小料理屋いすみ 店内
小料理屋いすみの店内は殺伐としていた。
店の物が散乱とするなか、浪人四人と博徒四人が睨み合っている。
鉄ノ進が浪人のひとりをみすえた。
「飯尾さん、こんな堅気の場所に賭場での揉め事もちこまれちゃ困りますよ」
ツキ男こと飯尾は中年のいい歳をした男だった。
丸顔であごにヒゲをたくわえ、やや太めの体型である。
飯尾はいらだったように椅子から立ちあがった。
「おい、一色親分はどこだ?」
「すいませんね、これでも親父は忙しくてですね。お話があるなら、あっしが伺いますよ」
「お前みたいな下っ端じゃ話にならん。いいから、さっさと親分を連れてこい」
「ご安心ください。これでも、自分、親父の子分のなかじゃ古株でしてね。下っ端でなく、れっきとした上役。その他の子分どもをまとめる幹部ってヤツですよ」
飯尾は鼻で笑った。
「博徒のなかでどれだけ偉かろうと、俺たち侍からみれば何も変わらん。貴様ら博徒は、ただの社会の底辺だ」
浪人たちがせせら笑う。
博徒たちはこらえるようにじっとしているが、目つきは厳しさを増している。
「もう一度いう。一色親分を連れてこい。親分でなければ相手にする気にもならん」
「じゃあ、俺ならどうだ?」
辰次がずいっと前に出た。
「一色親分の息子なら、相手する気になるか?」
異様なほど鋭いにらみを放つ辰次に、浪人たちはたじろいだ。
飯尾は辰次を見上げながらやや後退りする。
「む、息子だと……?」
「そうだよ。わかったら、まず、関係のねえおっちゃんを離せよ」
いすみ屋の店主は浪人たちの後ろにかこわれていた。
白髪まじりで割烹着をきた店主の顔には大きなアザがあった。
「てめェら、年寄りを殴ったのか?」
「このジジィが、刃物なんかもちだしてきやがったからだ」
先端の尖った刃の長い柳包丁が床に落ちてた。
「さすが江戸っ子のおっちゃんだ」
店主は普段から江戸の男というのを誇りにしていた。
その誇りのもと、かれは複数人の浪人たちひとりで立ち向かったのだろう。
同じ江戸の男として辰次は嬉しくなり、かすかに笑みをこぼす。
「ひとりで四人の浪人どもに立ちむかうなんてよ。それに比べて、てめェらときたら男の意気地ってのがねーのか?」
「なんだと?」
「包丁もったひとりのジジィにビビりやがって。情けねぇ」
辰次は浪人たちへと近寄り、背の低いかれらを見下ろした。
「それでも男か?あ?関係ない年寄りまきこんで、怪我させて、恥ずかしくねーのかよ。とっとと、おっちゃんを解放しろ。話はそれからだ」
辰次のドスがきいた声と睨みに浪人たちは気圧された。
飯尾が辰次から目線をそらし、小さく舌打ちする。
「おい、ジジィをにがしてやれ」
浪人たちの囲みがとかれ、店主がよろめきながら辰次へと近寄る。
「辰坊、あんがとよ」
「いいって。おばちゃんが外で待ってんぞ」
外へとうながすように、辰次は店主の背中を軽くおした。
「それじゃあ」
店主が外へと避難し、辰次は飯尾と向かい合う。
「話とやらを聞こうか。ま、どうせ賭場への出禁を解けとかだろ?」
「それだけじゃない。お守りの札を返してもらおう」
「あ?守り札?」
「そこの男が」
飯尾が鉄ノ進をチラリとみた。
「イカサマ札と勘違いして俺から取りあげた札だ」
「ああ、これのこと?」
辰次がふところから札を取り出す。
「こんな板切れみたいな札、返してもらうほどか?お守りだっつうならまた買えばいいじゃねぇか」
「それは貴重なお守り札で、簡単に手に入れられる物ではないのだ」
「ふーん?そりゃあたいそうなもんだな。どんなご利益があんだよ?」
「……運が良くなるというだけだ」
「へー。じゃ、返すわけにゃいかねぇな」
「何?」
「運が良くなる守り札っつうことは、これのおかげで、てめぇは今まで博奕で勝ってたわけだ」
「それは……っ!別に関係ないっ!」
「だったら、この札なしで博奕やってみろよ。それなら出禁解いてやってもいいぜ?」
からかうような辰次の口調に、飯尾はカッとなった。
「この若造が!ふざけるな!いいからとっとと返せ!それは俺のものだ!」
飯尾が札を取り返そうと手を伸ばし、辰次は慌てて札をふところにしまった。
「なんだよ、急にキレたみたいになりやがって。落ち着けよ」
「ガキの分際で、先ほどから舐めた態度ばかりしおって……やはり、親も親なら子も子だな。浅草一の侠客なんぞともてはやされても、所詮は博徒の親玉。子供にまともな躾もできないクズ親らしい」
「ああ゛?」
「そのクズとまともに話そうとした俺が間違っていたようだ」
「なんだと?もいっぺん言ってみろ」
「親父殿はわれら侍にビビって、無駄に態度も体もデカい、頭の悪い息子をよこしたということだ」
「俺のことはどうとでもいえ。けどな、親父を馬鹿にすんじゃねぇよ」
青筋を立ててにらむ辰次に、負けじと飯尾もにらみ返す。
会話が消え失せた。
博徒と浪人同士が、ジリジリとにらみあって火花を散らしあう。
いまにも爆発しそうなときだった。
「お取り込み中、失礼いたします」
鈴のように透きとおった音色の女の声だった。
「こちらに、一色親分という侠客さまがいらっしゃると聞きしました。どちらの方でしょうか?」
その場にあった殺気が霧散する。
いつの間にか現れたそれに、全員が注目し、呆気にとられる。
博徒と浪人の間に、頭巾を深くかぶって顔を隠した者が立っていたのだ。
「……おまえ、何?つか、え?尼さん?どっから入ってきた?」
辰次が男たちの気持ちを代弁した。
「あなたさまが、侠客さまの一色親分さまですか?」
尼が辰次の方をむいて近寄る。
「はあ?親父?親父なら、ここにはいねえけど」
「そうですか。でも、あなたさまは、侠客さまの息子さまなんですよね?」
「え?ああ、まあ、そうだけど」
「それでは侠客の息子さま。どうか、わたしを侠客さまのもとへ連れて行ってくださいませんか?わたし、兄を探しているんです」
「へ?兄?」
「はい。人探しならば、侠客さまとうかがいました。お礼ならいたしますので、よろしくお願いします」
尼が深々と辰次へ頭をさげた。
「おいおい、尼さん。とつぜん出てきて、なにいってんだよ」
飯尾が邪魔な尼をどかそうと手をのばす。
「今、取り込み中なんだから。どいてろ」
飯尾は尼の肩をつかもうとした。
が、急に前へつんのめって転んだ。
店内の椅子や卓に突っ込んでいった飯尾に、周囲は目を丸くさせた。
「コイツ、勝手にひとりで転びやがったぞ」
博徒たちに笑われ、飯尾は顔を怒りで赤くさせる。
「違う!この尼が、足ひっかけやがったんだ!」
飯尾は尼をにらみながら立ちあがる。
「女!尼だからといって、許すとおもうなよ!?」
「おい、尼さんに失礼吐かしてじゃねぇよ」
辰次が尼をかばうように飯尾へと立ちはだかった。
「てめえが勝手に転んだくせに、尼さんのせいにすんなよ」
「違う!その尼が、足を出してきたんだ!後ろに下がるときに、わざと足を残して俺の足をひっかけやがったんだ!」
「はァ?馬鹿いってんじゃねぇよ。そんな武術の達人みたいな真似、尼さんができるわけねぇだろ」
「嘘じゃない!本当だ!この女のせいで俺は転んだんだ!」
必死に周りへと訴える飯尾を辰次は鼻で笑った。
「じゃあ、かりにできたとしてだ。武芸の稽古してるはずのお侍様が、尼さんごときの足技に引っかかるとは、不甲斐ないんじゃねぇの?ああ、だから浪人どまりなのか」
「俺は浪人ではない!ちゃんと仕官先がある武士だぞ!?」
「へぇ、武士の方ですか。その武士が、博奕遊びとはますますいけねぇなぁ。で?どこの雑用係ですか?あ、それとも馬小屋の掃除当番とか?」
「このガキッ!舐めくさりやがって!」
飯尾が辰次の胸ぐらをつかんだ。
待ってましたといわんばかりに辰次は顔をニヤリとさせた。
「おい」
「あぁ!?」
「そっちが先だったからな」
辰次は飯尾の胸ぐらを逆につかみあげ、後方へと投げ飛ばした。
飯尾の体は戸をぶち破り、外へと放り出された。
「この野郎ッ!やりやがったな!?」
浪人たちは火がついたようにわめきだす。
「ああ゛!?うるせぇッ!この武士もどきが!」
博徒たちも先ほどまで溜めていた怒りを発散しはじめる。
「このやくざ者が!俺たち武士に喧嘩売って、ただですむとおもうなよ!?」
「上等だよ!やってみろよ!」
互いに怒鳴り散らしあい、場をせまい室内から外へと移す。
喧嘩がついに始まった。




