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20.優しい嘘に満たされて…②

知らなくてはいけないことのような気もする、でも知ってはいけないと拒絶もする。


矛盾する心に戸惑いしかない。



知ったらここにはいられない。

なにかをやめたくなる。


 なにをやめるの?

 それはやめられるの…。

 

 私は以前…なにかをやめた…のだろうか?



分からないのに怖かった。分からないことがではなく、何かが分かってしまうことが…。

自分を抱きしめるように身体に腕を回す。そしてその腕に自分の爪が深く食いこみ、血が滲んでくる。




「……ナ、…シャナ!いいんだ、いいんだよ。このままでいいんだ、このままの君で。君がここにいてくれるだけでいいんだ!」


いつもと違う、叫ぶようなオズワルドの声音に、手から力が抜けていく。


「オズ…ワルド。……わた…し、」


言葉が上手く出てこないのは、この感覚がどう言えば伝わるのか分からないから。

…説明など出来ない。


「ほら、目を開けてこっちを見るんだ。大丈夫だから…、今のままの君を愛している。目の前にいる君を愛しているんだよ。無理になにかを考える必要はない。ほらゆっくり息をして、もう大丈夫だから…」


オズワルドが私を包み込むように抱きしめてくれる。耳元で彼に囁かれると不思議と不安が薄らいでいく。


 …これでいいの?

 私はこのままでいいの…。


 

「ああそうだよ、このままでいいんだ。なんの問題もないよ」


口に出していないのに彼には私の心の声が聞こえているみたいだ。

私が欲している言葉を紡いでくれる。



「…ごめんなさいオズワルド。私ったらまた…」


こんな風に迷惑を掛けるなんてしたくないのに。

妻としての役割をしていないのだから、これ以上迷惑はかけたくない。



「まだ体調が良くないだけだよ、焦ることはないんだ。それに…このままでもいいんだ。私は迷惑なんて思っていないよ。君がこうして私のそばにいてくれるだけで幸せなんだ。…そして君に幸せでいて欲しい。

それを忘れないで」


夫はまっすぐに私を見つめ、心からの言葉を紡いでくれる。その眼差しと声音に籠もった想いは真実のみ、疑うことなんてない。


だから私も素直な気持ちを彼に伝える、彼の想いに応えるように。


「ありがとう。私は幸せ者だわ。幼い頃から病気で大変だったけれど、そのお陰であなたと隣国で運命的な出会いをした。一度は別れを選んだけど、こうして結ばれて幸せに暮らしている。今も時々体調を崩してしまうけれど、愛するあなたも兄夫婦もいつでも優しく支えてくれて感謝しているわ。それに宝物にも恵まれている。

シャナ・ブラウンに生まれて、そしてシャナ・ライナーになって本当に幸せだなって思っているわ。

愛しているわ、オズワルド」


幸せだと思っているのは本当だ。

でも私は自分の名を何度も確認するように紡いでいる意味に気づくことはない。



「私も愛しているよ、君を心から。…………シャナ」


彼から『シャナ』と呼ばれることに喜びと安堵を感じる。出会った時からそう呼ばれているのにどうしてだろうか。


私は混乱した後はいつも、『もっと名を呼んで』と彼にお願いをする。


「あなたに名を呼ばれるのが嬉しいの。なぜかとても安心できるから。お願い、もっと呼んで…」


「ああ、それが君の願いなら叶えよう。……シャナ……」


私は愛されているのを実感し微笑んでみせた。


「…シャナ、シャナ……ーナ、愛している」


彼は何度も私の名を口にしてくれる。でも決まって最後に紡ぐ名はよく聞こえない。




いつもと変わらない穏やかな日常が愛おしくて堪らない。

この幸せを今度こそ守って見せる。


 『今度こそ』ではないわ、『いつまでも』だったわ。


どうして言い間違えてしまったのだろうと考えていると『バタンッ!』と大きな音を立てて扉が開けられた。



「おかあーさまー」


そう言って走ってくるのは六歳になったばかりの可愛い息子ニュートだった。勢いよく抱きついてくるとまだ幼い子供特有のなんとも言えない甘い香りに満たされる。


「あらあら元気ね、ふふふ。なにか良いことがあったのかしら?」


私が笑いながらそう言うとニュートは可愛い手を元気よく差し出してくる。


「はい、これあげるね!おかあさまのすきなお花が咲いてたんだ!」


その手には庭から摘んできた白い花が一輪握りしめられている。落とさないようにしっかりと握っていたからだろう、花は少し元気がなくなっている。

それに気づきニュートの目には涙が浮かんでくる。


「しおれちゃった…。おかあさまによろこんでもらいたかったのに」


「まあ、素敵な花ね。お母様が好きな色の花を摘んできてくれてありがとう。水をあげたらすぐに元気になるわ。早速飾りましょうね」


私がそう言って花を受け取るとニュートは近くの花瓶を両手で持って『おかあさま、ぼくが水をいれてくるから待っててね!』と嬉しそうな顔をして離れていった。


その一生懸命な後ろ姿を微笑ましく思いながら見ていると、ふと手に持っている白い花が気になった。


「…私って白い花が好きだったかしら……」


そう呟いていた。私は白い花が好きだ、それなのにシャナは赤が好きな気がした。



 …何を馬鹿なことを、シャナは私なのに。

 私は白が好き、だからシャナである私も白が好きなはず…。





「君の好きな色は白だよ。それは変わっていない、それでいいんだよ」


オズワルドが私の肩にそっと手を乗せ、耳元でそう言うと『これでいいのだ』と信じられた。


「ええ、そうね…そうよね。私は昔から白が好きだわ…」



可愛いニュートは私の好きな色の花をいつも持って来てくれる。

それは白で間違いない。その証拠にこの温室の中には赤い花はひとつも置いてない。なぜか赤い花は私を落ち着かなくさせるから。




愛する夫と愛おしい息子がそばにいてくれる。

これ以上の幸せなんてないだろう。



『私はこのままでいい』



何も間違っていない、これが完璧な幸せの形なのだから。




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