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神の使いと侠客  作者: 吾妻橋露
1861年 辛酉 弥生月
8/126

小料理屋いすみ 店内

小料理屋いすみの店内は殺伐(さつばつ)としていた。

店の物が散乱とするなか、浪人(ろうにん)四人と博徒(ばくと)四人が睨み合っている。

鉄ノ進が浪人のひとりをみすえた。


「飯尾さん、こんな堅気(かたぎ)の場所に賭場(とば)での揉め事もちこまれちゃ困りますよ」


ツキ男こと飯尾は中年のいい歳をした男だった。

丸顔であごにヒゲをたくわえ、やや太めの体型である。

飯尾はいらだったように椅子(いす)から立ちあがった。


「おい、一色親分はどこだ?」

「すいませんね、これでも親父は忙しくてですね。お話があるなら、あっしが伺いますよ」

「お前みたいな(した)()じゃ話にならん。いいから、さっさと親分を連れてこい」

「ご安心ください。これでも、自分、親父の子分のなかじゃ古株でしてね。下っ端でなく、れっきとした上役。その他の子分どもをまとめる幹部ってヤツですよ」


飯尾は鼻で笑った。


「博徒のなかでどれだけ(えら)かろうと、俺たち侍からみれば何も変わらん。貴様ら博徒は、ただの社会の底辺だ」


浪人たちがせせら笑う。

博徒たちはこらえるようにじっとしているが、目つきは厳しさを増している。


「もう一度いう。一色親分を連れてこい。親分でなければ相手にする気にもならん」

「じゃあ、俺ならどうだ?」


辰次がずいっと前に出た。


「一色親分の息子なら、相手する気になるか?」


異様なほど鋭いにらみを放つ辰次に、浪人たちはたじろいだ。

飯尾は辰次を見上げながらやや後退(あとずさ)りする。


「む、息子だと……?」

「そうだよ。わかったら、まず、関係のねえおっちゃんを離せよ」


いすみ屋の店主は浪人たちの後ろにかこわれていた。

白髪まじりで割烹着(かっぽうぎ)をきた店主の顔には大きなアザがあった。


「てめェら、年寄りを殴ったのか?」

「このジジィが、刃物なんかもちだしてきやがったからだ」


先端の尖った刃の長い柳包丁(やなぎぼうちょう)が床に落ちてた。


「さすが江戸っ子のおっちゃんだ」


店主は普段から江戸の男というのを誇りにしていた。

その誇りのもと、かれは複数人の浪人たちひとりで立ち向かったのだろう。

同じ江戸の男として辰次は嬉しくなり、かすかに笑みをこぼす。


「ひとりで四人の浪人どもに立ちむかうなんてよ。それに比べて、てめェらときたら男の意気地(いくじ)ってのがねーのか?」

「なんだと?」

「包丁もったひとりのジジィにビビりやがって。(なさ)けねぇ」


辰次は浪人たちへと近寄り、背の低いかれらを見下ろした。


「それでも男か?あ?関係ない年寄りまきこんで、怪我させて、恥ずかしくねーのかよ。とっとと、おっちゃんを解放しろ。話はそれからだ」


辰次のドスがきいた声と睨みに浪人たちは気圧(けお)された。

飯尾が辰次から目線をそらし、小さく舌打ちする。


「おい、ジジィをにがしてやれ」


浪人たちの囲みがとかれ、店主がよろめきながら辰次へと近寄る。


辰坊(たつぼう)、あんがとよ」

「いいって。おばちゃんが外で待ってんぞ」


外へとうながすように、辰次は店主の背中を軽くおした。


「それじゃあ」


店主が外へと避難し、辰次は飯尾と向かい合う。


「話とやらを聞こうか。ま、どうせ賭場への出禁を解けとかだろ?」

「それだけじゃない。お守りの札を返してもらおう」

「あ?守り札?」

「そこの男が」


飯尾が鉄ノ進をチラリとみた。


「イカサマ札と勘違いして俺から取りあげた札だ」

「ああ、これのこと?」


辰次がふところから札を取り出す。


「こんな板切れみたいな札、返してもらうほどか?お守りだっつうならまた買えばいいじゃねぇか」

「それは貴重なお守り札で、簡単に手に入れられる物ではないのだ」

「ふーん?そりゃあたいそうなもんだな。どんなご利益(りえき)があんだよ?」

「……運が良くなるというだけだ」

「へー。じゃ、返すわけにゃいかねぇな」

「何?」

「運が良くなる守り札っつうことは、これのおかげで、てめぇは今まで博奕(ばくち)で勝ってたわけだ」

「それは……っ!別に関係ないっ!」

「だったら、この札なしで博奕やってみろよ。それなら出禁解いてやってもいいぜ?」


からかうような辰次の口調に、飯尾はカッとなった。


「この若造が!ふざけるな!いいからとっとと返せ!それは俺のものだ!」


飯尾が札を取り返そうと手を伸ばし、辰次は慌てて札をふところにしまった。


「なんだよ、急にキレたみたいになりやがって。落ち着けよ」

「ガキの分際(ぶんざい)で、先ほどから()めた態度ばかりしおって……やはり、親も親なら子も子だな。浅草一の侠客なんぞともてはやされても、所詮(しょせん)は博徒の親玉。子供にまともな(しつけ)もできないクズ親らしい」

「ああ゛?」

「そのクズとまともに話そうとした俺が間違っていたようだ」

「なんだと?もいっぺん言ってみろ」

「親父殿はわれら侍にビビって、無駄に態度も体もデカい、頭の悪い息子をよこしたということだ」

「俺のことはどうとでもいえ。けどな、親父を馬鹿にすんじゃねぇよ」


青筋を立ててにらむ辰次に、負けじと飯尾もにらみ返す。

会話が消え()せた。

博徒と浪人同士が、ジリジリとにらみあって火花を散らしあう。

いまにも爆発しそうなときだった。


「お取り込み中、失礼いたします」


鈴のように透きとおった音色(ねいろ)の女の声だった。


「こちらに、一色親分という侠客さまがいらっしゃると聞きしました。どちらの方でしょうか?」


その場にあった殺気が霧散(むさん)する。

いつの間にか現れた()()に、全員が注目し、呆気(あっけ)にとられる。

博徒と浪人の間に、頭巾を深くかぶって顔を隠した者が立っていたのだ。


「……おまえ、何?つか、え?尼さん?どっから入ってきた?」


辰次が男たちの気持ちを代弁した。


「あなたさまが、侠客さまの一色親分さまですか?」


尼が辰次の方をむいて近寄る。


「はあ?親父?親父なら、ここにはいねえけど」

「そうですか。でも、あなたさまは、侠客さまの息子さまなんですよね?」

「え?ああ、まあ、そうだけど」

「それでは侠客の息子さま。どうか、わたしを侠客さまのもとへ連れて行ってくださいませんか?わたし、兄を探しているんです」

「へ?兄?」

「はい。人探しならば、侠客さまとうかがいました。お礼ならいたしますので、よろしくお願いします」


尼が深々と辰次へ頭をさげた。


「おいおい、尼さん。とつぜん出てきて、なにいってんだよ」


飯尾が邪魔な尼をどかそうと手をのばす。


「今、取り込み中なんだから。どいてろ」


飯尾は尼の肩をつかもうとした。

が、急に前へつんのめって転んだ。

店内の椅子や(たく)に突っ込んでいった飯尾に、周囲は目を丸くさせた。


「コイツ、勝手にひとりで転びやがったぞ」


博徒たちに笑われ、飯尾は顔を怒りで赤くさせる。


「違う!この尼が、足ひっかけやがったんだ!」


飯尾は尼をにらみながら立ちあがる。


「女!尼だからといって、許すとおもうなよ!?」

「おい、尼さんに失礼()かしてじゃねぇよ」


辰次が尼をかばうように飯尾へと立ちはだかった。


「てめえが勝手に転んだくせに、尼さんのせいにすんなよ」

「違う!その尼が、足を出してきたんだ!後ろに下がるときに、わざと足を残して俺の足をひっかけやがったんだ!」

「はァ?馬鹿いってんじゃねぇよ。そんな武術(ぶじゅつ)達人(たつじん)みたいな真似(まね)、尼さんができるわけねぇだろ」

「嘘じゃない!本当だ!この女のせいで俺は転んだんだ!」


必死に周りへと訴える飯尾を辰次は鼻で笑った。


「じゃあ、かりにできたとしてだ。武芸(ぶげい)稽古(けいこ)してるはずのお侍様が、尼さんごときの足技に引っかかるとは、不甲斐(ふがい)ないんじゃねぇの?ああ、だから浪人どまりなのか」

「俺は浪人ではない!ちゃんと仕官先(しかんさき)がある武士だぞ!?」

「へぇ、武士の方ですか。その武士が、博奕遊びとはますますいけねぇなぁ。で?どこの雑用係ですか?あ、それとも馬小屋の掃除当番とか?」

「このガキッ!舐めくさりやがって!」


飯尾が辰次の胸ぐらをつかんだ。

待ってましたといわんばかりに辰次は顔をニヤリとさせた。


「おい」

「あぁ!?」

「そっちが先だったからな」


辰次は飯尾の胸ぐらを逆につかみあげ、後方へと投げ飛ばした。

飯尾の体は戸をぶち破り、外へと放り出された。


「この野郎ッ!やりやがったな!?」


浪人たちは火がついたようにわめきだす。


「ああ゛!?うるせぇッ!この武士もどきが!」


博徒たちも先ほどまで溜めていた怒りを発散しはじめる。


「このやくざ者が!俺たち武士に喧嘩売って、ただですむとおもうなよ!?」

「上等だよ!やってみろよ!」


互いに怒鳴り散らしあい、場をせまい室内から外へと移す。

喧嘩がついに始まった。

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