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9.微かな光

私の不安な気持ちを糧としているかのように順調にお腹の子は大きくなっていく。


偽りの微笑みを浮かべることすら難しくなってきた。周りは私の変化に気づいていたが、身籠っているから身体が辛いのだろうとだろうと思ってくれ、そっとしておいてくれる。



静かな時間にいろいろなことを考える。



私はお腹の子を大切にしているけれども、ちゃんと向き合えていない。

これは幸せなことのはずなのに、素直にそう思えないのは『この幸せを私のものにしていいのか』と思う自分がいるから。

私の存在が夫と叔母の仲を引き裂いているのだと思うと胸が苦しくなる。



最近ではこの子はこんな私を母として受け入れてくれるのだろうかと、さらなる不安が芽生えている。

夫のように私ではない誰かの手を取りたいのではないかと…。



身籠っている私が母であることは間違いないことなのに、母だという自信が持てない。


この子を愛せるとは思っている、しかし愛されるのだろうか。



 こんな私が母で……。



身籠ったことは喜ばしいことなのに、私は追い詰められていく。




屋敷の者達はお腹の子の誕生に向けて体調が優れない私に代わって準備を進めてくれる。


『最初の子の時は誰だって不安になるものです。でも生まれてしまえば、不安なんて吹き飛んでしまいますから大丈夫ですよ、奥様』と浮かない表情でいる私を明るい口調で励ましてくれる侍女達。


『ありがとう。…あと少しの辛抱ね』


そう言って曖昧に微笑んでいたが、『あと少し』なんて思っていなかった。だってこの気持ちはお腹の子のせいではない、私自身の問題だから。






そして何ひとつ解決しないまま出産の日を迎えた。


不安な気持ちは幸いなことに出産には影響がなかった。医者も驚くほどの安産で生まれてきた子も屋敷中に響き渡るような産声を上げるほど元気な男の子だった。



私は生まれたばかりの我が子をそっと腕に抱き、自然と愛おしい思えることに嬉し涙が溢れる。


 …ちゃんと愛せているわ。

  


父となったオズワルドは優しく声を掛けてくる。


「ニーナ、ありがとう。なんて可愛い子なんだ。この子に相応しい名前をつけなければな。そうだ、君に似ているからニュートはどうだろうか?」


「ニュート、いい名だわ。それに本当に可愛い子ね」


腕の中の温もりが私の心を癒やしてくれる。


久しぶりに夫の言葉が嘘だと感じなかった。真っ暗で何も見えなかった私の未来にほんの微かな光が差し込む。



『…愛しているわ』


心のなかでそう呟けていた。



壊れ始めていた何かが止まってくれた。





だがそれは神が与えた一瞬の猶予でしかなかった。







安産だったため産後の回復も順調そのものだった。初めての子育てに戸惑いながらも、周りに助けられ穏やかに過ごす。

多くの人が子の誕生を祝う為に屋敷を訪ねてきていたが殆どは当主である夫だけが対応し、産後の私が直接会うことはなかった。



だが風邪を引いて会いに来られない両親の代わりに叔母が出産祝いを持って訪ねてきた時、家族である叔母には当然会うだろうと侍女は気を利かせて先に部屋に通していた。


私は叔母が会いに来ているのを、事後報告という形で聞くことになる。



「奥様、シャナ様がお見舞いにいらしております。客人をお通しする応接室は遠いので、ここから近い居間のほうにご案内しました」


寝室の近くにある家族が寛ぐための居間には普段なら客人を通すことはない。だが産後の私のことと親しい叔母ならと考え、敢えて近くの居間にしたのだろう。


侍女の気遣いを責めることは出来ない。


そして体調の戻りもよく、親しい人と会うことが出来るくらいの身だしなみでいる私が叔母との面会を拒む正当な理由はない。


「…ええ、分かったわ。ありがとう、すぐに向かうわ」


避けては通れないことだった。だから叔母と会って自分の中の気持ちに区切りをつけようと思い、一人で家族が寛ぐための居間に向かった。



『トントンッ…』と軽く叩いてから勇気を出して扉を開ける。だが部屋の中で待ち受けていたのは客人である叔母だけではなかった。



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