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ワイルドハントと太陽  作者: 木桶 晴
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1. 亡霊と娘

「テリー」


 暗闇に目がなれる以前に、街灯の明かりは明るく道を照らしてくれる。人間が月の仕事を奪うようになってからは時代が流れたが、彼らのいる家屋の屋根は、未だに超前時代的な黒さをたたえていた。


「どうしたよ、嬢ちゃん」


 無機質なクロスボウが夜の闇に溶ける。年を取って少ししゃがれてしまった声をさらに小さく低くしたせいで、近くにいない限りは聞き取れないほどのものになった。


「いつも思っていたんですけれど、なぜクロスボウなのです?」


「鉄砲のほうがいいと思うかい?」


 お互いの輪郭はおぼろげにしかわからないが、二人の見る方向は互いではないどこかであるがゆえ、それが問題になることはない。

 問を投げられた女は、後ろに束ねた黒い髪を夜風になびかせた。鉈と見違えるほどのナイフを遊ぶように揺らし、その重みを手に馴染ませる。夜の電気灯が刃の中に虚像を現すのを見、初老の男がまた口を開いた。


「それは仕舞っといてくれ」


「え?…………ああ、わかりました」


 喋りつつも男は、昨晩の雨に濡れた1ブロック先の街路を見据えた。今日も曇り。夕方から暗い雲が月を隠している。今宵も、文明の明かりが月のすべてを肩代わりする。今にも雨の振りそうな空は、まるで街一つ飲み込もうとでもするようだ。この大きな怪物を振り払うことは、未だ人間には荷が重い。


「銃の方が慣れているのかと思っただけですわ。元狩人の退役軍人なんて、誰が聞いたって銃が得意だと思うでしょう。勲章を受けたことがあるとまでうかがいましたし」


 初老の男は間を置いて、少しの緊張感を漂わせた声で口を開く。


「……誰に聞いた?」


「いつもの『酒場』のご主人から。前線で大いに戦った、常勝の英雄だと」


「あいつめ」


 苦々しげに吐き捨てる。野蛮な時代の暗闇に隠れたその表情は見えないものの、語調には呆れが混じっているのが聞いて取れた。


「……少し強く言ってやらんとな」


「何かあるんですの?」


 長ナイフをいじれなくなって手持ち無沙汰になったのか、右手は代わりに長い髪の毛を巻いて遊んでいる。それでも目は男が見るのと反対の路地を見つめ、来てほしくはない、来る予定もない客人を探した。


「……誰も来てはないみたいだな。

 勲章ももらってるってこたあ、ちょいと調べれば足がついちまうってことだ。今のねぐらが見つかったあと、あそこの連中が何か吐いたら人相も割れちまう」


「なるほど、わたくしも他人事とは言い難いですね」


「そういうことだ。どちらかの素性が知れるだけで、俺らのどちらもが狙われることになる」


 女は納得した――――ように思われたが、思い出してハッとし言葉を続けた。髪をいじる手が下ろされ、体は彼の方に向き直る。


「そうそれで、クロスボウ」


「少し声を落とせ。……ま、鉄砲の方が経験があるのはその通りだがな、猟師やってた頃はこっちも使ったもんだ。それに、こういう仕事にはあんなうるさいモンは使えん」


 声を落としたまま、男――――テリー・ウィリアムズは語る。


「一番いいのは、矢が回収できることだな。鉄砲玉は拾えたもんじゃない」


「なるほど。でも、矢だとどこから放ったか……あ」


「そうだ。鉄砲の方が、四方八方に自分の位置を知らせることになっちまう。矢なら射られたやつとその隣のやつくらいにしか居場所が割れねえんだよ」


 女は今度こそ納得した様子で、また長い髪に手を伸ばした。そして何かを思いついたように口を開いた。


「痺れ薬でも塗れば、生け捕りもできますものね」


 フッ、と小さく苦笑し、男もまた口を開いた。


「生憎、未だに生け捕りを頼まれたこともその必要もないがな」


「まったくですわ」


 二人でささやかな、そして少しの嘆きが交じる笑い声を交わしあった後、さっきぶりの静寂が戻ってきた。古いレンガ造りの道は、歩けばガタガタと音を立てそうなようでいてその実、道としてはこれ以上ないほどに緻密に造られている。

 そろそろ街の半分は眠ろうという頃である。空の怪物が街を飲み込むことも、おおよその人々にはもう関係がない。が、今帰路についた苦労人共や遊び呆ける不良共にとっては、疲れた身に痛い災難だった。この二人においては特にそれらを気にする様子もなく、むしろ仕事が楽になると薄ら笑いを浮かべようという口を、そんな自分に辟易しながら口角を下げた。




 少し経ち、雨がそこ一帯を叩く音が聞こえ始めた深夜、人々を揺り起こすような機構の音を響かせて、黒い車が建物に近づいてきた。

 スッ、と慣れた様子で後ろの彼女にハンドサインを送る。男がちらりと後ろを見た頃には、彼女――――シャーロットと呼ばれる彼女は音もなく立ち去り、今まで雨に打たれていなかった真新しい屋根が水に染められてゆく様が残るばかりだった。

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