5. 青少年に捧ぐ
「そっちは」
「G2とH5に、それぞれ小隊規模の護衛がいます。そちらは?」
もう一度だけ素早く周囲を確認してから、暗闇の偵察から戻ってきた彼女に告げる。
「D4に狙撃手一人。以上だ」
二人で状況を理解し、シャーロット一人が、冷や汗の似合う渋い表情を作った。
「知られてましたわね……。どうします?」
「定石通りだ。まずは俺が狙撃手から片付ける」
はっと息を飲むと同時に、必死で反論してくる。初めての事態で少しだけ焦っているのだろう。
「無茶です! 二人で行きましょう!」
もちろん予想済みだ。
「お前の移動が無駄に遅くなるだけだ。それの間に奴らも異常に気づいちまう。単独で狙撃手を狩って、ライフルを頂戴してそのまま援護射撃してやる」
「ですが……」
「5分後だ。お前はこっちのルートから小隊を一人づつやれ。俺はG2を片付ける。漏れたやつは任せる」
不満げだ。しかしその苦言を飲み込んでから、彼女は別の言葉を代わりに提示した。
「……一人でやれますの?」
「馬鹿にすんじゃねえ。こっちぁ戦争初期から最前線にいたんだ。狙撃手だからって近接ができないと思うなよ?」
「任せました」
ふぅ、と深呼吸の音が聞こえる。今回は楽な仕事とはいかないだろう。だがこういうときも含めてこれからやっていくのだから、いずれは慣れてほしいものだ。
無言で短い栄養補給を、素早く済ませる。ほとんど音などしなくなった二人の間は、自分の息づかいが大きく聞こえてしまうようで、無意識に息を殺すほどに緊張がどんどん大きく肥大していくようだった。
「ずっと前の話ですが、やっぱりわたくしとテリーは同じだと思います」
「ああ、その話か。もちろん違うさ」
それを聞くと、途端に黒髪の彼女はムスッと表情を変える。
「なぜまだそんなことを……」
「嬢ちゃんは若くて未来がある」
「だから! 軍部に侵食された今のこの国で、反戦派のトップの娘に未来なんてありませんわ! 世論だって戦争に向かって……いて…………」
違う。
彼女は、
「そうじゃない」
彼女は、古ぼけた鏡を見ているのだ。
「俺たち大人が勝ち取る。若者の未来を、血で染めてたまるか」
煤けたガラスの、古い鏡を。そこにあるぼんやりとして形のない虚像に、未来の自分を見て嘆いている。
「矛盾していませんこと? わたくしの手も、また汚れようとしています」
自分もこうなる、もうすでになっている、と。
「それはすまないと思う。だが、絶対にそうしなくていい未来……大人も子供も血に濡れない未来を、俺たちが作る。
嬢ちゃんが、政治家の娘でない普通の娘として生きられる未来を」
「……」
だが、そんな鏡は――――
「俺たちが壊してやる。絶対に、これ以上こんなものを背負わせてなるものか」。
「テリー」
「なんだ」
ふっ、と彼女が柔らかく微笑んだ。
「あなた、少し変わりましたわね。前は死人みたいでしたのに」
そうかもしれない、と小さく返事をして、皺だらけの手で、クロスボウの代わりにナイフを探した。
「嬢ちゃんのおかげさ」
彼女が、笑顔を見せた。
若者というのは、それだけで太陽なのだ。ときにギラギラと肌を焼き、目を痛めつける。だが彼らは、大人の進むべき道を明るく照らす。
そうか、俺はきっとシャーロット――――いや、イザベラという未来の可能性を哀れみ嘆きこそすれ、
その実、少しだけ救われていたのだ。
「テリー」
「なんだ」
暗闇の中で生きている。
「どうか頑張ってください」
だが、その先に光があることを夢見る。
「もちろん」
二人で共に戦う。
「わたくしも、頑張りますから」
俺は、君に未来を教わったのだから。
「ああ。
作戦開始だ。
未来に幸あれ」