは、実は下人の少女は捨て置かれた本物の王女だったのではないかという物議を醸したそうだ。
が、王宮を出た後の少女の足取りを追うことが出来なかったことで、真相は判らないのであった。
補足
・王弟と少女の年齢差は十五歳。
つまり出会った時に王弟は二十七歳で少女は十二歳だった。
王弟は少女が王宮を去る時まで、噂の王女ではないかと疑っていた。
秘書官との会話にあったように、母親とあまりに似ていなかったので疑ったのです。
迎えに来た叔母(実の母親)を見て、血のつながりを確信した。
・少女の足取りを追えなかったことについて
王宮を出る時に、洗濯婦の女性は夫の元に行くと書いていた。
が、あんなことがあったので、夫のほうも妻が帰ってきて三日後に、別に購入していた家へと引越しをした。
近所の人は離れ離れの夫婦がやっと一緒に暮らせるのだからと、引っ越し先について口を噤んだ。
つまり近所の人は何故か妻が王宮から出られなくなったことで、夫婦は引き離されていたと思っている。
少女は本当の母親と共に母親の再婚相手の家に行った。
・王妃が王女のことを判らなかったことについて
魔女を連れてきて色を奪った時に、このことを王に知られることを恐れた王妃は、魔女にもう一つ頼みごとをした。
それが自分を含めた王族に王女への関心を薄れさせること、だった。
完全に忘れるのでなく、会いに行きたいと思わなくなるようにしたのだった。
ということで、七年の間に王女から色を奪ったことと部屋から追い出したことを忘れてしまったのでした。
・王女だとばれなかったことについて
指揮官の手を触って『ぴりっと痺れたような感じがした』ので、少女は驚いて手をすぐにひっこめたけど、指揮官には『ぴりっと痺れたような感じ』はしていない。
あれは彼らが疑った色替えの魔法を無効化するものだった。色を奪う魔法を無効化するものではないので、少し反応はしたけど無効化するに至らなかった。
・母親の実家の男爵家
母親(娘)が亡くなったと知り、爵位を返上していた。
・下働きの人たちについて
実は王家の影たち。王家に見切りをつけていたけど、一応まだ王宮内のあちこちに入り込んで、情報収集に余念がなかった。
王女の聡明さに期待をかけたが、王家の尻拭いを彼女にさせるのは違うと、連合軍が来た時に守りとおした。
ちなみに連合軍のことは王族に報告しなかった。
というか、王は影の長が数年前に亡くなってから、次代の長が誰か知らなかった。
知ろうとしなかった。
つまり自業自得だった。