7.運命〜叔母視点〜
私にとってオズワルドとの恋は最初で最後の恋のはずだった。
幼い頃より病気に侵され隣国で治療を受けていたがそれは気休めでしかなく、早くに訪れるだろう『死』は確定であった。
そんななか一瞬でも素晴らしい人と愛し合えたことだけで満足だった。この想いとともにこの世を去ることに後悔はなかった。
彼のことを思えば、私と死に別れるよりは薄情な恋人として別れたほうがいい。
『オズワルド、ごめんなさい。他に好きな人ができてしまったの…だから別れましょう』
『……シャナ、君にとってそれが幸せなのかい……』
『ええ、そうよ。彼も私のことを愛してくれているの、二人で幸せになろうって話しているわ。本当にごめんなさい、でもこの気持ちは変わらないからあなたとの付き合いは続けられないの』
――すべては愛しい人のためだった。
これで私は思い残すことなくこの世から去ることが出来ると思っていた。だが神様は気まぐれなのかそれとも私に祝福を与えてくれたのか、死を迎える直前になって奇跡的に治療薬が発見され生き延びることができた。
誰もが私が完治したことを喜んでくれた。
親代わりとなっている兄とその家族も、貴族令嬢としては役に立たない私を温かく迎え入れてくれ『家族なんだから遠慮はいらない』と抱きしめてくれる。
…その優しさに涙が溢れた。
子を身籠ることが出来ない私は、当たり前の女性の幸せを得ることは難しい。だから家族と一緒に静かに暮らしていければそれだけで満足していた。
死ぬ運命だった私にとって生きられるだけで幸せを感じられていた。
愛しい人との別れを悔やんだこともあるが、もう過去は変えられない。この美しい思い出とともに生きていくつもりだった。
だが運命は残酷な形での彼との再会を私に与えた。
私が何をしたというのだろう。
幼い頃より病気のためになんでも我慢してきた。自由の利かない身体、痛みと悶える毎日。でも支えてくれる家族に弱音を吐いたりしなかった、なるべく笑って平気なふりをし続けた。
それは自分のためではない、大切な人達を悲しませないため。
そんな私に神は容赦なく新たな試練を与えてくる。
はっは…は…なんなの。
こんな残酷なことってあるのっ。
私の愛する人は、妹のように可愛がっている姪の夫になっていた。
何も知らない姪は私の目の前で、幸せそうに愛する夫を紹介してくる。その笑顔は無邪気そのもので、貴族女性として明るい将来がないであろう私への配慮はない。
そう言えば昔からそうだった。
優しい可愛いニーナは苦しむ私のことを気遣う言葉を紡ぎながら、健康な身体で自分の人生を謳歌していた。
『シャナ叔母様、聞いて。今日はね、新しいお友達ができたの。侯爵家のアンジェーナ様で今度お屋敷に遊びに行く約束をしたのよ』
『そう…良かったわね』
自由に外出が出来ない私にいろいろな話をしてくれる、それは子供であったニーナの気遣いだった。
私は嬉しそうに聞いていたけれども、内心ではその無邪気さにドロドロしたものを抱えていた。
健康な身体、健在な両親そして輝かしい未来が待っているニーナと憐れな私。
『なんで私だけが…』という思いを必死に隠して良い叔母でいた。
だってニーナのことが好きだったから。
結婚しても変わらないニーナの幸せな笑顔。
いいえ、…より一層輝きを増している。
病が癒えても可哀想なままの私の前で笑っていた。
ねえニーナ、幸せそうね。
でも…それは私が手に入れていたかもしれないものなのよ?
彼女に悪意がないのは分かっているけれども、その笑顔は私の心を黒いものへと変化させるには十分だった。
――私はなにもしない。
ただあなたのそばにいよう、優しい叔母として。
優しく控えめなニーナはなにかに気づくだろうか。慕っている叔母である私と愛する夫の間に流れる何かを感じどうなるだろうか。
…なにもしない私に罪はない。
だってニーナもそうだったけど、私はあの子を責めずたった一人で必死に乗り越えてきた。
あなたはどうかしら……。
どうなるのかしら……。
ニーナは結婚前は両親に守られ、今は夫に守られ生きている貴族女性そのもの。優しい心の持ち主だけれども、汚いものに上手く対処するしたたかさはまだ身につけていない。
私とオズワルドが話している時に微かに扉越しになにか聞こえたような気がするが、気のせいだろう。
きっと風の音に違いない。
そう…誰かが扉の前に立っていた事実なんて私は知らない。
私はこれからもただ優しい叔母のままでいる。
誰にも非難されることなく、可愛い姪を優しく見守ろう。
もし、…なにか起こってもそれはきっと運命だ。
神が平等に与えし試練であって、それにどう対処するかはニーナ次第。
今度はあなたの番よ。
私がわざと何かをしたり傷つけようと仕掛けたりはしない。
ニーナだってそうやって今まで幸せに生きてきた。憐れな私だってそれくらい許されてもいいはずだろう。
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